2011年の始まりに
■ あけましておめでとうございます。
昨年十二月は、例年になく「走った」一月になった。
民主党の党内抗争は、下らないものだと思っていたけれども、立場上、色々な論評を書いた。
年末、「電脳」環境を一新した。
デフレのご時世にもかかわらず、またまた散財をした。
朝日、読売の元旦社説を読んでいたら、どちらも与野党の「協働」を説いていた。
● 朝日/「政権交代の可能性のある両党が協調する以外には、とるべき道がないではないか」。
● 読売/「次善の策として、懸案処理のための政治休戦と、暫定的な連立政権の構築を模索すべきではないか」。
なるほど、現状が続けば、予算案以外の法案は、何も通らない。朝日、読売両紙社説が想定する民主、自民両党の「協働」がなければ、向こう二年半は日本の停滞は続く。
おそらく、余程の奇跡が起きなければ、次の総選挙では、民主党の惨敗は、必至であろう。
自民党に対する支持がもどっていないという評があるかもしれないけれども、小選挙区制では、他よりも頭一つ抜けさえすれば議席が取れるのである。
雪斎は、次の総選挙で自民党が大勝し、民主党が百議席を割り込む惨敗を喫するならば、その瞬間にこそ、自民、民主両党の「大連立」が模索されるべきであろうと思っている。自民党が今までの意趣返しでなく「民主党の教育」をも手掛ける覚悟で臨めば、下野の意義は生かせる。敗北後の民主党も、自民党政権に丁稚奉公に入るくらいの謙虚さを持って臨めば、「政権担当能力」を鍛錬する機会を手にできるはずである。
日本政治が「起死回生」を遂げるためるには、これをやるべきであろう。
そのためには、前提がある。民主党は、次の選挙で敗北しすぎてはならないということである。、前原誠司、枝野幸男、野田佳彦、玄葉光一郎、そして雪斎の畏友である長島昭久、近藤洋介の佐官級が残り、そうした世代で民主党の建て直しを進めることである。小沢一郎、鳩山由紀夫、、菅直人、仙谷由人の世代は、もはや必要がない。その意味では、鳩山由紀夫の「引退宣言の撤回」は、阿呆な対応だと評するしかない。昨日、小沢一郎の私邸に百名規模の議員が集まったようであるけれども、小沢のマスターベーションに百名くらいの議員が付き合ったという事実に、率直に驚いた。既に人心が離反した政治家にヨイショできる感覚が、雪斎には判らない。有権者には、時代錯誤的な風景と映っているのではないか。
雪斎が深い想いを寄せる知識人は、吉野作造、清沢冽、長谷川如是閑である。齢九十三の長命を保った長谷川に倣うことができれば、雪斎の人生は折り返し点に達する手前であるけれども、齢五十五で鬼籍に入った吉野や清沢にならえば、雪斎の残余時間は十年しかない。一年の重みを思う。
今年は、秋頃に「週刊自由民主」に続けてきた連載が、完結するはずである。
連載の50回目が、こちらに掲載されている。
連載が終われば、一冊の書にまとめられることにもなってえいる。
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Comments
明けましておめでとうございます。
初めて投稿させていただきます。
いつも勉強させていただいております、沖縄県在住のお父ちゃんと申します。
昨年末より我が家でもブログ始めました。つきましては拙ブログよりリンクを張らせていただくことをお許しください。
本年も更新を心待ちにしております。
Posted by: お父ちゃん | January 02, 2011 05:38 PM