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July 09, 2012

保守政治の「多面性」

■ 消費税増税に片が付いたとなれば、次に来るのは、TPPへの対応であろう。
 保守主義思潮の祖とされるのは、エドマンド・バークのフランス革命批判だが、バーク自身は、ホイッグ党所属の政治家だった。今、保守主義思潮が認知されつつあるので、バークの『フランス革命の省察』を読んだ人々は増えているかもしれないけれども、それを読んだ程度では、「保守主義」の感性が判るわけではない。『フランス革命の省察』を「聖典」のように扱う姿勢に至っては、噴飯の沙汰でしかない。むしろ、バークの思想よりも、一八三〇年代以降、トーリー党から保守党に脱皮した後の保守党宰相の事績を振り返る方が、有益である。
 19世紀、 英国保守党から出した宰相は、次の四人しかいない。
 ⅰ サー・ロバート・ピール                     /1834 –1835、1841 –1846
 ⅱ 第十四代ダービー伯爵、エドワード・スミス=スタンリー  /1852、1858–1859、1866–1868
 ⅲ 初代ビーコンズフィールド伯爵、ベンジャミン・ディズレーリ/1868、1874 – 1880
 ⅳ 第三代ソールズベリー侯爵、ロバート・ガスコイン=セシル /1885–1886、1886–1892、1895–1902
 ロバート・ブレークの保守党史研究は、十九世紀前半のピールの時代から二十世紀末のジョン・メージャーの執政器までを網羅する。興味深い書ではある。
 これにつられて、前に触れた四人の宰相の各人の研究書を読み始めた。
 今。読んでいるのが、英国保守党最初の宰相だったロバート・ピールの事跡である。ノーマン・ガッシュの手になるピール研究の「基本」の書である。ピールは、初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリーを首班とするトーリー党内閣で内務相を務め、「スコットランド・ヤード」と呼ばれる首都警察制度の創設に尽力した。1830年代半ば、彼は、自分の選挙区向けに「タムワース・マニフェスト」と呼ばれる「公約」を発表し、それが周囲に広がったことが、近代政党としての保守党が登場する契機になった。ピールに関して強調すべきは、「穀物法」廃止を主導した鮮鋭な自由貿易論者だったということである。
 もっとも、保守党の大勢は、ピールのように自由貿易推進に傾かなかった。ディズレーリは、英国の「帝国主義」拡大(スエズ運河買収、ロシア南下阻止)を進めたが、ピールのような自由貿易推進に難色を示した。その一方で、彼は、労働者保護を目的とした新工場法、公衆衛生法、教育法の制定といった改革を断行した。この時期、労働者にやさしい政策を展開したのは、自由党よりも保守党であった。ディズレーリの後を襲ったソールズベリーは、「アフリカ分割」を進め、海軍拡張に乗り出した。
 重要なことは、「これ保守党の証だ」という政策はないということである。歴代の保守党宰相が手掛けた政策は、それだけを観れば、結構、ばらばらである。保守党が保守党である所以は、「王室、国教会、上院((貴族院)を中核とする秩序の護持」である。これさえ踏めば、個々の政策は、その時々の都合で、実践的、便宜的に決められていたということである。。日本の保守主義政党の存在証明は、多分、「皇室の護持、憲政の擁護」である。これさえ踏んでいれば、他の政策は便宜的な選択の対象でしかない。巷には、たとえば「TPPに反対するのが保守だ」と唱える向きがあるけれども、実際は、そういうことはない。
 日本では、世上、「政策」を軸をした「政党のガラガラポン」を期待する向きがある。だが、「ガラガラポン」を繰り返せば繰り返すほど、政党の「統治能力」は落ちていく。党の名称に始まり、綱領、組織、意志決定手続き、人事、資金、支持団体、官僚との関係に至るまで、色々なことを一々、考えていたら、到底、「国家の統治」までは、気が回らない。料理をする折に、包丁に要らぬ細工を繰り返して、却って切れ味を鈍くしたというのと同じことである。
 英国保守党は結党以来、二百年になろうとしている。英国労働党も百年である。政党も、これだけの長い歴史を刻みながら、「時代の要請」にこたえてきたのである。「政党のガラガラポン」で何かをした気になるのは、有害なのである。
 小澤一郎氏の新党の行方は、どうなるのか。折角、「反増税・脱原発」を掲げているのだから、是非、社民党と合流して「新社会民主党」結成をやってもらいたい。「国民の声が第一」などという会派名や党名は、みっともないことこの上ない。社民党との合流には、鳩山内閣下での縁もあるのだから、大した障害もない。由緒ある三宅坂の社民党本部の建物も使える。小澤氏には、「誰と寝ようと…」と口走った忘れ難き実績もある。福島みずほ女史に象徴される「憲法第九条原理主義」を徹底して骨抜きにした上で、「新社会民主党」がドイツ社会民主党を彷彿させる脱皮を遂げるのに尽力してくれれば、彼に対する評価も、「九回裏の逆転満塁ホームラン」になる。しばらくしたら、「新」を外して、「社会民主党」に戻せばよろしい。できなければ、彼も、完全な「ジ・エンド」である。これは、昔日には紀尾井町の小澤・新生党本部に度々、出入りしていた雪斎の「最後の忠言」ということにしておこう。くわばら、くわばら。

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