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May 07, 2012

フランスの「政変」

■ 丁度五年前、雪斎は、パリにいた。
 そこで、ジャック・シラクからニコラ・サルコジへの政権移譲の瞬間を観た。
 サルコジは、ある意味で、「不運な」政治指導者である。
 リーマン・ショックから欧州債務危機である。こういう「より悪くなることを防ぐ」対応に忙殺されたら、執政の成果を国民にアピールするのは難しい。「より悪くなることを防いだ」成果は、説明が難しいのである。
 そして、サルコジは、五年でエリゼ宮を去ることになる。
 もっとも、サルコジは、「フランス気質」を余り感じさせない政治家であった。マリーヌ・ル・ペン、フランソワ・バイルといったように、「政策だけなら近そうな政治家」が続々とサルコジに距離を置いたというのにも、そうした事情が反映されていよう。それに比べれば、フランソワ・オランドは、「普通のフランス政治家」である。 ただし、オランドは、サルコジが「小賢しい」趣きを持っていたとすれば、「小物」臭が濃厚に漂う。フランソワ・ミッテランの「カリスマ性」を思い起こせば、そのことは瞭然としている。
 故に、オランドが政権の座に就いたところで、、フランスの直面する状況が劇的に好転するわけでもあるまい。
 フランソワ・ミッテランが政権の座に就いた時、その当初の社会主義的な経済政策は、無残な失敗に帰した。
 ロナルド;レーガンやマーガレット・サッチャーは、ミッテランの失敗を横目で見ながら、その「新自由主義」施策を加速させた。だから、一九八〇年代以降の「新自由主義」路線の乳母役は、ミッテランである。その後、ミッテランは、「コアビタシオン」を形成し、ジャック・シラクに内治を任せることで、経済復調を実現させた。
 翻って、オランドである、
 年収100万ユーロの層には所得税75パーセントとか、15万ユーロの層には所得税45パーセントとかという政策を出している。「パイを増やす」方策を出せていないのが、相変わらずといったところか。
 もっと考えるべきは、ドイツとの関係である。
 おそらく、サルコジがアンゲラ・メルケルととともに積み上げてきたような「欧州債務危機」対応策を一気に反故にするような対応は、できないであろう。財政支出にる景気刺激の余地を幾分か広めるという程度の対応であろう。そうでなければ、オランドは、メルケルの顔をつぶすことになる。 オランドが「我を張る」ようなことをしたら、ヨーロッパの将来も危ういであろう。
 それにしても、どの国でも、「緊縮政策」は評判が悪い。「ばらまき」が大好きである。そして、その後に失望に変わる。

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Comments

ちょっと細かいことになりますが、ミッテラン政権がコアビタシオン状態に陥ったのは86年の議会選挙で社会党が負けたからであり、それで内閣は右派のシラク首班になったわけです。しかし、ミッテラン政権の政策転換そのものはすでに大統領就任後2年ほどでドロールらによって手が付けられ、3年後ファビウス首相(現外相)が就任して本格的に始まったというわけですから、コアビタシオンやシラクそれ自体は関係ないと思います。また、レーガンにせよサッチャーにせよ、フランスの政権の帰趨がどうあれ強い意志で新自由主義的な政策を実現したでしょうから、乳母というほどのこともなさそうです。

Posted by: KKY | May 24, 2012 at 02:50 AM

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