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August 21, 2009

夏をあきらめて

■ 波音が 響けば 雨雲が 近づく
  二人で思い切り 遊ぶはずの On the Beach
  きっと誰かが 恋に破れ 噂のタネに 邪魔する
  君の身体も 濡れたまま 乾く間もなくて
  胸元が 揺れたら しずくが 砂に舞い
  言葉も無いままに あきらめの夏
    ―桑田佳祐 『夏をあきらめて』

  この数日、雪斎の故地である宮城県北に引きこもっていた。ちょっと、びっくりするような涼しさであった。「電脳」は使えない環境であった。現在では、テレビや新聞では、必要な情報は得られないものだと実感した。
  既に、衆議院選挙公示である。此度の選挙は、どういう結果になるのかが判らない。四年前の選挙も、与野党伯仲だろうと当初は予測されていたのが、あの結果であった。馬券予想ではあるまいし、そうしたことで盛り上がることにはたいした意義もあるまい。

 とはいえ、自民党は、少なくとも政権維持は無理であろうというのが、大方の予想である。
 ならば、どういう「負け方」になるのか。
 雪斎は、たとえ自民党が210議席台獲得で踏みとどまって政権を維持できたとしても、80議席も減らした結果は、「負け」でしかないであろうと思っている。客観的には、此度の選挙は、「どれだけ目減りを防ぐか」という選挙でしかなかった。それは、四年前から判っていたことであろう。
  朝日新聞、読売新聞が民主党獲得議席300という線を出してきている。郵政選挙の「逆」の現象が起こるわけである。こうなると「負け方」という意味では、「どのくらい議席が減るか」ということも然ることながら、「そして、誰が生き残るのか」ということも、大事な論点になってくる。要するに、自民党の「建て直し」が、誰によって手掛けられるかということが、問題になるということである。
 雪斎の気分からすれば、余りに「ナショナリスティック」な性向を持つ政治家は、この際、退場してもらってもかまわない。先刻、故・永井陽之助先生の『平和の代償』を読んでいたら、「自民党は黙って戦後体制を保守せよ」、「自民党右派の影響力が消えることが憲法改正の条件だ」という趣旨のことが書かれてあった。この四十年前の記述には、あらためて驚嘆する。
 逆にいえば、選挙後の自民党の姿が、「右の社民党」の類にならないことを雪斎は期待する。もし、そのような方向に走れば、自民党の再起は難しいであろう。、
 自民党を創ったのは、戦前期の自由主義者である。吉田茂、石橋湛山、緒方竹虎…。そうした原点を振り返ることが、選挙後の自民党の最初の仕事になるであろう。
 
 日食、地震、豪雨、疫病、凶作…。
 これだけ「天変地異」が」重なる年というのも、そうそうあるものではない。
 「世界第二の経済大国」の座も、今年中には中国に明け渡さなければならない情勢である。
 2009年は、日本にとって、「起死回生」の年になるのか。それとも、「凋落の歳月」の本格的な幕開けになるのか。
 「言葉も無いままに あきらめの夏」ということであっては、不味いのであろう。

 

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Comments

先生、世界第2位の経済云々で一喜一憂するのはまるで「私の国には経済しか取り柄がありません」と卑下しているような物だと思うのですが・・・。

Posted by: あかさたな | August 21, 2009 at 08:29 AM

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