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September 16, 2009

政権交代の朝

■ 次の文章は、何時、誰によって書かれたものであろうか。

小泉外交は全体的に見てどうか。やはり高い得点をマークしている。
 とりわけ大きな業績は、対米関係の高水準化である。日本外交にあって対米関係が単独過半数的地位を有するだけに、その劇的な改善は大きな成果である。首相は9.11テロに傷ついた米国に飛び、ブッシュ大統領と並んで「日本はアメリカと共にある」と言明した。^
 世界的に不人気なイラク戦争をブッシュ政権が発動したとき、小泉首相はいち早く「支持」を表明した。イラク占領後に戦乱状況が拡がり、日本人外\交官も犠牲になる中で、首相は自衛隊の派遣を決断した。「たとえ犠牲を伴うとしてもやらなければならないことがある。」危険を冒しての外交行動も、やはり小泉にとってタブーを超える感動のドラマなのである。
 ちなみに私はイラク戦争が間違った戦争であると判断し、筋目の悪い戦で米国と一緒してもきっと後味悪い結果になると憂慮した。間違った戦争であることは、その後ますます明瞭となったが、イラクに派遣された自衛隊に悲
劇は起こらなかったし、日米関係も悪化しなかった。
 それどころか、小泉首相は自らの任期中に陸上自衛隊をサマワから見事に撤収した。しかも対米関係をこじらせることなく、ブッシュ政権から称賛を浴びながら。この魔術に対しては脱帽する他はない。
 小泉外交は戦後日本になかった「リスクをとる外交」である。首相自らがあの北朝鮮を訪問し、拉致を認めさせ、問題解決の大筋を共同声明に示す大業は、小泉以外の誰にもできなかったであろう。

 これは、「小泉内閣メールマガジン 第248号 (2006/09/07)」に、「小泉政権5年をこう見る」と題して、防衛大学校長の五百旗頭真先生が寄稿したコラムの一節である。
 少なくとも、小泉時代の対米政策は、「対米関係の高水準化」に寄与したし、五百旗頭先生は、それを「大きな業績」であったと評価しているのである。そのことを可能ならしめたのは、小泉外交における「リスクを取る姿勢」だったというのであるl。
 雪斎は、五百旗頭先生の認識には同意するので、それを踏まえた上で、昨日の産経「正論」欄に書いておいた。
 ● 対米政策の「説得性」どう担保
 こうしたことを書けば、相変わらず「対米隷従」などと反応してくる向きがある。雪斎は、こういう向きを相手にするのも疲れたので、「そういうものであろう…」と突き放すことにした。
 雪斎が米国政府関係者ならば如何なる意味でも日本を「対等な同盟国」とは認めない。集団的自衛権の行使ですら認めない国には、他国と同盟を結ぶ資格があるかといえば、それは疑わしい。日本が同盟を語りたければ、クリアすべきハードルは、多いのである。
 ところが、こうたハードルを越える試みを「対米隷従」などというのであれば、「それでは何をするか」という話になる。こうした声には、「それならば、いっそのこと、中国の衛星国になるか」と聞いてみたい気がする。雪斎は、「冗談だろ…」といいたくなる。極論ではあるけれども、雪斎は、「米国の第51州としての日本」はともかく、「」中国の第24省としての日本」などは全く、想像できない。
 もっとも、五百旗頭先生は、小泉外交を手放しでほめたわけではない。
 たとえば靖国参拝一つで、どれほどアジア外交を麻痺させ、日本が営々として築いてきた建設的な対外関係を悪化させたことか。
 侵略戦争を行ったうえ敗北した日本に対する不信は、世界に、とりわけアジアに根深かった。しかし戦後日本は平和的発展主義をとり、世界で最も格差の少ない豊かな社会を築いた。さらに民主主義社会を確立し、そして途上国の国づくりへの協力を重ねた。これを見て、世界は日本を信認するようになった。
 東南アジアは90年代には日本の友人となった。難しかった韓国との間も、金大中-小渕恵三の時代に転機を迎えた。江沢民の中国はもっとも厄介であったが、それでも世紀転換期には日本重視路線に転じた。
 これら積み立てられた信用という対外資産は、小泉首相が靖国参拝にこだわったことによって、大きく損なわれた…。 

 当時、メディアは、この部分だけを強調して伝えた。確かに、小泉純一郎時代、特に対中間系、対韓関係は総じて停滞を余儀なくされた。だが、それは、安倍晋三時代に、修正されたのである。
 対外政策を評価するのは、誠に多面的な営みである。「対米隷従」」、「対中屈服」などというプライドのない言辞を平気で平気で吐いている人々に限って、「日本の誇り」だのと口にする。彼らの考えたとおりの対外政策運営が為されれれば、日本の先にあるのは、「自立」ではなく「孤立」である。資源も食糧も自前で十分に確保できない国が、それでいいのか。
 「政権交代」の歴史的な朝である。麻生太郎前総理が鳩山由紀夫新総理に伝えたメッセージは、「日本の針路
を誤るな」だったそうである。国家運営を「「船舶の航行」にたとえるのは、常識の範囲である。麻生前総理が念頭に置いたのは、安全保障、国際金融への対応であったと伝えられる。^麻生太郎という政治家は、本質的に「外政家の遺伝子」を持っていた人物であったようである。
 誰も言わないようだから、雪斎は、書いておこう。
 「麻生総理、一年ほどでしたが、ご苦労さまでした」。
 鳩山新総理には、「とりあえず、麻生前総理のメッセージには適切に留意されるように」と申し上げておこう。

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