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November 19, 2009

政治「エリート」養成のための七つの選択肢

■ さて、昨日のエントリーの続きである。
 以下の記述は、「敬称。略」とする。
 昨日、学歴を前面に出した議論をしたものだから、奇妙な反応が返っている。「今時、東京大学OBだって、大したことはない、「歴代の自民党宰相は、どうなのか」…という具合である。
 だが、昨日のエントリーでも、、わざわざ下のような断り書きを書いているはずである。
 ここでいう学歴は、「刻苦勉励」の証となるものの喩えである。昔日の英国ならば、恵まれた家庭に育った人材は、大概、十代から二十代のころに、「心身ともに厳しい環境」に放り込まれるものであるけれども、日本では、そうした人材には、何故か「生ぬるい環境」が用意されるのである。
 雪斎は、13年前にも、現在の日本には、政治「エリート」養成ができていないと書いた。9年前に上梓した『国家への意志』でも、「統治の作法」を身に付けさせる仕組みについて色々と書いている。何のことはない。「戦後日本は、平等化、凡庸化、平準化を民主主義の趣旨であると錯覚した」とは、永井陽之助先生が40数年前に書いていたことである。四十数年前にも、戦後の高等教育の枠組が政治「エリート」養成を目的としてはいないと理解されていたのである。
 ところで、小泉純一郎の最大の「失態」は、安倍晋三を後継にしたことであろうと思う。小泉自身は、特異な個人的努力で「統治の作法」や「政治感覚」を身に付けた人物であったと思うけれども、バトンの受け渡しには失敗したような気がする。安倍は、祖父・岸信介に憧れを抱いていたかもしれないけれも、彼は、岸における東京帝国大学法学部二番の成績で卒業した頭脳や商工省官僚・満州国官僚として培った人脈、、あるいは戦犯訴追されて文字通り「首が危なくなった」体験まで継承できたわけではない。 何故、小泉が「弱い」安倍を後継にしたのかは、率直に謎である。「清和会は岸信介の係累のものだ」という意識が、小泉にあったのか。

 戦前までの日本は、確かに「エリート」を養成してきた。特別な枠組で教育し、特別jな責任を負わせ、特別な待遇を与えるという趣旨では、そうした枠組は、かなりある。
 そうした戦前の「遺産」が機能したのは、大体、昭和60年前後までである。終戦時、20歳だった若者が昭和60年には60歳になっている。前に、戦時中に海軍兵学校校長であった井上成美のことを書いたのであるけれども、海軍兵学校の最後の卒業組とは、「戦場に行くのではなく、敗戦後の日本の立て直し」を期待されたのだそうである。雪斎も、昔、そうした一人にあったことがある。彼が戦後、はじめて米国に向かう途中の機内食で厚いハム・ステーキを出されて、「何故、こんな国と戦ったのか…」と落涙したそうでである。彼は、日本人なら誰でも知る企業の社長を務めた。確かに、彼らが、日本の「経済大国」化を牽引したのである。
 平成改元以降、そうした戦前の「人的遺産」は順次、退場していく。平成改元以降、前面に出てきたのは、「エリート」を養成しなかった戦後という時代が生んだリーダーである。大蔵省における「ノー○ンし○ぶ●ゃ●」接待事件は、「エリート」の失墜を象徴する事件として繰り返し報じられた。
 因みに、戦後、超大国として様々な国際問題に関わらざるを得なくなった米国にとっては、米国の対外関与の最前線で活躍する「外交官」の養成は急務であった。外交官の仕事は、行政官僚というよりも政治家に近い。当時、米国国務省の高官であったジョージ・F・ケナンは、「外交官版ウェスト・ポイント」の創設を提言した。当時の国務長官は、直前まで陸軍参謀総長であったジョージ・マーシャルである。要するに、陸軍参謀本部に倣って作られたのが、ケナンを長とする国務省政策立案室であったし、ケナンは、陸軍士官学校に倣って「外交士官学校」を作ろうと考えたのである。「優秀な資質を持つ若者を過酷な環境下で訓練させる」というのが、ケナンの意図であった。ただし、この構想は、結局、構想のままで終わった。ケナンは、マーシャルjの後任のディーン・アチソンとは、マーシャルほどには近しい関係を築けなかったのである。もっとも、この件では、「ケナンのよううな人物が特別な人材養成の枠組の必要性を考慮していた」ということが重要なのである。
 まともな政治指導層を養成するための仕組みを、どのように構築するか。
 これは、本当に真面目に議論をはじめた方が、いいのではないか。
 東京大学を中心とする既存の枠組が、そうした枠組として機能しないというのであれば、別のことを考えるしかない。たぶん、考えられるのは、次の七つのオプションである。
 ① 戦後フランスにおける国立行政学院に類するものを新たにl創設する。
 ② 既存の官僚層から転用する。官僚は、任官後に国費で様々な研修を積んでいる。選挙jに出馬して落選しても官界に復帰できることを保証する。だから、「脱・官僚」などという与太話を止める。
 ③ 既存の大学に政治「エリート」養成を目指した大学院課程を置く。ハーヴァードのケネディ・スクールが一つの「モデル」である。
 ④ 全国各地の高校から成績優秀者を無試験で大学に入れるようにする。要するに、昔日の「旧制高校ー帝国大学という経路を復活させる。 
 ⑤ 政党に任せる。政党政治のことは「政党」に任せる。自民党の場合は、派閥がその枠組であった。小沢一郎の民主党「新人研修」というのも、一つの「モデル」かもしれない。「研修に付いてこれない奴は次から議員バッジを付けるのをやめろ」という趣旨である。小沢の「新人研修』」が、そうした政治「エリート」養成の意図を含んでいいるのであれば、それは立派な見識であろう。だが、実際は、どうなのか。
 ⑥ 政治は、「父子相伝」の技芸である。だから、「統治の作法」なるものは、それぞれの家庭で身につけさせればよろしい。
 ⑦ そもそも、こういう政治「」エリート」養成の意識的な努力を放棄する。民主主義の趣旨は、「平等」にある。
 どれが平成の日本に相応しいのか。 雪斎の理想としては、①と④のコンバインドである。だが、日本の雰囲気からすれば、⑦であろう。それでもよいのであれば、それは、日本の民主主義の「質」の問題である。

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Comments

②は重要だと思います。官僚⇔政治家/外交官/大学教員/シンクタンク等の人材ストック・人材流動の多様化も同時並行で行えば、もっと様々な場所でエリートが活躍できるように思います。

Posted by: hau | November 19, 2009 at 09:31 AM

久々にブログ上で雪斎氏の建設的な「提言」を見た気がします。これはイヤミでもなんでもなく、今後もこのような「提言」の場としてブログを活用されることを期待し、また応援いたします。

Posted by: 政治家は政治屋にあらず | November 19, 2009 at 12:07 PM

こんにちは
>小泉純一郎の最大の「失態」は、安倍晋三を後継にしたことであろうと思う<
民主主義の国において、世論の支持率が最も高い政治家が総理の座につくのは自然なことであり、むしろそうあるべきだとも考えます。当時の状況を顧みれば、安部氏が最も後継に相応しいであろうという判断はある意味、当然なことだったのではないでしょうか。

私は、政治の「エリート」が学校や塾といったある意味世間から隔絶された環境から、ただそれだけで生まれてくるとは思えません。能力のある人間が、それに相応しい教育の機会を与えられることは必要だと考えます。しかしながら、そもそも政治家の資質などというものを試験や面接で容易に見出すことなどできるはずがありません。政治の「エリート」を養成しようという意思は崇高であると同時に、一歩間違えば驕り高ぶった万能感の表れともとれます。

月並みではありますが、政治家は有権者の意思によって磨かれていくしかないと考えます。一握りの「エリート」ではなく、優れた有権者を多数育てることの方が結局は近道なのではないでしょうか。そして何より魅力ある学問・分野には必ず人が集まります。「エリート」はその中から必然的に生まれてくるはずです。雪斎先生が、これまでがそうであったように、これからも教育の現場あるいはインターネットを通じて、政治の魅力を私達に伝えていってくれることを願ってやみません。

Posted by: てつ | November 20, 2009 at 05:54 AM

>何故、小泉が「弱い」安倍を後継にしたのかは、率直に謎である

それは単なる「相対的な選択」ではないでしょうか。
当時の「麻垣康三」の中で信条が「より近い」のは安倍ちゃんしかいなかったという、それだけのことだと思います。

ちなみに小泉さんにとって清和会とは「福田(赳夫)派」ですから、岸云々は関係ないでしょう。

Posted by: who | November 21, 2009 at 02:25 AM

上久保誠人という方が中央公論8月号に載せた論文(「『世襲』総理を育んだ自民党長期権」)が
参考になると思いました。これによると、かつての自民党は、財界や官界で実績をあげた人物が即幹部に抜擢される実力主義だったのですが、長期政権が続く中で年功序列制(当選回数至上主義)に変わってしまいました。また、安定した地盤をもつ名門の方では、有能な人材を「閨閥」入りさせる手法が女性の地位向上やエリートの生き方・価値観の多様化により難しくなり、資質が乏しくても実子を後継にせざるをえなくなりました。これらのせいで、他の世界で成功した人が政界入りしても、成蹊・成城・学習院などを出たお坊ちゃま・お嬢さまを支えるポジションしか得られないことになり、政界入りの魅力が乏しくなりました。かくして、世界でも飛びぬけた世襲比率の高い立法府ができあがった……という分析です。

これを妥当とするなら、政党の人材抜擢システムにこそ改善すべきポイントがあるということになります(⑤ですね)。もっとも、政権交代のある二大政党制が定着すれば、どの党もアメリカのように出自や年齢にとらわれず優秀な候補を立てざるを得なくなるので、自然に現在のような状況は変わると期待しますが。

Posted by: よし | November 23, 2009 at 09:03 PM

20代の育成では遅すぎると思います。本当のエリートは10代に世界と渡り歩く術を学ばなければ。ただ、旧制中学・旧制高校、士官学校の復活が本当の道でしょうが、近道として、スポーツエリートの転用は如何でしょうか。10代、もしかするともっと若くに国費で世界中を渡り歩き、世界の厳しさを知った人間を、ただその分野で成績が悪いからといって捨てるのは誠にもったいない。強化選手として国費をもらう条件として、現役引退若しくは特に進む大学の希望のない人材は東大でも、国立行政学院でもいいですが、特別枠を作って入学することを誓約してもらえば如何でしょうか。彼ら自身が、官僚として、政治家として成功するしないだけでなく、彼らに高濃度に接することで、のほほんとした大学生活をおくっていられない雰囲気を大学の、特に入学したての若者に与えればいいと思います。役立たずの筋肉バカなんてめったにいません、税金をもらって国民の期待を背負ったという意識、おかえしするための努力を数年間真剣にしてきたという意識、世界と喧嘩する方法を体で憶えた実績。如何でしょう。

Posted by: 隅田 | November 25, 2009 at 07:07 PM

日本のエリートは、公家化する傾向が強いので
しかたがないのではないでしょうか。

「親が苦労する、子が楽をする、孫が乞食する。」
日本の国民自体が三代目に入った状態で一部の人間
をエリートにしても余り効果がない様に思えます。

それに、置かれた状況がエリート的な人を生み出し
たのではないかと思います。
明治は「外に対等化、内は近代化」と言う明々白々
な理念と言うか、欲求が指導者層にも国民にもあっ
て共有できたので「毛沢東と中国人民」「鄧小平と
中国人民」の様に両者の乖離酷くないので、指導者
の個人の資質はそれほど問題にならなかったのでは
ないのでしょうか?

また戦後は「負け戦」と言う、自己の愚行の結果を
否が応でも受け入れざろうえず、占領化状態から独
立、国際社会への復帰(サンフランシスコ平和条約)
を目指すと言う、これまた明々白々な状況があった
ので戦略を実行する為に必要な指導力は「事態が明
々白々すぎて」実はそれ程必要なかったのではない
かと思えます。

そして冷戦期は基本的には米国に付くか、ソ連に付
くかを考えるだけで済んだ。それが長く続いた為
日本人全体として「指導力」の重要性を意識しなく
てもよかった。

振り返って見れば戦前の昭和は世界恐慌で苦しかっ
たとは言え、日本は日清、日露、第一次世界大戦の
戦勝国であり国際社会の地位も高かったのだし
じっと冬を我慢して耐えて、春の芽吹きを待ってい
れば済んだのに。
ずるずる、だらだら押し出される様に戦争をする。
また、この時の近衛の行動言動がよくわからない
当人平和を望んでいたのでしょうが軍部や世論に押
されると「ごにょごにょ」で外から見て何を考えて
いるのかさっぱりわからない。
「日本は戦争を望んでるのか、平和を望んでいるの
かさっぱりわからわからん」状態。

最近、鳩山総理と近衛がダブって見えます。
それを思うと今、戦前レベルの過ぎたる軍事力を持
っていない事は幸運だったのではないかと考えてい
ます。
現在の日本は「経済大国」ではあっても、戦前の様
に「軍事大国」ではないので鳩山総理が何を言って
も、この程度で済んでいるのだろうと考えています。
※このままで済むとも思えないのですが。

鳩山総理と近衛を見ると「お公家担いで壇ノ浦~」
かな?と感じます。

Posted by: えうのい | November 28, 2009 at 09:38 AM

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