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September 13, 2010

もはや「お呼び」でない政治家

■ 尖閣諸島での衝突に絡んで、中国がエキサイトしている。
 丹羽駐中大使を深夜に呼びつけるとは、尋常ではあるまい。
 方や、米国では、キリスト教原理主義者がコーランを焼くという暴挙に走ったようである。
 「身の毛がよだつ」光景である。
 こういう狂信者が米国の保守主義の一翼を担っている。
 オバマがカイロで行った「イスラムとの和解」演説の効果も、著しくそがれるであろう。
 これだけ、国際情勢がおかしくなりつつあるときに、日本の「統治能力」が底を這っている。
 資源もろくに持たない国が生き延びるための前提は、まともな「統治能力」なのだが、どうしたものか。

ところで、先週、「共同通信」に下の記事を書いた。全国の地方紙に載ったはずである。

□ 時代に応じ判断下せるか   小沢氏の「剛腕」は幻影   拙劣な政権運営の菅氏

 政治家は、時代に招かれ、時代に捨てられる。政治家が後世まで語られる何らかの業績を残すとすれば、それは、政治家の政策判断が「時代の要請」に適切に応えるものであった時に限られる。
 そもそも、3カ月前には、民主党衆参両院議員は、首相指名選挙で一致して菅直人の名前を書いたはずである。菅直人、小沢一郎両氏の対決の構図となったこの度の民主党代表選挙は、その意味では「必然性」の乏しいイベントだが、それを通じて、菅氏と小沢氏のいずれが「時代の要請」に応えられるかということを展望するのは、決して無意味なことではない。
 というのも、宰相の資質の第一は、その「時代の要請」を鋭敏に察知し、それに応じた政策判断を適切に下せることにあるからだ。まず小沢氏は、参院選敗北の責を菅氏以下の現執行部に負わせようとしている。
 けれども、政権交代以降の民主党の党勢失速を招いたのは、「政治とカネ」に絡む疑惑への小沢氏の誠に不十分な対応であり、鳩山由紀夫前内閣下の政権運営の迷走である。小沢氏は参院選敗北の責を免れないし、その意味で菅氏批判に走る資格もない。
 加えて、何故、小沢氏の「剛腕」に対する期待が、自明のように語られるのか。彼は、二十数年前に務めた自治大臣や官房副長官の経験しか持たないし、政治の基本である「人間関係」の離合集散を幾度も繰り返してきた。彼は、過去20年、一貫して日本の政局の中心に位置したけれども、そのことは、「失われた20年」と呼ばれた歳月の中で彼が発揮すべき影響力を適切に発揮しなかった事情を暗示している。故に、筆者は、彼における「剛腕」が一種の幻影ではないかと判断する。
 各種世論調査の結果が示すように、国民各層が小沢氏に冷淡なまなざしを向けるのには、正当な理由がある。小沢氏は、多くの国民の意識の中では、わずか8カ月で政権を投げ出した鳩山由紀夫氏と並んで、もはや「お呼び」ではない政治家なのではないか。
 次に、菅氏は、民主党の「脱小沢化」を進めることによって内閣支持率の反転上昇という評価を得ている。彼は、「こども手当」の満額支給の見直しや消費税引き上げ論議の提起に象徴されるように、昨夏の政権公約の修正を模索しているけれども、それは日本の財政危機の現状を踏まえる限り、「時代の要請」には沿った対応なのである。
 けれども、菅氏の政権運営の実態は、近時の経済情勢への対応に示されるように、拙劣極まりない。この拙劣な政権運営に、多くの国民は、どれだけ耐えられるのか。石原慎太郎氏は、菅、小沢両氏の対決を「『無為無策』陣営と『金権』陣営の対決」と評したけれども、菅氏は自らへの「無為無策」評を払拭するため、たとえば野党との提携を推し進める「幅」を持てるのか。それが、彼の最たる課題であろう。
 このように考えれば、小沢氏は、既に「時代から捨てられつつある政治家」である。菅氏は、民主党の「脱小沢化」という時代の要請に応えようとする限りは、政治家としての命脈を保つであろう。けれども、その要請を裏切り、あるいは応え切った後ならば、彼もまた時代から捨てられる運命をたどるであろう。
 政治家が「時代の要請」から眼を背けつつ、自己の信条」に固執し、その影響力の保全に汲々する姿ほど、見苦しいものはないのである。
            「共同通信」(2010年9月9日)配信

 雪斎は、当初、民主党は小沢一郎、鳩山由紀夫、菅直人のトロイカを総退場させるべきであると書いた、「菅か小沢か」という記事の趣旨から外れているということであったので、この原稿に落ち着いた。
 菅も、一つや二つの政策に道筋をつけて、さっさと前原、枝野、野田、玄葉といった世代に道を譲るべきであろう。大体、過去十数年、野党であったにせよ発揮すべき影響力を発揮できなかった以上、今さら、何かができるとという想定は誤っている。小沢に至っては、論外である。鳩山も、民主党が自分の私物であるかのような振る舞いは止めるべきであろう。民主党トロイカは、もう時代から捨てられつつあるのである。小沢、鳩山は、自民党の下野を実現させた時点で、そして菅は、小沢に引導を渡した時点で、それぞれ「御役御免」である。その意味では、菅の仕事は、まだ終わっていないといえるけれども…。
 後のことは、次の世代が手掛けることである。自民党も、石原、小池という世代に移った。
 それにしても、菅も小沢も、外交・安保を余り語らないのは、どうしたものか。これが、「実質、総理を選ぶ選挙」の実態か。嘆かわしいことである。

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Comments

 管氏も時代から捨てられつつある政治家と思えますが? 少なくとも、彼は市民運動家以外になるべきでは無かった。人の責任を追及する事はできても、自分が責任を負った判断を出来ない。悪口しかいえないモブ寸前の脇役体質です。主役をやったら舞台がこける人ですね。小沢氏は判断はするが責任は人に押し付ける。悪代官以外できない田中派政治の遺物。やはり主役は張れない。そもそも悪代官は幕府の威を借る小物ですしねぇ。どちらも既に時代が必要としていない過去の遺物です。鳩山氏は「成年被後見人」に該当しているように見えます。昔風に言うなら禁治産者。舞台に出してはいけない人です。見事に舞台に出ないでくれといいたくなるのがトロイカやっていた訳です。ただ、彼らが退場しても前原氏等はすぐに責任回避の見苦しい言い訳に走るのでやはり器ではない。こうしてみると人がいない。脇役すら出来そうに無い人しかいないのが民主党の最大の問題では無いでしょうか?

Posted by: almanos | September 13, 2010 at 10:44 AM

 中国の対応は傲慢ですね。こんなとき近隣諸国が温かい目で日本を見てくれることが助けになるのですが・・わが日本が、今、かなり孤立していることはあまり指摘されませんね。
 小泉・安部時代は、経済もうまく行って、香港も含めた対日輸出の伸びに、中国は危機感を持っていましたね。偉大なる中華帝国が第二の韓国になってはメンツが立たないと。日本が怖くて仕方なかったんですよね。だから反日で日本文化の上陸を抑えようとしたという側面もありました。だから、本音では日本孤立どころか、「なくてはならない」存在だったと思います。

 民主党は、安部外交を「タカ」だ「孤立」だと言い放っていましたが、政権の座についたら、普天間を巡って、韓国をはじめ台湾、フィリピンなどの首脳から会談を拒否され、今や日本はまさに孤立状態(笑)もっと危機感をもつべきではと思うのですが世の中不思議だのぉ(笑)
 外交も厳しいと思いますよぉ~

 

Posted by: SAKAKI | September 15, 2010 at 07:14 AM

 中国の対応は傲慢ですね。こんなとき近隣諸国が温かい目で日本を見てくれることが助けになるのですが・・わが日本が、今、かなり孤立していることはあまり指摘されませんね。
 小泉・安部時代は、経済もうまく行って、香港も含めた対日輸出の伸びに、中国は危機感を持っていましたね。偉大なる中華帝国が第二の韓国になってはメンツが立たないと。日本が怖くて仕方なかったんですよね。だから反日で日本文化の上陸を抑えようとしたという側面もありました。だから、本音では日本孤立どころか、「なくてはならない」存在だったと思います。

 民主党は、安部外交を「タカ」だ「孤立」だと言い放っていましたが、政権の座についたら、普天間を巡って、韓国をはじめ台湾、フィリピンなどの首脳から会談を拒否され、今や日本はまさに孤立状態(笑)もっと危機感をもつべきではと思うのですが世の中不思議だのぉ(笑)
 外交も厳しいと思いますよぉ~

 

Posted by: SAKAKI | September 15, 2010 at 07:14 AM

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