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November 08, 2009

「自分で食えない国」の分際・続

■ 昨日のエントリーの続きである、
 日本の食料自給率40パーセントは、低すぎるということであれば、それに対応する方策は、二つしかない。
 ① 自国で食料を増産する。
 ② 他国から食料を調達する。
 ところで、日本が精一杯、努力をして、食料自給率は、どの程度まで引き上げることができるのか。英国並みの70パーセントというのが目標になるであろうけれども、それもまた、かなりの高いハードルである。日本が自給率100を超えて「食料輸出国」になるというのは、余程の農業技術の革新が成らない限りは、無理なのではないか。
 だとすれば、「食料輸出国」の機嫌を損ねないようにしながら、「外交」で食っていくしかない。
 率直にいえば、雪斎は、対米関係や対豪関係に比べれば、対中関係や対韓関係には、余り重きを置いていない。
 「食料輸出国jと「食料輸入国」とを比べれば、前者に重きを置くのは当然である。
 従来、「アングロサクソンとの同盟」、「海洋国家連合」という言葉が語られていたけれども、そうした方針の「肝」は、結局、日本にとっては、「食い扶持を提供してくれる国」との連合なのである。

 

 結局、自らの産品でカネを稼ぎ、そのカネで米豪加を中心とする国々から穀物を調達するというのが、日本の生き方なのであろう。その産品の中には、農産品も含まれる。
 雪斎が「日本の農業」に期待するのは、第一義としては、「他国からカネを稼ぐ」ビジネスの一環としての役割である。日本の農産品が価格や規模で他国と競争にならないのであれば、世界中のハイ・エンド・ユーザーに提供する「高級品」を提供するのだと思い定めた方がいい。
 昨日、今日のエントリーの結論は、「だから、日本の自給率を向上させよ」ではない。「だから、自分の分際を弁えて、細心の外交をせよ」ということである。「対米独立」を叫ぶ御仁をシャルル・ド・ゴールに倣って「ゴーリスト」と呼ぶけれども、そもそも自給率130パーセントの国の流儀を、どうしてまねできるというのであろうか。

 

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「国内政治」カテゴリの記事

Comments

自給率というのは農水省の予算獲得のためのプロパガンダですよ。その点を自民党の政治家に教えたり、雪斎先生も今度取り上げて欲しいな~。

私が高校生の時(おそらく雪斎先生も同年代だから間違いなく)現代社会という教科があり、日本の道路舗装率は先進国中最低ってグラフ見た記憶ありませんか?あれと同じですよ。

自分で食えない国ではあるけれど輸入が止まれば国民の6割が飢える国でもありません。

Posted by: yamaguchi | November 08, 2009 at 01:24 PM

今の日本の現状を考えるにあたり、大航海時代のポルトガルが参考になると考えています。
植民地拡大のなかで、若年人口の激減から自国経済が崩壊し、あらゆる生活必需品を輸入せざるを得なくなり、足下をみられ、財政が逼迫。植民地収益が大きかった頃は良かったが、やがて収益逓減則に従って衰退。昔のポルトガル海洋帝国はいまや、ヨーロッパの田舎国家になってしまった。
なんとなく、今後の日本の行く末を暗示している気がします。

Posted by: Markovian | November 08, 2009 at 02:18 PM

>① 自国で食料を増産する。
>② 他国から食料を調達する。

もう一つ追加すると
③肉食を止める(特に牛や豚)

自給率を本当に高めたいというのなら農家よりも畜産業者をある程度間引きする必要がありますね。

政治リスクを無視したとして、狭くて山地が多くて、台風や地震等の天候リスクに晒されて、燃料がなければ何もできない国が食料自給率を崇めるというのは努力のベクトルが間違っているんじゃないかと思います。現状の40-45%あたりをウロウロと推移していれば充分よくやっているんじゃないんでしょうか。

Posted by: アレ | November 09, 2009 at 04:20 AM

ニュースを見ていてため息がでましたよ。
北朝鮮です。今や経済発展真っ最中でエジプトやイタリアからカネを引いてしっかりやってます。まさに世界の多極化に合致した政策で、「親米派」の人たちの食糧安保だの自主外交が孤立化の道だのという事が嘘だという事はもはや明白なのに雪斎さんは初めにアメリカ追従ありきで、「分際を知れ」などといままでの「自助努力」や「自己責任」などどこへやら。

機嫌を損ねるも何も、自分たちのカネになる輸入国への制裁などすれば、それだけほかの国に市場を奪われるだけで、米豪加を重んじるなどというやり方はもはや通用しません。彼らにとってどうひっくりかえっても日本など交際国の一つでしかないのに追従しても「はあ?」と言われるだけですよ。

>率直にいえば、雪斎は、対米関係や対豪関係
>に比べれば、対中関係や対韓関係には、余り重>きを置いていない。 

それこそ米豪加のご機嫌を損ねる発想で、それらの国とつながりの深い両国と対立して「追従」とは意味不明の考えで、「名誉白人思想」以外の何物でもないと思いますが。

Posted by: 竹内です | November 09, 2009 at 10:01 AM

日本の食料自給率は、国際基準に照らす限り、40%ではなく66%が正しいことを、小著「超円高社会」の149頁以降に詳説しております。

その66%という「正しい自給率」の数字すら、実は過少に算出されている疑いがあることや、そもそもなぜ「小さな数字」を必要とする人たちが存在しているのか、という点など、図書館などでお目通しいただけますと幸甚です。

Posted by: 水澤 潤 | November 09, 2009 at 10:37 AM

もしも日本人全員が洋食の献立だと食料自給率は20%台におち、全員が和食になれば60%を越します。
メタボ対策は実は手っ取り早い救国(?)の方法です。

メタボ対策の食事でなくとも、日本人全員が吉野家の牛丼を三食食べると食料自給率は60%弱になるという試算もあります。

食料自給率というのは、かなり扱いに注意を要する数字であるようです。

Posted by: sal | November 10, 2009 at 01:09 PM

 お隣の中国にも深刻な食糧問題があり、それは将来においても同じでしょう。中国が米国に代わる覇権国になるためには、通貨だけでなく穀物を自由に取引できる市場と、市場を潤す豊かな穀物生産の裏付けも必要ですよね。

PS 前回のコメントは誤字が多く申し訳ありませんでした。

Posted by: SAKAKI | November 10, 2009 at 09:15 PM

食料安保ということを考えた場合に、「平時の自給率」の数値にどれほどの意味があるのかというのが疑問です。

食料生産・輸送に必要なエネルギー源や資源の輸入、農業生産の経験も農業生産に必要な土地も持たない多くの国民が食料を手にする手段は保証されているのか。

Posted by: 砂兎 | November 11, 2009 at 05:38 PM

現場の者から

>雪斎が「日本の農業」に期待するのは、第一義としては、「他国からカネを稼ぐ」ビジネスの一環としての役割である。日本の農産品が価格や規模で他国と競争にならないのであれば、世界中のハイ・エンド・ユーザーに提供する「高級品」を提供するのだと思い定めた方がいい。

たいへん同感しています、
民主党のバラ撒きを、前向きに将来への投資だと考え、その方向性模索するうえで、現状の「 農業県同士の産地間競争の末の潰し合い 」ではなく「 高品質な農作物に限るアジア圏富裕層への輸出 」であれば、

・農業経営の収入面での安定
・過剰生産の回避
・農作物の品質向上
・農業経営者の意欲向上、など

具体的なリターンを生むことが出来ます。現状の方向性では、いくらばら撒いても税金をドブに捨てているようなものです。

Posted by: まっちゃん | November 11, 2009 at 10:48 PM

食糧自給率を上げる方法はそんなに難しくありません。豚、牛、鶏の飼料を国産化すればもっとも効果があがります。
しかし、それではコストがかかるので、飼料は輸入されているわけですが、いざとなれば、そうすればいいですね。
また食糧の廃棄率が問題にされていませんが、農業と小売り、また外食の間の市場外取引が増加すれば、廃棄率も改善できます。
いずれにしても、カロリーベースの自給率は、どう考えても農家にばらまくための口実じゃないでしょうか。

Posted by: 大西宏 | November 12, 2009 at 02:58 PM

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