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October 12, 2009

理想主義の「輝き」

■ バラク・H・オバマがノーベル平和賞に選ばれた。
 広島・長崎両市が2020年夏季五輪を招致すべく、検討に入ったそうである。
 今、世界に到来しつつあるのは、「理想主義」の時節であろう。 
 こうした理想は、他の人々に対する「偏狭」とか「排除」の色合いを持たない限りは、そして「独善」の傾きから免れている限りは、それ自体としては歓迎すべきものであろう。
 だから、オバマの「核兵器のない世界」構想を前にして、「そんなことができるのか…」と反応するくらい、無粋なことはない。それは、マーチン・ルーサー・キングの「私には夢がある」演説を前にして、「そんなことが実現するのか…」と冷笑するのが、愚昧であったというのと同じ趣旨である。
 

 ただし、理想主義が「輝き」を保っている時節は、実は短い。
 1920年代、アリスティード・ブリアンやグスタフ・シュトレーゼマンによって、「国際協調」を旨とした外交が展開された。ロカルノ条約締結やドイツ・ワイマール共和国の国際連盟への加盟は、その所産であった。こうした「和解」と「協調」の動きが評価され、ブリアンとシュトレーゼマンは、1926年のノーベル平和賞に選ばれている。ブリアンは、その後、フランク・ケロッグと組んで、パリ不戦条約締結に漕ぎ着けた、
 この時期、国際政治情勢は、誠に理想主義的な空気が勝った時節であった。
 しかし、1929年、シュトレーゼマンが世を去った直後に、世界大恐慌が始まり、その後の十年は、「ファシズムと戦争」に世界が雪崩れ込む歳月になる。
 加えて、1960年代前半、ジョン・F・ケネディの執政期は、まことに香しき理想主義の時節であった。
 しかし、その後の1960年代後半から1970年代半ば過ぎまでは、米国にとっては、ヴェトナム戦争、ウォーターゲート事件、経済低迷が続いた「落胆と失望の歳月」であった。
 現実主義を標榜する人々の主な役割は、そうした「落胆と失望の歳月」に、どのように情勢を悪化させずに踏みとどまるかというjことでしかない。ヴェトナム介入という理想主義の負債を清算したのは、ヘンリー・アルフレッド・キッシンジャーの現実主義であった。だが、米国の経済苦境は、リチャード・M・ニクソン執政期が、「序の口」であった。
 故に、オバマの理想主義が成功するかは、実は経済復調への足取りを、どのように着実なものにできるかにかかっている。1930年代にせよ1970年代にせよ、経済情勢の悪化は、その前の「理想主義の時節」との落差を鮮明に印象付けることになる。オバマは、たとえ核管理に目立った実績を上げられなくとも余り非難されないかもしれないけれども、経済情勢を好転させることができなければ、「夢物語に耽って、やるべきことをやらなかった」という非難を向けられることになるであろう。

 保守主義者が「進歩」や「発展」の価値を否定しないのと同様に、現実主義者は「理想」の意義を否定しない。保守主義者や現実主義者が嫌うのは、進歩主義や理想主義に傾く人々の持つ「偏狭」や「独善」の色合いである。

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Comments

 よくわかる文章。では、自民党にも同じ現実主義の目が必要。
”長く権力の地位にあった人、組織は、権力から滑り落ちると、人は腑抜けになり、組織はガタガタ、バラバラになる”
 これが冷酷な現実。
 外資系では、降格人事はない。昇進するか、解雇かである。地位を失えば腑抜けになることを知り抜いている。
 徳川幕府は、鳥羽伏見の戦いで敗れただけで、ガラガラと崩壊した。
 自民党は、腑抜けになった人物、政権転落の原因になった総理経験者や、三役経験者、主要閣僚経験者を排除して再出発しなければ、幕府のように、すぐに崩壊する。

Posted by: 冬水 | October 12, 2009 at 08:55 PM

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