« 小沢一郎と日本の「失われた二十年」 | Main | 見苦しい風景 »

September 02, 2010

夏の日の幻想

■ 連日、猛暑が続くと奇妙なことを考える。
 チャイコフスキーの「交響曲第一番 冬の日の幻想」を聴く。
 エフゲニ―・スヴェトラーノフ&ロシア国立交響楽団による。
 「ロシアの冬」を想像すると少しは涼しくなるかと思った。
 が…、無理だったようである。
 「夏の日の幻想」であったか。
 
 「ロシアの冬」といえば、トロイカである。

 ロシア民謡『トロイカ』は、「嘆きの歌」である。
 「クリスマスも近いのに、あの娘を金持ちの野郎に取られてしまった…」。
 これが元々の歌詞である 
  民主党の「トロイカは、「走れ トロイカ、朗らかに…」とは、行かなかったようである。
  やはり、トロイカは、嘆きの歌であったか。

 昨日のエントリーの続きになるけれども、昨日の記者会見で、菅直人が「小沢が予算委員会の席に座っているのを想像できない」と語ったのには、笑ってしまった。
 確かに、それは想像できない光景である。
 しかし、細川・羽田内閣のときも、小渕内閣のときも、そして直近では鳩山内閣のときも、小沢は、政治手腕を発揮しようと思えば、それができたはずである。小沢は、そうした質疑の手間を徹底して避けたのである。だから、雪斎は、彼の「手腕」というものを信用できないのである。そんな「手腕」があるなら、小渕のときでも存分にやれたであろうというのが、雪斎の気分である。

 小沢一郎内閣が登場しても、彼は、仮病でも使って早々に退陣し、パペットを総理の座に据えるようなことは、やりかねない。そして、彼は、再び裏に引っ込む。
 十二分に予想できる展開ではないか。余りリアルには観たくない「夏の日の幻想」である。

 小沢論を共同通信に書いた。全国の地方紙に載るはずである。
 世が世なら、とんでもないことを書いているなと思う。

 口をひらけば嫉みあり 筆を握れば譏りあり 友を諫めに泣かせても 猶ゆくべきや絞首台
            ― 与謝野鐡幹 

|

« 小沢一郎と日本の「失われた二十年」 | Main | 見苦しい風景 »

「国内政治」カテゴリの記事

Comments

 小沢氏は「権勢は振るうが責任は取らない」人物で、そこが嫌われている。だけど、そういう人物に選挙を頼らないといけなかったから権勢を振るうことができた。ですが、今回がさすがに最後になりそうに思えます。何しろ不人気ですから。民主党政権最後の夏であることを願いたいです。

Posted by: almanos | September 03, 2010 at 01:00 PM

 民主党の党員には外国人がたくさんいるそうで、どうやらご指摘の人物が次期の日本国司令官になりそうな予感です。
 まさに統帥権 彼にあり。米→支とみせかけ、両国間から譲歩を引き出そうというのか??大陸に関わるとロクなことがないというのが、歴史の教えだと思うのですが・・

Posted by: SAKAKI | September 07, 2010 at 10:15 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71618/49320405

Listed below are links to weblogs that reference 夏の日の幻想:

« 小沢一郎と日本の「失われた二十年」 | Main | 見苦しい風景 »