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June 13, 2010

菅直人内閣の「成功」の条件

■ 菅直人内閣の「義務」とは、なにか。
 それは、「成功」することである。
 ならば、「成功」とは、なにか。
 菅内閣が、民主党の「政権担当能力」を国民にしっかりと認知してもらった後で、執政の幕を降ろすことである。
 このように書けば、「今まで、散々、民主党内閣をこきおろしてきたくせに…」と反応する向きもあるかもしれない。
 だが、「政権交代可能な政治風土」の定着を考えれば、今の民主党内閣は、「もう民主党に政権を渡すものか…」という結果に終わってはならない。逆にいえば、今後の日本政治が、「55年体制」下の一党優位体制の主体が自民党から民主党に代わっただけのものにならないようにするためにも、自民党は、早期の政権奪回を目指さなければならない。
 鳩山・菅と続く民主党の「第一期政権時代」の後、数年後に自民党が政権を奪回し、その数年後に民主党が政権再奪回を果たして「第二期政権」を発足させるというプロセスがでできてこそ、日本のデモクラシーは、まともな体裁になる。

 故に、この「第一期政権時代」に何がなされるかは、かなり大事である。民主党を「甘やかす」ような言辞は、率直に有害であろう。自民党内閣下では、閣僚の首の一つや二つが飛んだようなケースで、民主党が不問に付そうという動きがあるのは、解せない。メディアが伝える「支持率V字回復」なるものは、そうしたことを民主党の感性を鈍らせるうえでは、有害である。「ボロが出ないうちに選挙を…」という民主党内の議論は、「民主党は、ボロを国民に隠していますよ…」と告白するに等しい。民主党は、自らの義務を自覚したほうがいい。
 それならば、菅内閣の「成功」には、何が必要なのか。
 一つには、「自分を棚に上げて他人を批判する:ような姿勢をあらためることである。
 二つには、社会党政治家だったフランソワ・ミッテランが、結局は、「社会主義」的な施策を捨てて、「自由主義」路線に転回したように、民主党内にある「社会主義」的な政策志向から脱することである。
 既に、その萌芽が出てている。
 郵政「再国有化」棚上げ、子供手当満額支給撤回、労働者派遣法改正断念、法人税引き下げ、消費税引き上げという方向は、誤っていないであろう。「介護・福祉で成長を促す」という政策の方向は理解しがたい。現在、日本の景気は、「回復モード」に入っているので、それを中折れさせないことが、基本路線になるであろう。菅内閣は、新規国債発行限度を「44兆円」に設定したけれども、それも、小泉純一郎時代の「30兆円」に比べれば、大いに甘い目標設定である。ドイツもまた、ドイツ版「子供手当」廃止を含めた戦後最大規模の財政緊縮策に打って出ようとしている。「国が面倒をみる」という姿勢には、世界的な逆流が生じている。菅内閣は、民主党にとって、自分がやりたかったこと」にこだわってはいけない。手掛けるべきことは、「今、求められていること」を実行することでしかない。
 ところで、菅総理の所信表明演説の中で最も印象深かったのは、次の一節である。
 

第3の政策課題は、責任感に立脚した外交・安全保障政策です。
 私は若いころ、イデオロギーではなく、現実主義をベースに国際政治を論じ、「平和の代償」という名著を著された永井陽之助先生を中心に、勉強会を重ねてまいりました。わが国が、憲法の前文にあるように、「国際社会において、名誉ある地位を占め」るための外交とは、どうあるべきか。永井先生との議論を通じ、相手国に受動的に対応するだけでは外交は築かれないと学びました。この国をどういう国にしたいのか、時には自国のために代償を払う覚悟ができるのか。国民一人ひとりがこうした責任を自覚し、それを背景に行われるのが外交であると考えます。今日、国際社会は地殻変動ともいうべき大きな変化に直面しています。その変化は、経済のみならず、外交や軍事の面にも及んでいます。こうした状況の中、世界平和という理想を求めつつ、「現実主義」を基調とした外交を推進すべきだと考えます。

 内閣総理大臣の演説の中で、永井陽之助という政治学者の名前が出てきたのには、驚いたけれども、永井先生の影響を受けたことを認める政治家は、「永田町」には、かなりいるのである。確かに、菅総理は、東京工業大学で永井先生の授業を聴いていたはずである。菅総理が、永井先生と、かなり近いところで勉強したという「縁」は、雪斎は、知らなかった。ただし、永井流「現実主義」の肝は、「できること」と「できないこと」を明確に峻別することである。菅総理の永井政治学解釈は、雪斎には少しばかり違和感を覚えるものであるけれども、「現実主義」を基調とした方針を本腰を入れて打ち出そうとするのであれば、雪斎は、それ自体は歓迎する。鳩山前内閣の失敗は、普天間移設に絡んで、その「できもしないこと」をやろうとしたことである。
 因みに、昨年三月、永井先生の『平和の代償』が再刊される計画が始まり、雪斎が「解説」の執筆を担当した。事前に解説執筆を防衛大学校長の五百旗頭真先生に報告し、「貴君が適任だろう」と叱咤して頂いたので、かなり気合を入れて書いたのである。ところが、「解説」原稿を総て執筆し、原稿を提出した後の段階になって、止むを得ざる事態が起こり、再刊計画自体が白紙に戻った。故に、雪斎の「「解説」原稿は、「お蔵入り」になっている。東京大学の北岡伸一先生には「力作だ」と評して頂き、戦後日本を代表する政治学畑の名著に寄せる「解説」として、恥ずかしくないものができたと思ったのだが…。だから、永井政治学を理解するためには、『平和の代償』だけを読んだだけでは駄目であるというのは、雪斎は明瞭に理解した。永井政治学は、誠に深い森なのである。
 話は戻る。保守主義者としてのシャルル・ド・ゴールの外交の衣鉢を継いだのは、実は、保守主義者としての彼の後輩ではなく、社会主義者としてのミッテランであった。彼が、「冷戦の終結」前後に手がけたことの故に、「ヨーロッパ人のヨーロッパ」が姿を現した。マーストリヒト条約は、彼の功績である。もっとも、今は、「マーストリヒトの遺産」である共通通貨ユーロで、欧州全体が揺れているのだが・・・。

 菅直人は、フランソワ・ミッテランになれるのか。
 それが問題である。
 雪斎は、自民党に近い立場からすれば、「できるわけねぇだろうなあ…」と茶化してみたい気もするけれども、政治学徒として純粋に観察する立場からすれば、「どうなるかが見物だのぉ…」と興味が湧く。

 雪斎が民主党叩きに躍起になっているという反応がある。
 「阿呆らしい…」の一言である。
 政治を観察し、論ずるのは、それほど単純な作業ではないのだよ。

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Comments

やはりポイントは税制改革と現実主義。「自分を棚に上げて他人を批判する:姿勢をやめる」ことですね。大賛成!!
ところで・・「はやぶさ」が帰ってきますよ。楽しみですね。このゾンビのような宇宙船こそ、大和魂の象徴のように思えてしまいます。

Posted by: SAKAKI | June 13, 2010 at 10:44 PM

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