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February 02, 2010

誕生日の「施政方針演説」

■ 先週金曜日は、誕生日であった。45歳と相成る。
 「死んで生まれて来たのに、よく、ここまで生きて来たな…」と率直に思う。
 「悪運の強さ」だけは、折り紙付きではある。

 ということで、誕生日前日から、ブルックナーの交響曲第9番を集中的に聴いた。
 ① オットー・クレンぺラー&フィルハーニアー管弦楽団
 ② ギュンター・ヴァント&ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
 ③ カール・シューリヒト&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ④ 朝比奈隆&大阪フィルハーモニー管弦楽団
 アントン・ブルックナーの未完に終わった「最後の交響曲」である。

 ところで、バースデイ・プレゼントというわけでもないであろうけれども、その日に鳩山由紀夫総理の「遺制方針演説」を聴いた。どうも冗長な演説だなと思った。後で全文を読んだ。この演説にスピーチ・ライターがいるのであれば、このライターは、余り能力が高くない。何故かといえば、次のように考えられよう。
 施政方針演説のキ―・コンセプトは、「いのちを護る政治」だそうである。軍隊の整備もl、治水事業も、学校の耐震化改修も、「いのちを護る」施策である、何故、当たり前のことを「鳩山オリジナル」であるかのように、語っているのであろうか。
 マハトマ・ガンジーの言葉を引用したのも、おかしい。鳩山総理が以前からガマハトマ・ガンジーという人物に共感を示していたのであれば、ともかく、ここでガンジーの言葉が出てくるのは、唐突の感か否めない。「文章は自分の血で書け」という言葉があるけれども、そもそもガンジーの言葉は、鳩山総理の「血」なり「肉」になっているのであろうか。だからこそ、大罪としての「労働なき富」に言及して、「そういう貴方は、どうなのか」と突っ込まれるのである。鳩山総理は、日本で最も恵まれた環境下で生まれ育ったはずであるのに、何故か、「付け焼き刃」の知識で物事を語っているように映る。
 スピーチ・ライターというのは、「なるほど、彼が、そいうのならば、説得力がある」と思わせる原稿を書けなければ、失格である。「いのちを護る政治」だのガンジーからの引用を並べるよりは、「友愛・第二弾」演説に徹してもらったほうがよかtったのではないか。

 前に触れた「ブルックナー 交響曲第9番」中でも、クレンペラーが振ったものは、名盤の誉れ高いものであるけれども、長らく廃盤状態だったので入手できず聴けず終いであった。先月下旬、ようやく再販されたので、他の交響曲に併せ入手して聴いた。こちらの方が、誠に「豊饒な時間」を感じさせたという点では、よきプレゼントだった。

 話は替わる。
 只今、東京都心に雪が降り続いている。
 「東京の雪」の風景というのは、余りよいイメージではない。
 「赤穂浪士討ち入り」、「桜田門外の変」、「2・26事件」…。
 また、何かが起こるのか。

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Comments

初めて書き込ませていただくと思います。

誰か他の権威ある人間の言を引用して自らをそれになぞらえ正当化する手法は詐欺師や自分に自信がないものがよく使う手法ですよね。

現与党の宰相の言は今まで中身が伴わない抽象的なものや過去の発言と一致しないものが殆どですが、本人も少なからずそれを自覚しているのでしょう。

Posted by: azure | February 02, 2010 at 10:49 AM

 いつも頷きながら拝読しております。

 YES! WE CANの向こうを張って心に残るフレーズをと考えたのでしょうが、「いのちを守る」ために一体何をしようというのでしょう。近隣諸国の脅威から国を守るために、3万人の自殺者の命を守るために、誰にも看取られず死んでゆく老人たちを救うために、具体策もなく上滑りする言葉ほど空しいものはありません。

 ブルックナーの9番。オペラ・シティで聴いたヴァント最後の来日演奏会は忘れられない思い出です。

 演奏するものも聴くものも、これが最後と覚悟して臨んだブルックナー。”人の心に響く”とはそういうことではないでしょうか。

Posted by: K.IITOYO | February 02, 2010 at 04:22 PM

今までもそうですが、施政方針演説など単なる建前の羅列であり、自民党政権の時でもだれもまともに受け取っている人間などよほどの奇人です。

そんな事を咎めだてして何になると言いたいですね。

では語られるべき事とは何か。

高失業、未来を背負う子供たちの将来を破壊する格差、全てを捨ててアメリカについてさえ行けば何もいらないなどというたわごとを放言し、あたかも「聖戦貫徹」を叫んだ昔の日本や、大勢の優位な人材のみならず、多くの良民を「下放」と称して悲惨な人生を送らせた毛沢東主席と変わらないイデオロギー優先の政策をこの期に及んでも変えない新自由主義者たちの責任です。

Posted by: ペルゼウス | February 02, 2010 at 10:22 PM

いつも楽しんでというと変ですが、楽しみに読んでおります。

ただ少し気にかかることがございまして、大変不躾ですが、最近関係ないことで、印象操作とみられるような記述がいくつか見受けられると思います。
(たとえば、ある対象を批判したあと、雪が降ったという事実だけで暗い未来を暗示するような表現は、完全に話が分かれていたとしてもなるべくなら避けるべきだと考えます)
blogですし、現政権に辟易とされていらっしゃるからかもしれませんが(僕自身もそうですが)、僕自身雪斎さんの知的な文章が好きなので少々残念です。

Posted by: b2 | February 05, 2010 at 05:40 AM

初めて投稿させていただきます。

さて、現総理の感情のこもらない演説や答弁を聴くたびに腹立たつやらあきれるやらの私ですが、今回の施政方針演説については、ただただ失笑するばかりでした。

中身も誠意もない言葉の羅列、これに拍手を送る議員達、国民不在の演説ごっこを見て過去のソビエトや現在の北朝鮮を想像するのは、私だけでしょうか。

Posted by: masa | February 08, 2010 at 09:42 PM

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