« 銀盤の祭りの後 | Main | 「野党」に耐えられない人々 »

March 12, 2010

他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス

■ 陸奥宗光が著した『蹇々録』は、日本外交政治学徒が読む書の「イロハのイ」であある。
 陸奥は、この書を明治25年(1892年)から執筆を開始し、日清戦争、三国干渉の処理について記述が及んでいる。ただし、この書の刊行は昭和4年、陸奥の死から22年後のことである。というのも、この書は、外務省機密文書を引用していたため、30年近く経って明治も遠くなりにけりの「歴史」になった時点で刊行されたのである。
 『蹇々録』中、最も有名なのは、三国干渉について記した個所の終わりに出てくる次の文言であろう。
 「畢竟我に在ては其進むべき地に進み其止まらざるを得ざる所に止まりたるものなり。余は何人を以て此局に當らしむるも亦決して他策なかりしを信ぜむと欲す」。

 さて、この数日、世間の耳目を集めているのが、日米安保体制に絡む「密約」の話である。率直にいえば、この件は、「既に終わった」話である。故に、「騒ぎ立てる」ことには、誠に不純な動機を感じさせる。
 沖縄返還交渉に佐藤栄作総理の「密使」として関った若泉敬教授は、その仕事の後には、表で発言することはなかった。そして、交渉の裏面を叙述した一冊の書だけを残して他界した。それが、陸奥の記述から書名を引いた『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(文藝春秋, 1994年/新装版, 2009年)である。
 雪斎は、この「密約」が「密約」でなかったならば、沖縄の本土復帰は果たして実現したのかと思う。沖縄が、アリューシャン列島、日本列島、沖縄。台湾、フィリピンと続く弧状の防衛線の突端に位置する以上、米国には、「何が何でも沖縄だけは手放さない」という戦略上の選択もあり得たからである。佐藤が、そうした米国の思惑を覆して、「沖縄が復帰しなければ日本の戦後は終わらない」という想いを実現させるためには、米国に対する最大限の配慮を含む相応の代償を払わなければならなかったであろう。また、「核」の扱いも、表立った議論の対象としていたら、日本国内の収拾がつかなくなっていたであろうし、その場合には、「核の抑止」の効果は、損ねられていたであろう。「密約」が「密約」でなければならなかった所以は、そうしたことを総て含みおかなければならなかったからである。若泉教授の『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』という書名は、そのことを鮮烈に示しているのではないか。
 話は替わるが、佐藤栄作と若泉教授を引き合わせのは、愛知揆一だったようである。愛知は、雪斎の「親方」の先代である。この件に関して、佐藤、愛知、若泉教授で色々な遣り取りがあったかもしれないと想像するけれども、今となっては、もはや、それ以上のことはできまい。よしんば、雪斎が「親方」から当時のことを何かを伝え聞いたとしても、何も語るわけにはいかない。故に、高々、数年前の直近のことを官界や政界を去ったからといって、「飯の種」のように小出しに繰り返し語っている御仁のことを、雪斎は余り信用する気にはならない。

 三月に入ってから、雑誌『環』に寄せる原稿を書いていた。この雑誌は、次に「日米安保体制」に関する特集を組むのだそうである。雪斎が執筆したのは、その特集の中の一編である。中々、苦労した。とてもではないが、拙ブログのエントリーを書いている暇はなかった。政治教論を始めて十数年も経つのに、対外政策評論を書く厳しさは、変わらない。
 雪斎が政治学徒として対外政策に関する論稿を執筆する折に何時も念頭に置いているのは、福澤諭吉が「新聞紙の外交論」と題して発表した『時事新報』(明治三十年八月八日)社説の一節である。 
 「外交の事態いよいよ切迫すれば、外交の事を記し又これを論ずるに當りては自から外務大臣たるの心得を以てするが故に、一身の私に於ては世間の人気に投ず可き壮快の説なきに非ざれども、紙に臨めば自から筆の不自由を感じて自から躊躇するものなり。苟も国家の利害を思ふものならんには此心得なかる可らず」。
 要するに、福澤先生は、「外交を論じたければ、外務大臣になったつもりで書け」と教えているのである。福澤先生が、この記事を書いたのは、三国干渉の翌年である。だから、福澤先生は、多分に陸奥のことを思い浮かべながら、この記事を書いたのであろう。
 現在の外務大臣には、「余は何人を以て此局に當らしむるも亦決して他策なかりしを信ぜむと欲す」という陸奥の切迫感は働いているのか。そこが問題である。

|

« 銀盤の祭りの後 | Main | 「野党」に耐えられない人々 »

学者生活」カテゴリの記事

Comments

私も「過去の事に過ぎない」と思います。
正直また反核団体が心にもない「怒りの声」を挙げていますが、彼らも嘘の上に成り立ってます。まず日本は唯一の被爆国ではありません。ビキニ、新疆ウイグル地区、コソボ、セルビア、イラクと核実験・劣化ウラン弾の犠牲者がおり、彼らの運動がこれらを止める気配などまったくありません。
単に日本が外交的にも軍事的にも無力であるがゆえに何も出来ていない現実から目を背けるのが上手いのは右も左も同じです。

Posted by: ペルゼウス | March 16, 2010 05:59 PM

過去のことではないでしょうね。
三国干渉、と、沖縄返還を同列に扱うのでしょうか。
三国干渉は、臥薪嘗胆、という言葉を生んだ。
いつ、復讐をするのでしょうか?

Posted by: 古井戸 | May 02, 2010 10:43 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス:

« 銀盤の祭りの後 | Main | 「野党」に耐えられない人々 »