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May 16, 2010

立法は審議し、執行は行動する。

■ 「立法は審議し、執行は行動する」。
      ― カール・シュミット 「現代議会主義の精神史的状況」
 
 前のエントリーから、時間が開いた。雪斎にとって、「鬼門」の六月が近付いているせいか、どうも身体的なコンディションが、よろしくない。
 永田町は、民主党新人女性議員が「乱闘」の中で怪我したという話がある。民主党女性議員の転倒は、サッカーでいうシミューレーションだったのではないかという説がある。それは、サッカーの試合では、レッド・カードに相当する行為である。だが、実際のところは判らない。
 ただし、問われなければならないのは、この女性議員は、何故、その場所にいたのかということである。
 

 カール・シュミットが1922年に発表した論稿に、「現代議会主義の精神史的状況」という論題のものがある。『カール・シュミット著作集 Ⅰ』(長尾龍一編、慈学社出版、2007年)という普通の人々ならば誰も手に取らないような書に収録されている。因みに、慈学社からは、『大地のノモス』も刊行されている。昔、福村出版という出版社から出ていた。おそろしく難解な書だと思って読んだ記憶がある。
 この論稿では、重要なことが書かれている。
 「立法は審議し、執行は行動する」。
 そもそも、議会制度は、相反する様々な意見が自由闊達に表明され、それが調整される「討論」の過程が「開放性」を伴った空間で行われてこそ、意味を持つ。それ故にこそ、シュミットは、アレクサンダー・ハミルトンらが著した『ザ・フェデラリスト』を引用しながら、国民の「自由」を護るのが行政府ではなく立法府の役割であると指摘した上で、次のように記した。
 「立法権においては、意見や党派間の対立が、おそらく数多くの有益で正しい決定を妨げるかもしれないが、そのかわり少数者の議論が多数者の逸脱をおさえるのであり、そこでは、異なった意見が有用かつ必要なのである」。
 立法府における「審議」とは、手間と時間がかかることを覚悟しなければならないものなのであろう。
 加えて、シュミットは、「主権とは、例外状況における決断のことである」という有名な言葉を残しているけれども、これもまた、行政(執行)府が、特に戦争や災害などの緊急事態に際しては、相応の「決断」に裏付けられた「行動」によって対応しなければならない事情を示したものであった。たとえば、「権力分立」を唱えたモンテスキューの母国であるフランスで、現在の大統領が非常事態における強権を認められているのは、示唆的であろう。要するに、行政府を統括する政治家は、さまざまな局面で「決断」を下し、具体的な「行動」に踏み切れるようでなければ、意味がないのである。
 もっとも、この「決断」の強調が、後にナチス・ドイツに利用された結果、カール・シュミットは、ナチスの「御用学者」として語られるようになった。左翼方面は、この名前にはアレルギーがあるようである。雪斎も、北大学生の頃、左翼活動家のお兄さんjを相手に、アイザック・ドイッチャーの『トロツキー 武装せる予言者』をネタにお話した後、カール・シュミット云々とやって、思いっきり敬遠されたことがある。
 現在の日本にあるのは、その逆の風景である。
 行政府は、まともな「決断」を下せず断固とした「行動」に踏み切れない。立法府は、「開放性」と「討論」を旨とする審議の舞台としては余り機能せず、特に末端の民主党新人議員は党上層部の方針に従うだけの存在になっている。議会においては、重鎮議員であれ新人議員であれ、同じ立場で「審議」に臨むのである。
 転倒した民主党女性議員というのも、元々は内閣委員会に所属せずに、ただ外人部隊よろしく「物理的な抵抗」の要員として駆り出されただけのようだったらしい。こういう「かわいい美人」と呼ばれる女性議員に、下らぬ格闘家の真似事をさせるなら、きちんと「討論」の修練をさせたほうがよいのではないか。それとも、それをしないのが、立法府の在り方だと思っているのか。変なところで、「行動」をしなくともいいのである。
 ところで、小沢一郎幹事長は、カール・シュミットを読んだことがあるのであろうか。
 彼も、権力をふるいたければ、党幹事長として「立法府」に引っ込むのではなく、総理大臣として「行政府」の表に出て来たら、いかがであろうか。当然、彼は、執行の際の「決断」に伴う広範な「責任」を背負いこむことになる。
彼が、それを厭うのであれば、その「剛腕」というのも結局は虚像に過ぎなかったということになるのであろうし、執政の「責任」を背負いたくないだけの小心な男だということになるのであろう。それが、彼の実像だったのか。

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Comments

かつて・・小泉さんに、「人の意見を聞かない」「平成のヒットラー」(亀井さんだったと思います)との批判があったことを思い出しました。
皮肉なものですね。

Posted by: SAKAKI | May 18, 2010 at 06:33 AM

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