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October 27, 2010

日本の「手の文明」

■ 昨日のエントリーでも書いたように、「近代日本の盛衰・四十年周期」説というのがある。
 幕末維新を起点にすれば、四十年後の1905年前後が一つの「山」となる。
 「坂の上の雲」に描かれた歳月である。
 それから四十年後、1945年前後が、一つの「谷」である。「帝国」の終焉である。
 それから四十年後、1985年前後が、また一つの「山」である。「バブル」の手前、「経済大国」の絶頂期である。
 このパターンで考えると、現在は、四十年続く「下り坂」の最中であって、次の「谷」は、2025年前後だということになる。「失われた20年」どころか、現在の日本の苦境は、あと十五年続くという勘定である。
 これが「四十年周期説」の趣旨である。


 もちろん、この「四十年周期」説には、何の学術上の裏付けもない。
 だから、ブログでならともかく、「活字」の原稿で、これを披露するわけにはいかない。
 昔、愛知和男事務所で政策担当秘書をやっていた時分に、事務所に出入りしていた方に、とあるエコノミストがいた。その方は、経済統計を「手」で計算していた時代の老エコノミストだった。樋口久喜さんといった。その樋口さんから、『易経』を元にした「経済曼荼羅」というものを教えてもらった。「四十年周期説」は、その中のバリエーションだった。
 大学に籍を置く「経済学者」ならば一笑に付しそうな議論である。だが、雪斎は、樋口さんの議論には、かなり影響を受けた。面白い話だった。昔、流行った話でいえば、「現場感覚を大事にした経済の話」であった。だが、樋口さんも、既に鬼籍に入られたそうである。
 そういえば、長谷川如是閑は、「古代ギリシャに端を発する西洋文明は、『頭脳の文明』だが、日本のは、『手の文明』だ」と語っていた。彼は、日本は「観念」よりも「実践」を重んじる国であることを、「手の文明」という言葉で表現したのである。吉田茂は、長谷川の議論に膝を打ったそうである。
 そもそも、長谷川によれば、「英国の知識人は、実践の世界の人々であって、大学の中の人ではない」のである。確かに、アイザック・ニュートンも、ジェームズ・ワットも、ジョン・スチュワート・ミルも、ジョン・メイナード・ケインズも、「純然たる大学人」ではないのである。長谷川は、戦後、新憲法下で最初の文化勲章受章者になった。彼も、「大学人」ではなかった。
 雪斎も、長谷川に類する「実践志向の思考」には、かなり深い思い入れを持っている。「四十年周期説」も、あと15年持ちこたえれば復活できると思えば、元気になれそうである、次の「山」である2065年には、雪斎は、生きていれば齢百になっている。

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Comments

景気循環(好不況の循環)の理論の一つに、景気循環が40~60年で一巡するという「コンドラチェフの波」があるので、「四十年周期説」はあながち(理論のベースはともかくとして)間違っていないかと思います。

Posted by: とーます | October 27, 2010 at 10:17 AM

ちょいと『易経』をかじったsakuraと申します。
はじめまして!

「四十年周期」説、面白いですね。
『易経』では、“元・享・利・貞”と現されてるみたいです。
『易経』は言い換えると“サイクル-変化”であり“動的平衡”の諸相・・・。
本物の雪斎さんもインストールしてたのかもしれません。
歴史的には東洋のコンサル必須のアイテムです。

Posted by: sakura | October 29, 2010 at 09:16 AM

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