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November 10, 2010

ある日の「つぶやき」  20101110

■ 昨日、SENNHEISER HD-800 のことを書いた。
 十分にエージングを済ませてから、聞こうとおもったのだが、我慢できずに聴いてしまったのが、次の二曲である。
  ● ブルックナー 交響曲第4番 ロマンティック
     マリス・ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
  ● ブルックナー 交響曲第9番
     カール・シューリヒト/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 いやはや、このヘッドフォンでの「空間」の再現は、驚きの連続である。
 これは、クラシックを聴く立場からすると、本当に「いいもの」であるとおもう。

■ 下のような記事が出ている。
 

□ ノーベル平和賞:中国が日本にも授賞式欠席要請 (毎日新聞)
 前原誠司外相は9日の衆院予算委員会で、来月ノルウェーで行われる中国の民主活動家、劉暁波氏へのノーベル平和賞授賞式について「(中国側から)授賞式に日本政府関係者の出席を控えるよう求める旨の申し入れがあった」と明らかにした。要請は東京とノルウェーの外交ルートを通じてあったという。前原氏は「在ノルウェー日本大使の出席については適切に対応したい」と述べた。
 菅直人首相は大使出席について「平和賞は大変普遍的な価値を大事にした賞なので検討いただきたい」と述べた上で「(劉氏は)拘束を解かれて釈放されるのが望ましいと今も考えている」と改めて強調した。みんなの党の柿沢未途氏への答弁。
 
 日本にとっての選択肢は、「出席」しかあるまい。
 既にドイツもフランスも、「出席」を表明している。
 日本は、明治以来、「極西の国」としての歩みを進めてきたのだから、「極西の国」として黙ってふるまえばよいのである。菅内閣は何故、即答できないのか。、
 ところで、似たような趣旨の原稿を朝日新聞「ウェブ論座」に載せた。
 ● 対中「過剰配慮」と日本の「ナショナリズム」  
 さて、次には、産経新聞「正論」欄の原稿を用意する必要がある。「尖閣」ネタも飽きた。
 日本には、「親中派」の人々が相当な程度までいるらしいけれども、彼らは、漢籍だの京劇だのといった中国の文物に、どれだけ造詣が深いのであろうか。雪斎は、「漢籍」の類は他の政治学者に比べれば頻繁に読んでいると思っているので、このことは気になっている。
 それにしても、「易経」の難解さと来たら…。全然、判らんぞ…。

 


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Comments

中途半端な易経読み、sakuraでございます(笑)。
リアル雪斎に易経は不可欠!
読み飛ばしがコツかもしれません。
いろんな立場で書かれてますし、そもそも日本人の翻訳で限界があることも確か・・・。
まともな師匠につかれることもいいですね。

意味不明さへの突破口としては、
金谷治の『易の話』がよかったです。
あと、
本田済の『易経講座』上・下
がいいですけど宋学の影響下のものなんで。
公田連太郎『易経講話』は高くて買えませんが読まねばと思ってます。
いっそのこと英語でっていう手もありますね。
(華人系のマスターの手になるものがたくさん出てます)

中国はいかなる政権になろうとこれを無視した政治は不可能ですし(物事の本質だからあたりまえなんですが)、日本史も再点検することになります。
儒・仏・道・神を貫くものなんで読みがいありますヨ。
易経・老子って補完関係だし、
孫子も易経無くしては語れないことも・・・。
とにかく易経を頭で読んでるうちはダメなんじゃないかと。

“嫌中”、“親中”を超克するためにも。
昔のリアル雪斎は(禅僧はおそらく武士たちの直観トレーナー)こんなところで勝負してたんじゃないでしょうか。

長々お邪魔しましたー。

Posted by: sakura | November 10, 2010 08:48 AM

>日本には、「親中派」の人々が相当な程度まで>いるらしいけれども、彼らは、漢籍だの京劇だ>のといった中国の文物に、どれだけ造詣が深い>のであろうか。雪斎は、「漢籍」の類は他の政>治学者に比べれば頻繁に読んでいると思ってい>るので、このことは気になっている。

私もこれは観ていて感じますが、信中(親中の間違いではない)の人たちは気にしていないようです。まず中国の若い世代はあまりそれらの古典を読んでいません(私も驚きましたが)。第一読んでいたら、反日運動など起こすはずもありません。また日本の信中派は左翼が多く、もし古典など読んでいたら、儒教が背景にある中国の古典はアウトなので、これまた現在しか頭にないか、第二次大戦で終わっている。

でも信米派もキリスト教やキリスト教原理主義、ユダヤ教といった宗教を解し、アメリカ映画の知識もあまりなく、アメリカの保守派・リベラル派の確執やティー・パーティも分析不足でアメリカが好きと言う割にはアメリカの問題に関心を持つ人はそれほど多くない。日本の保守派も捕鯨問題や従軍慰安婦問題では反米なので、友人とは行かないでしょう。アメリカ映画が昔ほど当たらないのも当然で、アメリカの事情が分からないと「トワイライト」も「エクスペンダブルズ」も楽しめない。

考えてみると「ポチ」と言う思想は相手の強みも弱みも分からないので、機嫌を損ねないにはどうしたらよいか分からんので全てにイエスと言う思想の表れなので、信中派もポチになって「配慮にならない配慮」をして却って中国への反感を増やしている。

まあ弱国ゆえにポチを完全否定するのは無理にしても相手国の本、特にベストセラーはちゃんと読めるような体制作りは必要でしょう。敵も知らず、己も知らずでは100戦すべて危ういですから。

Posted by: ペルゼウス | November 10, 2010 12:51 PM

尖閣映像流出問題に関するしばらく前のエントリーに対するコメント欄で、「自民党政権時と問題の構造は変わっていない」という趣旨のことを書いた者です。

雪斎氏のその後の一連のエントリーを読み、この発言はやや乱暴であったと反省しました。

民主党の官僚批判とは、本来霞ヶ関のキャリアー組(の一部)に対して向けられたもので、彼らが野党時代に国会答弁のための資料提供を求めても誠実に対応してもらえなかったことなど、具体的な苦い経験などに根ざすものだろうと思います。彼らとて、国民、市民のため、最前線で汗水流して働いている公務員一般を批判するつもりは、ないでしょう。

しかし、ここでも彼らの言葉使いの乱暴さの問題があって(そしてこの点で私も深く反省しなければいけないのですが)、地方公務員も含めて、「官僚」全体に敵意を植えつけてしまった可能性は十分にありますね。具体的な因果関係は証明できないでしょうが、雪斎氏のおっしゃるとおり、それが今回の事件の背景になっている可能性も否定できません。

Posted by: Korekiyo | November 10, 2010 12:57 PM

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