芸術に浸る新春
■ 昨日、昨年正月に続いて東京銀座・歌舞伎座で歌舞伎を観る。
松本幸四郎さんと市川染五郎さんの父子競演による「連獅子」、市川團十郎さんの「助六」というのは、かなり貴重なプログラムであったような気がする。プログラムとしては、昨年よりも満足度は高かった。
ところで、歌舞伎座は、エレベーターを設置しないのであろうか。建物自体が古いという事情は承知するにせよ、海外にも知られる日本の伝統文化の殿堂としては、あまりにも「しょぼい」気がする。
■ 昨日、昨年正月に続いて東京銀座・歌舞伎座で歌舞伎を観る。
松本幸四郎さんと市川染五郎さんの父子競演による「連獅子」、市川團十郎さんの「助六」というのは、かなり貴重なプログラムであったような気がする。プログラムとしては、昨年よりも満足度は高かった。
ところで、歌舞伎座は、エレベーターを設置しないのであろうか。建物自体が古いという事情は承知するにせよ、海外にも知られる日本の伝統文化の殿堂としては、あまりにも「しょぼい」気がする。
■ 今年も残すところ一週間である。拙ブログも,あと一、二度、エントリーを書いて「御用納め」である。
■ 毎年、クリスマス・イブの夜に、『第九』を聴いて、崇高な人類愛の世界に漬かるのを恒例行事するようになってから、だいぶ、時間がたっている。普段、「利益」と「権力」にまつわる話で頭が占められているので、こういうときだけは、「浄化」された気分になってみる。
今年の『第九』は、次のものを聴いた。
●・ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調 op.125『合唱
エリザベート・シュワルツコップ(S)
エリザベート・ヘンゲン(A)
ハンス・ホップ(T)
オットー・エーデルマン(B)
バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(指揮)
録音:1951年7月29日、バイロイト
数ある「バイロイトの第九」の最新の復刻CDである。これは凄かった。
■ 「今夜の一枚」の特別編である。
● 「コンドルは飛んで行く」三種
① ルイス・デラカイエ 『アンデスの風』
/ ケーナフルートの音色を初めて聴いた。これは、かなり驚く。
② ウェイウェイ・ウー 『LOVER’S TEARS』
/ 二胡による「コンドル」の演奏である。ウェイウェイ・ウーさんは、雪斎にとっては一番の「お気に入り」の二胡奏者である。「コンドル」は、味わい深いけれども、このアルバムの「肝」は、「夜来香」なのであろうと思う。
③ ポール・デズモンド 『 Bridge Over Troubled Water: 明日に架ける橋』
/ クール・ジャズの第一人者であるポール・デズモンドのサックスによる「コンドル」は、やはり「アンデス」を飛んでいない。
■ 最近、かなり集中的に聴き出したのが、ゲルハルト・オピッツの演奏である。手始めは、次の二つのアルバムであった。
□ 「ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集}
・ピアノ協奏曲第1番ハ長調 op.15
・ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.19
・ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37
・ピアノ協奏曲第4番ト長調 op.58
・ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 op.73「皇帝」
・ピアノ協奏曲ニ長調 op.61(作曲者によるヴァイオリン協奏曲からの編曲版)
ゲルハルト・オピッツ(p)
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
マレク・ヤノフスキ(指揮)
□ ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集VOL.1
・ピアノ・ソナタ第5番ハ短調
・ピアノ・ソナタ第6番ヘ長調
・ピアノ・ソナタ第7番ニ長調
・ピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」
ゲルハルト・オピッツ(P)
■ 雪斎が割合、頻繁に聴くのが、 ヨハネス・ブラームスの「交響曲第1番ハ短調作品68」である。
ブラームスは、ベートーヴェンの九つの交響曲を意識した故に、自作の交響曲の発表に慎重な構えを崩さず、最初の交響曲は、着想から完成までに二十一年の歳月を要した。交響曲第一番は、交響詩のような新たな作曲形式が登場する時勢の中で、ベートーヴェン以来の交響曲の系譜の正統を歩んだ作品として世に受け容れられ、「ベートーヴェンの第10交響曲」と呼ばれた。ブラームスは、そうした姿勢の故に、「保守派」と呼ばれた。
どの世界でも、偉大な先達がいれば、それを意識するのは、当然である。ブラームスは、ベートーヴェンの系譜に連なりたいと願った。その気分は、雪斎には、非常によく理解できる。雪斎も、日本では、吉野作造や清沢洌の系譜に連なりたいと思っているし、海外ではレイモン・アロンやジョージ・ケナンといった知識人の影響の下にある。そうした自分の「位置」を自覚することが、知識人として道を踏み外さないための作法であろうと思う。
「ブラ1」は、下の七種の演奏が雪斎の「お気に入り」である。
① オイゲン・ヨッフム/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
② クルト・ザンデルリンク/シュターツカペレ・ドレスデン
③ ギュンター・ヴァント/北ドイツ放送交響楽団
④ リッカルド・シャイ-/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
⑤ エドゥアルト・ファン・べイヌム/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
⑥ カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
⑦ ルドルフ・ケンペ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
只今、聴いているのは、②であるけれども、聴く頻度からすれば、③、④、⑤が多い。やはり、「コンセルトへボウ」の音が好きだということであろうか。それにしても、雪斎も、自らの「ブラ1」を書いてみたいと思う。精進しなければならない。
■ 日曜の音楽である。
① 「ベートーヴェン 交響曲全集」から、「第三番」
(リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)
② 「ブラームス 交響曲全集」から、「第一番」
(リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)
③ 「ドヴォルザーク 交響曲第9番ホ短調 Op.95『新世界より』」
(マリス・ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)
数多あるオーケストラの中でも、「ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団」は、雪斎の好みに合ったオーケストラである。色々な表現の仕方があると思うけれども、コンセルトへボウの音色は、誠に「シルキー」 な印象がある。
■ 午前中、能登半島沖で地震発生のようである。石川・輪島で震度6強だそうである。雪斎は、「震度5」レベルの地震では驚かないけれども、「震度6強」と聞けば「おいおい…」と思う。「地震・雷・火事・親父」。この現実は、いまも変わらない。
■ 既に旧聞に属する話であるけれども、昨年十二月、文化庁のお声掛りで、「親子で歌い継ごう 日本の歌百選」というのが選定されていたようである。百選のライン・アップは、こちらを参照されたい。
このライン・アップに対する感想は、様々であろう。「何故、この歌が入って、この歌が入っていないのか」という議論もあるだろう。
「日本の歌」と呼ばれるものは、日本の「近代」の産物である。江戸時代以前の謡曲は、学校などの場で教えられる類のものではかったからである。だから、当初は、スコットランド辺りの民謡が翻案され、後に滝廉太郎のような人物が自前の唱歌を作っていたのである。
■ 休日の徒然に、山口百恵さんのアルバム 『GOLDEN☆BEST/PLAYBACK MOMOE part2』を聞く。雪斎が小学生くらいの頃、初めて親に買ってもらったEP盤のレコードは、百恵さんのものだった。今の四十歳代の多くは、百恵さんの「洗礼」を受けているのであろう。あらためて聞いてみると、百恵さんの歌は、完全な「古典」になっているのだと実感する。「古典」というのは、何時でも聴く価値を持つという意味である。
このアルバムは、百恵さんの歌から34曲を収録したものであるけれども、総てがそれぞれの趣を持っている。その多面性が、たった一人のアーティストによって演じられているのだから、凄いことだといわなければならない。
最初期の「としごろ」、 「青い果実」、「禁じられた遊び」 、「春風のいたずら」辺りは、完全なアイドルとしての歌い方なのかもしれないけれども、.早くも二年目以降に出た「ひと夏の経験」、「冬の色」辺りから雰囲気が変わって来る。宇崎・阿木夫妻と組んでからは、もう大人のアーティストとしての歌い方である。百恵さんの活動期間は、僅かに七年である。誠に濃密な時間である。
おそらく、百恵さんの存在は、米国政治史におけるジョン・F・ケネディの位置付けに近いのかもしれない。政治家としてのケネディが傑出した存在であったかといえば、そうとはいえないように、百恵さんも、絶世の美女というわけでもなく傑出した歌唱能力を持っていたというわけでもないのであろう。にもかかわらず、米国市民の多くがケネディを忘れられないのと同じように、百恵さんも忘れ難い印象を残している。
百恵さんの引退は、1980年である。百恵さんは、日本が戦後の「坂の上の雲」の物語を完結させる手前で、表舞台から去ったことになる。そういえば、ケネディにも、「二期目」の執政はなかった。「落ち目」、「レームダック」とは無縁でいられた才能は、やはり稀有だったということであろうか。
■ 昨晩、リメイク版「セーラー服と機関銃」を観る。現在の年齢になって、こうしたテレビ・ドラマを観るのも、気恥ずかしいものであるけれども、旧作の印象を強く受けた世代の一人としては、「誘惑」には勝てなかったということであろうか。
ドラマは、どちらかといえばコメディーの要素が強くなっているのであろうか。雪斎の目線は、かっては渡瀬恒彦さんが演じ、今は堤真一さんが演じる「若頭」に近くなっている。それは、そうであろうなと苦笑する、
ところで、オープニングで歌われた「セーラー服と機関銃」のテーマは、主演の長澤まさみさんが歌ったもののようである。「旧」と「新」の違いを感じさせたのは、このテーマの歌い方だったかもしれない。薬師丸ひろ子さんの歌った「旧」は、どことなくもの憂げな「陰」の雰囲気を漂わせていたのに対して、長澤さんの「新」は、かなり陽気なものである。1981年と2006年との時代の「空気」の差を感じさせる。
雪斎は、女性ヴォーカリストの歌を聴くのは好きであるけれども、そのヴォーカリストの中には、薬師丸ひろ子さんは間違いなく入る。あらためて、このアルバムを聴いてみる。「透き通った声」である。本当に…。
■ 先週、『セーラー服と機関銃』のリメイク版テレビ・ドラマの放送が始まっていたようである。
旧作が制作されていたのが、1981年だから実に四半世紀前である。
映画版は、当然、薬師丸ひろ子さんの主演であったけれども、実は同じタイミングでテレビ・ドラマ版が制作されていた。主演が原田知世さんである。 「角川三人娘」の二人が登場である。「カドカワ」が最も勢いを持っていた頃かもしれない。
ところで、この作品に関しては、ヒロイン、星泉がマシンガンをぶっ放して、「カ・イ・カ・ン」と口にするシーンが余りにも有名なのであるけれども、高校時代に見た時には別の二つのシーンが印象に残った。
■ 先刻のエントリーで、久保田早紀さんの『異邦人』の「ポルトガル録音ヴァージョン」のことを書いた。一般的に知られている『異邦人』は、完全な歌謡曲仕様になっているけれども、この「ポルトガル録音ヴァージョン」は、ポルトガル・ギターだけの伴奏になっている。
久保田さんの曲作りには、「ファド」の影響があるのだそうである。恥ずかしながら今に至るまで、雪斎は「ファド」を知らなかった。早速、「ファドの女王」と呼ばれるアマリア・ロドリゲスのアルバム『アマリア・ロドリゲス』を購入し、「ファド」の世界に浸かる。
感想は…、「今まで、これを知らなかったのは、もったいなかった…」という他はない。
これはいい。
■ 昨日、 【George Baker 25 years】というタイトルのCDが届く。何故、手に入れたかといえば、このCDに収められている〈Paloma Blanca〉が無性に聞きたくなったからである。現在、雪斎と同じ四十歳過ぎの人々は、〈Paloma Blanca〉を覚えているかもしれない。一九七〇年代後半、TBSが毎朝七時頃に放送していた,情報番組「おはよう720」の中で、「ヨーロッパの西端のリスボンから東京まで」、「アラスカから南米大陸最南端のフェゴまで」を車で踏破するという企画があり、その企画第二編のテーマとして使われたのが、〈Paloma Blanca〉であったのである。もっとも、この企画第一編のテーマとして使われ、日本の洋楽市場史上の最たる「一発屋」ヒットを飛ばしたDaniel Boonhe の〈Beautiful Sunday〉のほうが有名かもしれないし、〈Paloma Blanca〉それ自体、企画で使われたのは、雪斎が入手した George Baker ではなく、Bobbby Vinton のヴァージョンである。ただし、そうであっても、こういう歌を聴くのは、懐かしい。
〈Paloma Blanca〉
When the sun shines on the mountains
And the night is on the run
It's a new day, it's a new way
And I fly up to the sun
I can feel the morning sunlight
I can smell the new-born hay
I can hear God's voices calling
From my golden sky-light way
Una paloma blanca
I'm just a bird in the sky
Una paloma blanca
Over the mountain I fly
No one can take my freedom away
Once I had my share of losing
Once they locked me on a chain
Yes, they tried to break my power
Oh, I still can feel the pain
Una paloma blanca
I'm just a bird in the sky
Una paloma blanca
Over the mountain I fly
No one can take my freedom away
■ 一昨日、NHK水曜時代劇の枠で一九八五年から一九八六年にかけて放送されていた『真田太平記』(原作/池波正太郎、脚本/金子成人、音楽/林光、演出/大原誠)のDVD‐BOX第一集が届く。配役は、真田信之/渡瀬恒彦、真田幸村/草刈正雄、真田昌幸/丹波哲郎、小松殿/紺野美沙子、山手殿/小山明子、樋口角兵衛/榎木孝明、お江/遥くらら、壷谷又五郎/夏八木勲、向井佐助/中村橋之助、徳川家康/中村梅之助、徳川秀忠/中村梅雀といった布陣だった。思わず第16話までを一気に観る。雪斎は、この作品のDVD発売を待望していたのである。
■ 『桜日和』の佐倉純殿から、Musical Batonが回ってきた。佐倉純殿の説明によると、その趣向は、
「ちなみに、このルールですが、海外のブログに端を発する、音楽に関する企画。音楽に関するいくつかの質問が「バトン」として回ってきたら、自分のブログ上でこれらの質問に答え、次の5人を選びその人にバトンを渡す、というルール。というものらしいです。チェーンメールみたいなもんですか。別に答えなかったら不幸になるという類のものでもなさそうなのですが、あくまでお遊びなので、答えることにします。たまには息抜き息抜き。」
…だそうである。オモロイ。
さて、雪斎も、やってみよう。
■ 昨日夕刻以降、雪斎は、渋谷・オーチャードホールで、「ナポリ サン・カルロ歌劇場」のオペラ「ルイーザ・ミラー」を観賞した。
18日付『読売新聞』は、「オペラ鑑賞の小泉首相『ラブ・イズ・ベスト!』と感動」という見出しで、次のように伝えている。
小泉首相は18日午後、東京・渋谷区のオーチャードホールで、イタリアから初来日した「ナポリ サン・カルロ歌劇場」のオペラ「ルイーザ・ミラー」を観賞した。
「ルイーザ・ミラー」は悲劇的な恋愛を描いた作品で、観賞後、首相は目を潤ませながら「感動した。これだけのいいオペラは珍しいね。ラブ・イズ・ベスト!」と記者団に語った。また、首相は「きょうは90%来られないと思っていたんだ。運が良かった」とも述べ、17日の衆院本会議で今国会の会期延長が議決されたことを喜んでいた。
■ 昨日、TBS系で『赤い疑惑』のリメイク版が放映される。1970年代半ばに放映された旧版は、山口百恵さんの芸能界での地位を確立した作品と評される。雪斎は、四半世紀以上もの昔の旧版を観ていたので、どのような按配のリメイク版になるのかを関心を持っていた。
ドラマ自体の評価は脇に置くとして、雪斎は、『赤い疑惑』に限らず、昔日の日本で制作されたドラマには、共通項があるのではないかと思う。それは、「ある程度、恵まれた家庭の娘に振りかかる不運」ということである。山口百恵さんが出演し、今年にリメイク版が制作されることになっている『赤いシリーズ』でのヒロインの設定は、「疑惑」は、大学医学部助教授の娘、「衝撃」は、会社社長の娘、「運命」は、検察官の娘というものだったはずである。こうした当時の標準(今でも、そうかもしれないけれども…)では誠に羨むべき家庭の少女の「不運」は、たんなる少女の「受難」以上に、ドラマになりやすいものなのであろう。
■ 昨日夕刻以降、映画『亡国のイージス』の完成披露試写会に招かれて、鑑賞する。試写の前に、真田広之さん、中井貴一さん、佐藤浩市さんらの出演者が挨拶する。こういう光景を眼にするのは、滅多にない機会であった。舞台挨拶での様子は、この三人の俳優は本当に仲が良いのだな思わせられる。試写会に顔を出せなかった寺尾聡さんがビデオ・レターでメッセージを寄せている。内閣総理大臣を演じていたのが、原田芳雄さんである。日本俳優界の「至宝」を揃えたという雰囲気である。因みに、NHK大河ドラマの巨峰は、一九八〇年代末に三年続いた『独眼竜政宗』、『武田信玄』、『太平記』であろうけれども、それぞれに主演したのが、渡辺謙さん、中井貴一さん、真田広之さんだった。『亡国のイージス』に渡辺謙さんも出演していたら、凄いことになっていたような気がする。
招待客の中に、石破茂前防衛長官、赤松正雄衆院議員の姿を確認する。目立っていたのが、海上幕僚長以下、海上自衛隊「制服組」の人々である。防衛庁、海上・航空両自衛隊の全面協力の下に下に製作された映画だから、そうしたことになるのであろう。確かに、気合の入った撮影であったと思う。