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May 31, 2011

政治家が憧れ倣おうとした「指導者」

■ 実に、暫くぶりのエントリー更新である。
 気分としては、「平常」に戻りつつある。

 菅直人に関して素朴に雪斎が抱いている疑問がある。
 「彼は政治家として誰に憧れ、誰に倣おうとしたのか。」

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May 16, 2011

エコ・ポイント制度を復活させよ。

■ 雪斎は、若い時は、「当たって砕けろ」式の「精神主義」の権化だったtが、今は逆になっている。
 戦時中、「贅沢は敵だ」と書かれた張り紙の「敵」の字の脇に「素」の字を小さく書き加えたひとがいたのだそうである。雪斎は、この感覚は好ましいものだと思っている。
 だから、今は、「保守派」と呼ばれても、戦時中には、おそらく「非国民」と呼ばれたかもしれない。

 目下、新手の「欲しがりません。勝つまでは…」の風潮が広がっている。
 「節電ファシズム」と呼ぶ向きもある。

 そこで、一つの提案がある。
 エコ・ポイント制度の復活である。
 三月で終了した制度だが、それを今こそ復活させるのである。
 国民に「15パーセント節電」を呼びかけるのであれば、相応のインセンティブぐらいは用意したほうがいい。
 
 冷蔵庫やクーラーは、昔よりも電気を使わない構造である。
 コンピューターも、今ではエコ・モード対応のものが増えている。
 照明も、白熱電球ではなく、LED電球が主流になりつつある。
 近々、家庭用畜電気も発売される。
 
 こういうものを劇的に普及させるための「エコ・ポイント制度」復活である。
 結果としては、日本社会全体として、「電気を使わない」構造になっていくのであろう。
 家庭も、「精神主義」的な節電励行をやる余地が減るであろう。
 経済活動も回るであろう。

 新手の「欲しがりません。勝つまでは…」を呼びかけるよりは、はるかに意義のあることだと思う。

 震災の衝撃は、「新しい時代」を開くのではない。
 今までにあった「流れ」を速めるのであろう。

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May 12, 2011

長谷川如是閑の言葉

■ 震災二ヵ月である。
 先刻、震災前に始まった短期連載が完結した。
 「読売新聞」文化面で、日本の知識人の言葉を紹介するという企画である。
 昨年、雪斎が取り上げtのは、永井陽之助教授であった。
 此度は、長谷川如是閑を取り上げた。
 長谷川如是閑については、拙ブログで幾度も言及している。

 元々、三つの原稿は震災前に読売新聞に提出してゐていたものだった。
 震災後も、結局、語るべきことは変わらなかった。
 そのことは、率直に悲しむべきことかもしれない。

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May 07, 2011

菅直人の「大博打」

■ 雪斎はATG系の映画が好きである。
 そのATG系映画に『人魚伝説』というのがある。
 劇中、圧巻の場面は、旦那を殺されたヒロインの海女が、原発竣工祝賀会場に乗り込んで、原発関係者や招待客を手当たり次第に刺し殺していくところである。どうにも凄まじいシーンが続くけれども、ヒロインを演じた白都真理が綺麗な女優だったので、こういう殺戮シーンですらも、妙な「快感」を覚えさせるところがあった。東映系ヴァイオレンスの世界と日活ロマン・ポルノ系「濡れ場」の世界に、山本薩夫監督が手掛けたような往時の「社会派」映画のようなテイストをまぶしたようなものである。率直に「無茶苦茶で濃厚な」映画でるけれども、それは、「バブル」以前の日本の「熱」をヴィヴィッドに感じることのできる作品である。
 ただし、この映画を雪斎が思い出したのは、この映画の背景が「原子力発電所」だったということである。
 1984年頃でも、「原発誘致は胡散臭い」という感情があったことは、うかがわれる。
 しかも、映画で悪役を演じる青木義朗さんの役柄というのが、一昔前の「利権政治家」の戯画であった。「原発=権力=悪」という図式を下敷きにしてりる点では、多分、「反・原発」論の人々にとっては、「隠れたバイブル」になっているかもしれないと想像する。 

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