« March 2011 | Main | May 2011 »

April 19, 2011

「世良周蔵」の再来

■ 朝日新聞「ウェブ論座」に下記の原稿を寄せた。
 ● .「白河以北一山百文」の地の「復興」とは?
 だが、自分の原稿よりも、朝日新聞の小出清人記者が書いた記事が目を引く。
 ● 東北はまたも「中央」の踏み台か――維新以来の怨念の歴史
 一部を引用する。

  「そうか、あいつは敵か。そうか……」
 福島県出身の友人が、酒を飲んだときに小さく漏らすようにいった。冗談のようでもあり、半ば本気のようでもあった。
 菅直人総理は、選挙区は東京だが、生まれ育ったのは山口県である。高2の時に父親の転勤で東京に転居したとしている。もともと「長州の人」なのである。
 福島県、つまりざっくりいって江戸時代の会津藩は、幕末から維新の転換期、大変な目に遭わされた。長州と薩摩を中核とする官軍は、徳川慶喜の降伏(大政奉還)後も責め手を緩めず、江戸を火の海にはしなかったものの、幕府側に立つ諸藩を「賊軍」と決めつけ倒滅戦に動いた。その最大の犠牲者が会津藩だった。会津の苦難は白虎隊をはじめ多くの書物に記されている。
 もう150年前のことじゃないかというなかれ。やられた側はその時の恨みを忘れない。先祖の苦難は親から子に伝えられ、いや、教えられなくても、自然と意識の下に刻印されるのだ。

Continue reading "「世良周蔵」の再来"

| | Comments (7) | TrackBack (0)

April 18, 2011

森は海の恋人

■ 過日、「いちご煮」の缶詰を食す。
 青森・八戸の名物である。ウニとアワビが入った汁物である。
 三陸産のワカメと並んで、アワビも、今後、しばらくは、食せなくなる。
 そう思えば、切なくなる。

 「森は海の恋人」という言葉がある。
 三陸の「海」の豊かさというのは、実は、人間の手が入らない「森」の豊かさに依っている。
 「森」の養分が海に流れ込み、それが豊富なプランクトンを生成し、「海」の豊かさにつながっている。
 だから、「海」の豊かさを守るためには、木を植え、「森」を守らなければならないということである。
 たとえば、下のような書がある。
 ● 畠山重篤 著 『森は海の恋人』

Continue reading "森は海の恋人"

| | Comments (3) | TrackBack (0)

April 12, 2011

「復興構想会議」

■ 「復興構想会議」の議論が始まるようである。
 そのメンバー(敬称略)は、以下の通りと報じられている。

【議長】
五百旗頭真(防衛大学校長)

【議長代理】
安藤忠雄(建築家)、御厨貴(東大教授)

【議員】
赤坂憲雄(学習院大教授)、内館牧子(脚本家)、大西隆(東大大学院都市工学専攻教授)、河田恵昭(関西大社会安全学部長)、玄侑宗久(臨済宗福聚寺住職)、佐藤雄平(福島県知事)、清家篤(慶応義塾長)、高成田享(仙台大教授)、達増拓也(岩手県知事)、中鉢良治(ソニー副会長)、橋本五郎(読売新聞特別編集委員)、村井嘉浩(宮城県知事)

【特別顧問】
梅原猛(哲学者)

Continue reading "「復興構想会議」"

| | Comments (7) | TrackBack (0)

April 10, 2011

 「君の明らかなる所以の者は、兼聴すればなり。其の暗き所以の者は、偏信すればなり」。

■ 「君の明らかなる所以の者は、兼聴すればなり。其の暗き所以の者は、偏信すればなり」。
             ―『貞観政要』「君道第一」
 『貞観政要』を読み始める。
 といっても、明治書院から出ている上下二巻で九百ページ、二万円近くという代物である。
 「明君」と「」暗君」の違いは何か。
 「明君」というのは、「様々な人々の意見をちゃんと聴くことのできる君主」である。
 それは、君主自身ぼ明晰さということとと重ならない。
 「暗君」とは、「一方に偏った議論だけを信じ、他を受け付けない君主」である。
 それは、君主の知的能力云々の問題ではない。

Continue reading " 「君の明らかなる所以の者は、兼聴すればなり。其の暗き所以の者は、偏信すればなり」。"

| | Comments (8) | TrackBack (0)

April 09, 2011

「脱・原発」…というわけにはいくまい。

■ 昨日、東京・築地の朝日新聞本社に出向いた。
 東京都下、節電励行目的で様々なものが休止している。
 朝日新聞に隣接する都営地下鉄大江戸線築地市場駅の地上行きエスカレーターは、全部、止まっていた。
 「おいおい、どうやって地上に出ようか…」と一瞬、迷った。
 駅員の「人力」を借りて階段を上るかと思ったが、エレベーターが一基だけ稼働していたので、それを使って事なきを得た。
 若い時、六本木駅のエレベーターが一時的に故障し、ビル七階分を階段で降りなければならなくなったことがある。
 その時、手を貸してくれたのは、陸上自衛隊のレンジャー部隊の「教官殿l」だった。
 雪斎に手を貸すのは、「戦場」よりも怖かったかもしれない。
 今は、もはや、そういうことはできまい。

Continue reading "「脱・原発」…というわけにはいくまい。"

| | Comments (3) | TrackBack (0)

April 08, 2011

電気に依存した人生

■ 電気の話である。
 東京都下、エレベーターやエスカレーターが止まれば、雪斎は、まるで行動ができなくなる。
 コンピューターが使えなくなれば、仕事は、無理である。
 電気がないと、雪斎は、社会的な「死」に直面する。
 もっとも、雪斎は、夏の昼間は、「読書」という対応の仕方を考えている。
 実際、これが、一番、電気を使わない対応の仕方である。
 ただし、それは、「生産」ということとは意味が違う。

Continue reading "電気に依存した人生"

| | Comments (2) | TrackBack (0)

April 02, 2011

「脾肉の嘆」を避ける政策配慮

■ 四半世紀前、20歳の頃、雪斎は、仙台の予備校生であった。
 仙台駅東口近くに部屋を借りていた。
 何時だったか、予備校での会話講座で米国人英語教師に聞かれた。
 「将来は、何をするつもりか」。
 雪斎は、「大学教授だ」と答えた。
 その英語教師は、「おお、それは凄いな」と応じた。
 「大学教授とは、そんなに凄いのか…」と思った。

 昨日、大学で辞令を交付してもらって、「准教授」職から「教授」職に昇任した。
 仙台の日々からは、二十五年、大学に戻って十年での「大願成就」である。
 もっとも、「なってみれば大したこともない」とは云えるが…。
 「教授」になるために手練手管を尽くした小説『白い巨塔』の「戝前五郎の世界」は、本当に異次元の世界である。

Continue reading "「脾肉の嘆」を避ける政策配慮"

| | Comments (5) | TrackBack (0)

April 01, 2011

「復興」で考えなければならないこと。

■ 一昨日、「三陸牡蠣復興プロジェクト」のことを紹介した。
 続々とオーナー志望の人々が集まっているらしい。
 「目の付け所がシャープだった」と率直に思う。「義侠心」と「食欲」を両立させた「プロジェクト」である。 

 もう少し。この議論を進めてみる。
 江戸時代、日本から中国に輸出された主要産品は、「俵物三品」であった。
 要するに、海鼠、鮑、鱶鰭のことである。
 これは、長崎を通じて輸出されたけれども、元々の産地は、三陸海岸である。
 「俵物三品」は、中華料理の高級食材である。
 だとすれば、「三陸牡蠣復興プロジェクト」と同じことを「俵物三品」でやってもいいと思われる。
 それも、対象は、日本本土、中国、台湾、香港辺りのホテルやレストランに出資してもらえば、よろしい。
 昔と違って、中国はカネを持っている人々が多いのだから、「あの鮑がまた食えるならば…」ということで、協力してくれる人々は、多いはずである。
 誰かが音頭を取ってやってもらえないかなと思う。かなり早く資金が集まると思うのだが…。

Continue reading "「復興」で考えなければならないこと。"

| | Comments (3) | TrackBack (0)

« March 2011 | Main | May 2011 »