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February 13, 2010

「最高指揮官」のメルト・ダウン

■ 映画『硫黄島からの手紙』を観た。
 印象深い場面があるj。
 渡辺謙さんが演じる栗林忠道中将が、大尉時代に米国に滞在して、米軍関係者の歓迎宴に招かれる。将校夫人に問い掛けられる。
 「日本とアメリカが闘ったら、どうなるのでしょう」。
 栗林が答える。
 「最高の同盟国になるでしょう」。
 夫人が言葉を継ぐ。
 「そうではなく、日米が敵として闘ったらということです」。
 栗林が続ける。
 「そういうことにはならないと思いますが、そうなれば、国と自分の信念に従います」。
 将校が笑って、「それでこそ、本物の軍人だ」というのである。
  …
 栗林中将は、硫黄島守備部隊指揮官として、戦死した。
 映画では、米軍将校から「友情の証」として贈られたコルト45口径を硫黄島でも携行していた。映画を観た米国人には、「硫黄島が『友人を相手に闘った戦場』であった」ということを伝える演出である。

 この映画のシーンを想い浮かべながら、次の記事を読んでみる。
 

□ 陸自幹部の政権批判…「誤解招く」「危機感から」
             2月12日22時7分配信 読売新聞
 陸上自衛隊の現役幹部が、鳩山政権の日米同盟への取り組みに批判的な発言を行った問題で、防衛省は12日、この幹部を訓令に基づく注意処分とした。
 陸自第44普通科連隊長の中沢剛1佐は10日から宮城県で始まった日米共同訓練の開始式で「同盟は政治・外交上の美辞麗句で維持されるものではない」と訓示する予定だった。しかし、実際は「同盟は美辞麗句で維持されるものではなく、ましてや『信頼してくれ』などという言葉だけで維持されるものでもない」と言い換え、北沢防衛相が12日、処分する意向を示していた。
 陸上幕僚監部によると、中沢1佐は鳩山首相が米軍普天間飛行場移設問題に関し、オバマ米大統領に「私を信じてほしい」と伝えたことを「引用したり、批判したりしたわけではない」と話しているという。
 今回の発言については、「この時期にああいう発言は誤解を招く」(防衛省幹部)との批判の一方、同情的な見方もある。自衛隊幹部の一人は「日米関係が政治的に不安定だからこそ、現場レベルで協力を維持していかねばならない。発言はそういう危機感の表れではないか」と指摘した。
 自衛隊では、田母神俊雄前航空幕僚長が2008年10月、「我が国が侵略国家だったというのは濡れ衣(ぬぎぬ)だ」などとする論文を無断で発表し、更迭されている。

 この処分は、雪斎の判断する限り、「仕方がない…」という評価されるべき案件であろう。要するに、この連隊長は、「一言、余計であった」ということなのであろう。だが、処分が出来たとしても、ここまでである。連隊長の発言は、時節柄、「最高指揮官」を揶揄していると受け止められる文言が混じっていたことが問題なのであって、それ以外には何の問題もない。対米同盟の堅持という政府方針にも何ら違背してはない。もし、この発言を不祥事と解して、もっと厳しい処分を下そうものならば、同盟堅持という目的に関して米国に誤ったメッセージを送ることになる。むしろ、この連隊長への処分は、「言葉に行動が伴っていない」現政権の右往左往ぶりと狭量さを浮き彫りにしたといえるであろう。その点では、政府方針に明確に背馳する歴史認識を披露し、更迭された田母神俊雄前空将のケースとは、本質的に異なる。
 もっとも、この連隊長の訓示は、本来は日米両軍部隊の兵士に向けて行われたものである。「最高指揮官」の同盟認識がどのようなものであれ、「現場」は「現場」として黙々と同盟の基底を支える努力を続けている。日本は、どの世界でも、「現場」の努力が卓越している。映画『硫黄島からの手紙』の中で演じられた栗林中将が、「日本とアメリカは最高の同盟国jになる」と語っているけれども、そうしたことを支えているのがl、「現場」「の努力である。こうした現場の士気を高めるために発せられた言葉が、とがめられること自体は、確かcに異様である。
 ところで、「最高指揮官」は、今では、「平成の脱税王」と呼ばれているようである。昨日、与謝野馨前財務大臣が、予算委員会質疑の席で、そう呼んだ。午前中、リアルタイムで質疑を観ていたら、顕かに「最高指揮官」の眼が泳いでいた。弟君から聞いたという御母堂様の証言を披露しての突っ込みに加え、与謝野さんの追及は、率直に鋭いと思った。午後、外出して地下鉄の車内で知人に会った。「与謝野さんは、(総理jに関する)国税庁の情報を握っていますよね…」という話が出た。雪斎は、「さもありなむ…」と思う。与謝野さんクラスの政治家ならば、経済官庁に広く濃密なネットワークを築いているであろう。彼は、昨年夏までは、日本の経済政策の「大老」としての位置にあったのだから、並の政治家ではない。だから、彼の追及も、かなりの裏付けがあるのだろうという推測は無理なものではないであろう。それにしても、「平成の脱税王」とは…。日本の宰相が、そのように呼ばれる現状を、大いに悲しむべきであろう。
 そして、帰宅してみたら、下のような記事が流れていた。
 
□ 支持率下落、迫る危険水域=小沢氏の進退再燃も-時事世論調査
 鳩山内閣の支持率は、時事通信社の世論調査で35.7%と前月から一気に10ポイント以上も下落し、初めて不支持を下回った。元秘書ら3人が逮捕・起訴された政治資金規正法違反事件で民主党の小沢一郎幹事長が続投したことなどへの厳しい世論がうかがえる。政権運営の「危険水域」とされる20%台が迫り、今後の世論の動向次第では、小沢氏の進退問題が再燃することも予想される。
 鳩山内閣発足直後の昨年10月に行った調査では、内閣支持率は60.6%を記録し、不支持は15.6%にすぎなかった。だが、それからわずか4カ月で支持率は25ポイントもダウン。逆に不支持は30ポイントも上昇した。
 不支持の理由では、最も多かった「期待が持てない」が23.6%と前月から7.0ポイントも増え、2番目の「リーダーシップがない」22.8%は8.2ポイントも上昇した。野党当時、「秘書の罪は政治家の責任」と語っていた鳩山由紀夫首相が、虚偽献金事件で元秘書らが起訴されながら自らの責任をあいまいにし、小沢氏の続投をあっさり認めたことが有権者の不信を招いたことは間違いない。
 内閣支持が下落傾向を示す中で、民主党の支持率は20%台後半を維持してきた。だが、今回は3ポイント以上も下がり、22.8%に落ち込んだ。参院選の比例代表の投票先でも、民主党が前月比6.6ポイント減の24.0%、自民党は同1.4ポイント増の18.0%と、民主党のリードは6ポイントだけとなった。

 雪斎は、「支持率の防衛線」は、40パーセントだろうと思っているから、遂に、この域まで落ちたかという想いを
抱いている。ここからは、余程のサプライズを仕掛けられない限りは、反転は難しい。「最高指揮官」には、先々の展望があるように思えない。北海道では、鳩山、石川、l小林の三名の民主党議員が「尻に火がついた」状態になっているけれども、総て「居直り」を決め込んでいる。上から下まで、この政党は、どうなっているのか。
 「バンクーバー」を観ながら、遠くなった「札幌の日々」を思い出している雪斎としては、複雑jな心境である。

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Comments

支持率、支持率と雪斎さんらしくもない。いくら支持が下がっていても、新自由主義への憎悪がそれを上回っていますから、民主党が危うくなる事にはなりません。だからアメリカも「小沢さんに会いたい」としきりに言いだしたではありませんか。高齢化社会にアピールすべきなのに小泉首相の遺訓を墨守して山崎さんたちを非公認にした谷垣さんといい、時代の変化に合わせるつもりでおかしな方向に行ってますよ。

そうそう「硫黄島からの手紙」の監督、クリント・イーストウッドの新作「インビクダス 負けざる者たち」をご覧になられましたか。この映画のネルソン・マンデラ像は雪斎さんの好みだと思いますので、少々無理をしてもご覧になられる事をお勧めします。

ただ一つ付け加えておくとイラク戦争当時、一番厳しく小泉首相を非難していたのはほかでもない、クリント・イーストウッドその人です。真に「自助」の精神の彼が、今どれだけ新自由主義を批判しているか、よくよくお考えになるべきです。

Posted by: ペルゼウス | February 14, 2010 at 09:27 AM

>新自由主義への憎悪がそれを上回っていますから

主語がないです。
まさか「民衆」じゃないでしょうね?

Posted by: 虎視坦々 | February 16, 2010 at 04:07 PM

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