« オリンピックと「遊び」の精神 | Main | 他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス »

February 27, 2010

銀盤の祭りの後

■ 昨日のエントリーでフィギュア・スケートのことを書いた手前、「その後」のことを書く必要がある。
 結果は、「天の配剤」というべきか、誰にとっても良い結果になったのではなかろうか。
 キム・・ヨナのゴールドは、おそらくは、「そうならなければならかった」結果である。ゴールドでなければ、韓国国内が収まらなかったような雰囲気である。これで彼女がこけたりしていたらと想像すると、ちょっと怖いものがある。韓国は、まだまだ「近代圏」の国家である。「ナショナリズム」の持つ毒を相対化出来ている日本や他の先進諸国とは、その点が決定的に異なる。
 「真央ちゃん」は、次に向けた宿題が出来たと思えばよろしい。ゴールドでなくても、日本の誰も失望しない。
 「簡単に実現できるような夢」などは、誰も、「夢」とは呼ばない。
 「ミキティ」も、満足の演技だったろう。
 

 ただし、日本代表三人の中で、一番、楽しかったのが、「アッコ」の「ウエストサイド・ストーリー」 である。
 確かに、映画の情景が浮かび上がってくるようなパフォーマンスだった。映画に主演したジョージ・チャキリスは、以前、NHKのドラマで小泉l八雲を演じていた。結果は8位だったとはいえ、作曲者のレナ―ド・バーンスタインも、天上で眼を細めているであろう。
 注目すると書いた米国代表の長洲未来さんも、4位に来た。
 それにしても、日本のフィギュア・スケートというのは、誠に層が厚い。上位8位の中に、長洲さんんを含めれば半分が日本人である。この競技に、「団体」という種目があったら、断トツで日本がゴールドだろう。
 日本が突出した才能をださないというところは、往時のヴェネツィアにも似ている。ヴェネツィアも、スーパースターを輩出させない国家であった。
 偶々、従妹が娘二人を雪斎宅に連れて遊びに来ていて、この話になった。
 「この娘たちにスケートやらせるか」と聞いたら、「お金がかかるよ…」だそうである。
 確かに、フィギュア・スケートは、カネがかかるスポーツだが、それを日本の多くの親がやらせてきたのである。
 日本の「カネ」を復活させることを考えなければなるまい。

|

« オリンピックと「遊び」の精神 | Main | 他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス »

「学者生活」カテゴリの記事

Comments

いや、多くの国民は真央ちゃんの銀には失望していますよ。ただ真央ちゃん自身の失敗が自己の失敗によるものですからね。

キム・ヨナさんが勝つのは当然です。かわいらしいだけがうりものの真央ちゃんと比べて女らしさと強さを前面に押し出している彼女が点数が高いのは当然で、真央ちゃんが競技の面でキム・ヨナさんを超える事は永遠にありますまい。

両者の勝負は実はこれからでしょう。スケート以後の人生を上手く送れるのは真央ちゃんでしょう。キム・ヨナさんはあまりに多くをスケートに費やしてしまっている。高く舞い上がれば落ちる時には致命的な事になりかねない。

あくまで「選手村」に入った真央ちゃんとコーチや母親といったチームとホテル住まいしたキム・ヨナさんの人生の勝負の幕はまだ開いたばかりです。

>日本の「カネ」を復活させることを
>考えなければなるまい

まったくそのとおりです。
しかし「聖戦貫徹」「大東亜共栄圏」を唱えた戦前の日本のように「改革路線」や「グローバリズム」を徹底的に推し進めれば全ては解決できるかのような新自由主義者の人たちにそれは可能かは疑問の多いところです。それどころか「改革開放」「下放」の結果、これだけの貧困層や自殺者を生み出し、毛沢東顔負けの失政をやらかしたことへの落とし前をどうつけるのか。ただ民主党をたたく事しかできないようでは本当におしまいですよ。

Posted by: ペルゼウス | February 27, 2010 at 11:35 AM

別の見方もあるでしょう。マオは女子としては人類史上未だかつてない3A3回という偉業を成し遂げました。スポーツの本質の1つが超人の異次元な動きを見るというのであれば、彼女が金メダルでなければおかしい。

フィギュアは採点競技で、数年前からすごいジャンプより教科書のようなジャンプに点数が高くつくようになってます。そして、その基準は政治的に決まる側面が大きいです。

つまり、彼女が正当に評価されるためには日本の政治力が必要だったということです。

国家戦略としてスポーツを見るならそのような見方も必要ではないでしょうか。

Posted by: stratosphere | February 27, 2010 at 09:28 PM

フィギャアの採点方法は事前に公開されているものであり、金メダルを目標にするならばその採点基準にのっとて演技構成を考えるべきでそれに対応できていたのがキムヨナ選手であり、対応しきれなかったのが浅田選手であったわけで、祭典方法が悪いから浅田選手が負けたとの論理は身びいきにすぎると思います。
 4年前荒川選手がトリプルアクセルを跳ばず金メダルを取ったときあえて美しさを追求したのが成功戦略だったと拍手喝采で迎えた事を忘れたかのようです。
 長野オリンピックで日本がジャンプで団体金メダルを取った後で狭義の規定が身体の大きい選手に有利に変更になったとの報道があり、そのためその後日本の選手は良い成績がでなくなったと言われました。しかし実際には現在日本の選手にも体格面で劣るようなアマン選手が金メダルを取っています。
 仕方のない面もありますが特にスポーツ報道は自国の選手を擁護しすぎるきらいがあると思います。オリンピックは特に愛国心が刺激される場でもあり、それが楽しいともいえるとは思いますが、過剰の度を越えるとお隣の国のようで少し滑稽です。

Posted by: momo | March 04, 2010 at 04:39 PM

突然失礼します。
マオちゃんが演技後にインタビューに答える映像を見てられませんでした、かわいそうで。一方キムヨナはほんとうに上手です。美空ひばりですよ。誰もかなわんでしょう、あれじゃ。韓国に帰国したのは一日だけと聞きました。自分を守る為にはそういう風にするしかない状況も可愛そうですね。think
採点なんてものはどうルールを作った所で所詮は不公平なもの。告発するのも良いけれど、その不公平さを乗り越えていけるかどうかが舞台に立ってるものの力量だからそれで良いんです。
正直言うと、オリンピックやサッカーで妙なナショナリズムを煽っている連中は何をこれでしたいんだろう?と気持ちが悪くなるばかりです。
ナショナリズムとパトリオティズムの検索で、こちらに来てしまいました。

Posted by: ガハク | March 09, 2010 at 06:57 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71618/47673314

Listed below are links to weblogs that reference 銀盤の祭りの後:

« オリンピックと「遊び」の精神 | Main | 他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス »