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September 28, 2009

『山猫』と政治

■ ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画『山猫』を観る。
 『山猫』は、日本の政界では、小沢一郎さんが並々ならぬ愛着を寄せている映画として知られている。
 小沢さんは、物語の主人公である老公爵(バート・ランカスター)の台詞から、「現状を護るためには、変わらなければならない」という信条を培ったのだそうである。
 

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September 26, 2009

政策における「具体性」の罠

■ 八ッ場ダムの扱いは、何故、これだけの騒動になっているのか。
 この騒動の発端にあるのは、「マニフェストに余りにも具体的なことを書きすぎた」ということにあるのであろう。
 もし、マニフェストに、「ダム建設は、建設中のものも含めて全面的に見直す」とだけ書いて、具体的なダムの名前を書いていなかったら、具体的な手順は、その情勢に応じた判断に依るということで逃げることができたはずである。民主党は、具体的な名前を明記してしまった手前、引っ込みが付かなくなったのである。
 前原誠司国土交通大臣は、「中止」方針を明言したようである。これは、「引っ込みが付かなくなった」立場としては、当然の判断であろう。前原大臣は、どれだけ地元自治体や住民の「怨嗟」の声を浴びようとも、「中止」方針を貫徹しなければなるまい。そうでなく、「中止」方針を撤回すれば、「早速、マニフェストを反故にするのか」という別の批判が、飛び出すことになる。「中止したほうが、却って余計な費用が掛かって、無駄を省くという趣旨に反する」という指摘もある。前原大臣にとっては、「行くも地獄、退くも地獄」といったところであろう。「政権運営」の苦痛を一番、始めに味わっているのは、前原大臣だったということか。
 ところで、民主党は、マニフェストを作成した段階で、何故、八ッ場ダム他の数案のダム計画を明記したのか。建設途中のダムならば、たとえば鳩山総理の地元の北海道にも、小沢一郎幹事長の地元の岩手県にも、あるわけである。これらの「民主党議員の地元のダム」は、どうするのか。後々、この扱いは、追及されそうな気がする。

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September 18, 2009

鳩山「闇鍋」内閣始動

■ 鳩山由紀夫内閣の陣容を見て、どのように形容しようかと考えた。

 雪斎は命名しよう。

 鳩山由紀夫「闇鍋」内閣

 …である。

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September 16, 2009

政権交代の朝

■ 次の文章は、何時、誰によって書かれたものであろうか。

小泉外交は全体的に見てどうか。やはり高い得点をマークしている。
 とりわけ大きな業績は、対米関係の高水準化である。日本外交にあって対米関係が単独過半数的地位を有するだけに、その劇的な改善は大きな成果である。首相は9.11テロに傷ついた米国に飛び、ブッシュ大統領と並んで「日本はアメリカと共にある」と言明した。^
 世界的に不人気なイラク戦争をブッシュ政権が発動したとき、小泉首相はいち早く「支持」を表明した。イラク占領後に戦乱状況が拡がり、日本人外\交官も犠牲になる中で、首相は自衛隊の派遣を決断した。「たとえ犠牲を伴うとしてもやらなければならないことがある。」危険を冒しての外交行動も、やはり小泉にとってタブーを超える感動のドラマなのである。
 ちなみに私はイラク戦争が間違った戦争であると判断し、筋目の悪い戦で米国と一緒してもきっと後味悪い結果になると憂慮した。間違った戦争であることは、その後ますます明瞭となったが、イラクに派遣された自衛隊に悲
劇は起こらなかったし、日米関係も悪化しなかった。
 それどころか、小泉首相は自らの任期中に陸上自衛隊をサマワから見事に撤収した。しかも対米関係をこじらせることなく、ブッシュ政権から称賛を浴びながら。この魔術に対しては脱帽する他はない。
 小泉外交は戦後日本になかった「リスクをとる外交」である。首相自らがあの北朝鮮を訪問し、拉致を認めさせ、問題解決の大筋を共同声明に示す大業は、小泉以外の誰にもできなかったであろう。

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September 14, 2009

治者の遺訓

■  徳川家康の遺訓を参照しよう。

 人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し いそぐべからず
 不自由を常とおもへば不足なし こころに望おこらば困窮したる時を思い出すべし
 堪忍は無事長久の基 いかりは敵と おもへ
 勝事ばかり知てまくる事をしらざれば害其身にいたる
 おのれを責て人をせむるな 及ばざるは過たるよりまされり

 自民党再建には、「勝事ばかり知てまくる事をしらざれば害其身にいたる」、「おのれを責て人をせむるな」、「及ばざるは過たるよりまされり」は、肝に銘じられるべきであろう。

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September 12, 2009

「日米基軸」は枕詞か。

■ 政権発足前から、これだけ不安を与えるというのも、尋常であるまい。
 □ 民主幹事長が駐日米大使と会談、同盟の深化で認識共有
                 2009年 09月 11日 17:45 JST
 [東京 11日 ロイター] 民主党の岡田克也幹事長は11日午後、党本部で会見し、同日のルース駐日米大使との会談において日米同盟の継続、深化について認識を共有した、と語った。
 会談は午後、党本部で30分程度行われた。9月下旬には鳩山由紀夫代表が新首相として訪米し、オバマ米大統領と首脳会談を行う方向で調整中だが、岡田幹事長はルース大使に対して「地球温暖化、核問題で協力し、世界をリードしていく会談になればいい」と切り出し、そうした認識が共有されたという。
 日米同盟については「(日米同盟関係が)持続可能で深まるために、何をすべきかとの視点で、問題の解決に当たらなければならないとの認識が共有できた」ことも明らかにした。

 日米同盟関係の「深化」とは、いうけれども、次期外相と目される岡田克也幹事長は、「同盟」の意味を判っているであろうか。それは、第一義として、軍事・安全保障に絡む話である。「地球温暖化防止」、「核拡散防止」を軸にした提携であれば、別段、米国だけを相手にしなければならない議論ではない。日本が米国に対して行わなければならない議論とは、米国にしか相手にできないテーマを扱うのである。それは、「有事」に絡む話である。日本の「有事」にアメリカン・ボーイが血を流してくれるという約束があるからこその「同盟」である。こういう約束があればこそ、日本は、米国に特段の配慮をしなければならないのである。
 下の記事は、「また、余計なことを…」と反応するしかない。

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September 07, 2009

政権への「期待値」

■ 「自分は、これだけ甲斐性ない男で…、それでも結婚してくれるか…」。
 こういう期待値を下げるプロポーズで結婚できた男は、幸福であろう。
 期待値が元々、低い分だけ、地道に努力を積み重ねれば、うまくいく。

 このパターンに当てはまった近年の事例は、小渕恵三の執政であった。
 「さめたピザ」という当初の酷評が、「海の家のラーメン屋」となり、終いには「青山の牛丼屋」になった。
 「国旗・国歌法」、「通信傍受法」、「日米防衛協力指針関連法」といった法案が続々と通った。
 こういう法案を一つの内閣で通したというのも、今となっては驚きである。
 当初、30パーセントぐらいで始まった支持率が、政権末期には50パーセントを超えていた。
 小渕恵三は、「学者との縁」を大事にした宰相である。
 雪斎の師の一人である佐々木毅先生が、読売論壇賞を受けた折、彼は、受賞パーティーに姿を見せて、スピーチまでしていた。現任総理でそういうことをした事例を、雪斎は他に知らない。
 惜しむらくは、彼は、神から「長い時間」を与えられなかった。

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September 05, 2009

敗戦責任における「礼儀」

■ 自民党議員は、断固として首班指名選挙で「麻生太郎」と書け。
 これが自民党再起の第一歩である。
 「麻生太郎と書きたくない…」というのは、所詮、「麻生のせいで厳しい選挙になった…」という議員の私的な感情でしかない。そうした私的な感情で政党の運営が行われてよいはずはない。
 萱野権兵衛という人物がいる。
 幕末・会津藩の家老だった人物である。
 戊辰戦争で敗れた会津藩で、敗戦の責任を一手に引き受けて切腹した。 
 萱野のことを書いたサイトには、「権兵衛の遺族には松平容保から金五千両が下賜された他、自刃見舞いとして銀二 十枚、喜徳からは銀十枚、照姫から銀二枚を賜わった。この年、松平容大に外桜田門に狭山藩邸を賜わったが、松平家ではその邸の一部をさいて権兵衛の遺族らを住まわせた」 とある。会津藩では、敗戦は全体の責任であり、萱野ひとりを「悪者」にして逃げるようなことはしなかったのである。因みに、テレビ・ドラマ『白虎隊』では、萱野を西田敏行さんが演じていて、「これから見ているぞ。薩長がどういう国を作るのか…」という台詞を吐いていたと記憶する。
 自民党が 「白紙投票」や「他の候補」で対応するなら、麻生太郎ひとりを「悪者」にして逃げるのと同じことである。幕末・会津藩もやらなかった「士魂」にもとる振る舞いである。この姑息さは遺憾ともし難い。自民党議員には、「麻生太郎」を全体で選んだ責任がある。自民党が今、厳しい環境に直面しているのは、こういう姑息が嫌われた故であることは、きちんと理解したほうがいい。
 日頃、「日本人の美風」などと強調した保守政党の自民党が、そういう「士魂」にもとることをして、どうするつもりだろうか。

 

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September 03, 2009

再起の条件

■ 選挙jに関して、「朝日」、「毎日」各紙に寄せる原稿・コメントを用意し、自民党には、早速、「自民党の捲土重来への道」と題した原稿を送った。これから、「産経」に寄せる原稿を書く手間がある。
 自民党本部に向けて、「微力ながら自民党再建に助勢仕る」と伝えておいた。これで旗幟は明らかにしておいた。鳩山由紀夫代表には、雪斎は好意的に観ていたことはあっても決してネガティブに観たことはない。だが、民主党という政党の側に立つことはできない。政治学者は、どんなときも政治的に中立でなければならないなどということはない。ハロルド・ラスキが、どういう人物であったかを振り返れば、それは判ることである。英国労働党の実質上の参謀であった政治学者である。、
 

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