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January 06, 2011

「バブル」の夢、「世界第二の経済大国」への追憶

■ 実質上、2011年の始動である。
 雪斎は、過去三年、「停滞の時間」を過ごした。
 二十歳代の終わりから三十歳代を経て四十歳代l第一・四半期くらいまで、上昇気流に乗っていたはずであるけれも、過去三年は途方もない「失速」と「停滞」の時間を過ごした。日本の「失われた20年」なみに鬱陶しい想いをした。こういう停滞の時期というのは、人間の「精神」に悪しき影響を及ぼす。

 昨年末には、NHKが『坂の上の雲』を放映していた。
 『坂の上の雲』の新聞連載が始まったのは、昭和43年である。
 昭和43年というのは、どういう年だったか。
 日本が「世界第二の経済大国」になった年である。二年後が大阪万博である。
 要するに、明治の『坂の上の雲』の物語を再現させたのが、この時代の日本だった。『坂の上の雲』が反響を呼んだのは、それが昔話ではなく、リアルに進行している「経済興隆」と重ねられて読まれたからではないか。
 それから、四十数年、経った。
 「世界第二の経済大国」の時代は、終わったようである。 

 雪斎は、二十歳代前半に「バブル経済」の時期を過ごした「バブル世代」である。
 だが、「時代の恩恵」を受けたという意識は、まるでない。
 馬鹿馬鹿しいことだが、多分、「バブルは楽しい」と思う。
 ならば、もう一遍、人為的にでも、「バブル」を発生させてもいいような気がする。FRBのQE2(量的緩和第二弾)というのも、そうした色彩が強い。これに、どのように乗じられるかである。

 「停滞」の空気よりも「狂騒」の空気のほうが、人間に何かをするように仕向ける点では、有益であろう。
 「デフレの害悪」と「インフレの害悪」を比べれば、今は、前者のほうが大きいように思う。

■ 菅直人が財界のパーティで「内部留保で雇用と賃上げを」と訴えたそうである。
 これを受けた企業経営者の反応の大勢は、「内部留保は設備投資とM&Aに使う」というものだそうである。菅直人は、「内部留保」と「霞が関埋蔵金」をおなじようなものだと考えてはいないであろうな。ああいう内部留保は、業績に波があっても企業を存続させる上で大事なものであるはずである。
 菅直人や事業仕訳に精励した民主党政治家には、「5番目の車輪」という発想がないのであろうか。
 四輪自動車のどれか一つの車輪が使えなくなって、予備の「5番目の車輪」で対応して、自動車を恙なく走らせるという発想である。

■ ところで、年末、朝日新聞の「ウェブ論座」に二編、論稿を寄せた。
 その一つは、次の論稿である。
 ● 民主党の「迷走」と政治評論の「責任」  
 論じたかったのは、以下の二点である。
 ① 「政権交代」を称揚した人々は、民主党内閣の政権運営を最後まで見届ける必要がある。途中で匙を投げてはいけない。
 ② 「政権交代」の折、民主党の政権担当能力が信を置くに足ると判断した根拠は、明確に示される必要がある。
 要するに、「勝手に期待して勝手に失望する」スタイルの政治評論は、「民主主義の成熟」には有害無益だということである。民主党内閣の失速につれて、こういう類の政治評論がやたらに目につく。民主党の失速は、政治評論における「覚悟」と問うている。
 この論稿が週間ランキング1位、月末登場にもかかわず月間ランキング5位だそうである。
 雪斎は、「保守・新自民党」とみられているので、朝日新聞の付属メディアで、こういう評価を得ているのは、率直に意を強くする。気分だけでも、「停滞」の空気を払わなければならない。

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Comments

内部留保なんて、株主向けに「配当は少な目です」と暗に伝えるだけの言葉なのに・・・

現金を豚積みにしたり、借金を返済するわけでもなく、設備投資とM&Aを行うんなら、そこに雇用が発生ないし確保されているわけで、経営者的には十分に責任を果たしています。
一方、労働市場は結構競争的ですから、賃金は単独企業の賃上げ行動で決まるわけではなく。お人よしな行動をする会社はいずれ淘汰されて、雇用の安定に協力できなくなってしまう。かつてのメーデーの賃上げ闘争だって、景気がよくて労働力が不足気味だったからこそ予定調和的に闘えたわけだし、どこぞの大企業の賃上げ妥結額を皆が注視するのは、それが労働市場の逼迫感のインジケーターだったから。

民主党の周囲には、ちゃんと教えてあげられる人はいないんでしょうね。政権交代当時に、身近にいた学者・評論家の類の人の行動をウォッチしていたのですが、自分の立ち居地を確保する保身的な発言・行動ばかり見えて・・・。政権が変わるという事は、新たな上下関係を築かなければならない人が増えるゆえに「ヨイショ」型人間がはびこるという事でしょうか。それが一巡して淘汰されるまでは混乱が続くというのが、一番の楽観的な想定ですが、これまたたまたま身近な民主党議員の発言・行動を見るにつけ、淘汰するどころか真っ先に飛びついてしまいそうで・・・

評論家に限らず、前回衆院議員選挙で民主党に投票した人の「せっかく投票してやったのに」とか無責任な発言を聞くたびに怒りがこみ上げてきたりします。「見込み違いをした自分を恥じる。若年層の人たちに申し訳ない事をした。」くらいの事は言ってもらい。
僕も別段自民党ひいきというわけではなく、小泉政権時には別の点で滅茶苦茶批判的だったのですが、当時も今も、勝ち馬に乗った気分で調子よくなっている人に、何を言っても無駄というか、煙たがられるどころか、軽蔑される始末。
郵政選挙を賞賛したような人は、今回も見事に釣られていたように見えます。そういう人たちがマジョリティーであるという事を前提にしなきゃならない政治の世界というものを、寂しい目で外から眺めつつ諦めの境地に入っています。

しかし、バブル懐かしいですね。アメリカは日本が「失われた20年」とか言ってる間に3回以上バブル崩壊を経験し、その上で平均すると日本より遥かに高いパフォーマンスで経済を運営しております。羹に懲りて膾を吹くというのは日本の事だと思います。

Posted by: 通行人 | January 07, 2011 at 07:06 PM

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