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October 14, 2010

「柳腰外交」…?

■ 政治家にとっては、言葉は「仕事道具」である。
 

 

□ 【衆院予算委】陰の首相・仙谷氏の「独演会」 はぐらかしや逆質問を連発 漂う虚脱感 (2/2ページ)
         2010.10.13 23:5
 前略
 仙谷氏は弁護士の経歴をいかんなく発揮する。肝心な部分ははぐらかし、質問者に逆質問することも少なくない。
 12日には石原氏が「弱腰外交」と批判すると仙谷氏はこう答えた
 「別に弱腰だと思っていない。柳腰というしたたかで強い腰の入れ方もある」
 自分でもうまい言い方だと思ったのか、仙谷氏はにんまりしたが、13日になって逆襲を受けた。自民党の鴨下一郎元環境相は「柳腰とは細くてしなやかな腰、多くは美人の例えだ」と誤用を指摘、撤回を求めた。
 仙谷氏は中座して不在だったが、13日午後の記者会見で「柳腰」発言を撤回しない考えを表明。理由を問われると、なぜか1905年の日露戦争の講和条約「ポーツマス条約」について5分間も独演し、「ロシアから賠償金も取れずに条約を結んだのはけしからんといって日比谷公園が焼き打ちされる大騒動に発展した。(衝突事件でも)釈放や逮捕だけ取り出してどうのこうのと声高に叫ぶことはよろしくない」と奇妙な結論で結んだ。
 後略、

 仙谷長官の口にした「柳腰」というのは、彼の頭の中で、「弱腰」、「二枚腰」といった言葉と「柳に雪折れなし」のイメージが、重なった結果であろう。ありえそうな誤用である。

 だが、その後の強弁は、政治上の「愚挙」である。
 語彙の誤用を強弁する姿勢は、たんなる漢字の読み違いよりも、醜悪である。
 これで、学校教育の現場に、どのような示しをつけけるつもりであろうか。
 それとも、誤用を認めたくないのであれば、民主党が「広辞苑」でも編纂して、「柳腰」の項目に、「仙谷解釈の新語義」でも追加したら、いかがであろうか。
 あほらしい。

 こうした風景は、ますます菅内閣から人心を離反させる。
 このところの支持率急落は、中国人船長釈放の是非といういうよりは、その政治判断に「姑息」、「屁理屈」の空気が漂っていることにある。仙谷「柳腰」発言にも、同じ空気が漂っている。

 仙谷長官も、早くも、「権力」に酔い始めたようである。
 小沢一郎と異なる趣の「傲慢さ」が漂っている。
 菅内閣の失速に手を貸しているのが、仙谷長官そのひとだったとは、流石に民主党らしいブーメラン効果である。

 ところで、日本は、「柳腰外交」を昔から延々とやってきた。
 近年では、「カワイイ大使」であろう。仙谷長官は、気づいていたか。

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Comments

 「姑息」は本来「その場しのぎ」の意味であるが、果たしてその域にまでも菅政権は達しているであろうか。
 所謂「姑息的治療」は、これにより症状が改善し本人の自然的治癒力により治癒すること、或いはこれが後に行う根治的治療の「地ならし」として用いられることはしばしばあることだそうだ。菅政権の政策は未来にバトンを渡せる「姑息的政策」に成っていないのではないだろうか。
 その意味では菅政権は「姑息」ですらなく、「卑怯」なだけであろうと、私は思う。

参考: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%91%E6%81%AF%E7%9A%84%E6%B2%BB%E7%99%82

Posted by: 黒猫屋倫彦 | October 14, 2010 at 09:31 AM

 雪斎先生は気に入らないと思うでしょうが、いわゆる「サヨク」らしい反応でしょう。揚げ足取るのは好きだけど取られたら逆切れする。責任ある立場に一度もなった事が無く、人の非難ばかりしていた「社会的寄生虫」としての「サヨク」であるとするなら当然の反応です。仙石氏らは、スターリンがかつて中国を批判した際に使った「マーガリン」の材料にすらなれない低レベルさを曝したということでしょう。そういうのが政権を担う人材の貧困を嘆くべきか? 「マーガリン」の材料になれる者すらいないリベラルの状況を嘆くべきか? どちらなのでしょうか? 対する保守である自民党も、ひどい言い方ですが谷垣体制の「不要な上品」に縛られていて精彩が無い。世代交代が必要なのではないか? そう思えます。

Posted by: almanos | October 14, 2010 at 10:56 AM

この数日の予算委員会を聞いていると、精神衛生上よろしくないことこのうえもない。
質問にまともに答えられない大臣。
首相を含め、野党時代の政治言動を手のひらを返したように何の反省もなく堂々と転向してしまう、或いは誤魔化す、責任転嫁する、その彼らの政治信条の薄さ。
見ていて一片の希望も未来も感じられない。
その場しのぎの不誠実な答弁の数々。
政治の貧困さが悲しいまでに伝わってくる。

特に仙石長官の答弁からは、「政治家」でなく「弁護士仙石由人」しか印象に残らない。
普通はその発言から政治家の信条なりが漏れ伝わるものだが、饒舌にもかかわらずそれがまったく見えない。
雪斉さん言われるとおりの「傲慢さ」が後口悪く残るだけ。
ではと、ホームページで政治理念・政策を見てみると、「友愛」「東アジア共同体」等々どこかで聞いた言葉が舞っている。
その一方で日本の安全保障についてはその字句さえ見つからない。
今回の尖閣問題、当然の帰結でしょう。
手嶋龍一氏は尖閣問題に対する民主党政権の対応を「ラインラントの沈黙」と例えている。

国会中継は一度見ておいて損はありません、とにかく日本の政治の現状(惨状)がよくわかる。
但し、一度にしておかないと体に悪いです。

Posted by: 素浪人 | October 15, 2010 at 12:00 AM

 柳腰って、布団の中の物言いなんじゃないかな。
 男目から、浮世絵的に、女の白くくびれた粘る・・・な細い腰が、足をからめたりして、ああ柳腰、なんだよね。
 これで外交と言われても、閨房臭がプンプン漂ってくるようで、仙石の悪人顔と重ねると、廓の遣り手婆ならぬ遣り手爺に見え、最悪だな。

Posted by: fix | October 15, 2010 at 08:49 AM

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