佳人薄命
■ 大原麗子さんが亡くなられた。
雪斎の世代にとっては、「子供の頃に見た綺麗なお姉さん」の代表的な女優である。
忘れられないのは、NHK大河ドラマ『獅子の時代』で、パリの風景に溶け込んだ彼女の芸者姿である。
当時、「NHKの顔」だった磯村尚徳さんは、「これこそ、ラ・ジャポネーズだ」と絶賛したそうである。
確かに、そういう雰囲気を持つ女優であった。
そこで、「のりぴー」容疑者のことである。
「のりぴー」に「容疑者」という肩書きは、かなり違和感がある。
NHKの昼のニュースのトップ項目で伝えられたのには、少々、驚いた。夕方のニュースも、そうであった。
「のりぴー」が、それほど影響力のある芸能人であったというのは、雪斎は知らなかった。
因みに、「のりぴー」騒動に隠れた形になったけれども、変死した銀座のホステスとともに合成麻薬を打って御用になった若い俳優のことは、どうなったのか。こちらのほうが事件の質としては、死人が出ているだけに大事のような気がするのだが…。ところで、変死した銀座ホステスというのは、大層な美人だったそうである。
「所詮、河原乞食の世界の話だろう…」。
そういう反応を聞いた。
スポーツ選手にドーピング検査をやるのとと同時に、芸能人には抜き打ち「麻薬」査察をやればいいという話も聞いた。こういう悪徳を根絶できないようでは、日本の芸能界もまた、「河原乞食」と蔑まれた時代に戻るのであろう。「それでいいのか…」と思う。
ところで、大原さんにせよ、「のりぴー」にせよ、銀座ホステスにせよ、こういうのは、どれも、「佳人薄命」の事例なのであろう。
「佳人薄命」というのは、「うつくしい女性には、ろくな運命が回ってこない」という意味においてである。
大原さんについては、書くまでもない。
「のりぴー」も、旦那に影響されたという側面があるのであろう。
銀座ホステスの周囲にも、逮捕された若手俳優を含め、筋のよくない連中が群がったということか。
もっとも、政治の世界に話を移せば、「運命に翻弄されて…」とか「運が悪い」といった言葉は、禁句である。こういう言葉を口にした政治家は、即刻、退場してもらう他はない。自分の期待された業績が上がったときに、「俺は運が好かった…」と偉ぶらないのは、美徳ではあってもである。
ニコロ・マキアヴェッリ曰く、「名声に輝く指導者たちの行為を詳細に検討すれば、彼らがみな、運命からは、機会しか受けなかったことに気づくであろう。機会に恵まれなければ、彼らの力量もあれほど十分に発揮されなかったであろうし、また力量を持ち合わせていなければ、機会も好機にならなかったのである」である。
この選挙直前に、「のりぴー」騒動に世の耳目が集まるというのは、果たして、どのような波紋を投げかけるのか。マニフェストも次から次へと「訂正」が出て来るのでは、まともに吟味する気も失せて来るのだが…。
昨日、「文藝春秋」が送付される。その中に、少々、「怖い」記事が載っている。田中角栄を退陣に追い込んだ「金脈」記事に似た雰囲気の記事である。
「運命の女神の後ろ髪は禿げている」。
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Comments
雪斎さんのうつくしい文をとても楽しみにし数年前から拝読しております。
今回はうつくしい女性達の運命をはかなむお心が伺えます。森鴎外は「美しいということはそれだけで優れている」と述べています。世阿弥の例もあるように本物をめでる眼のある人にとっては身分は関係ないのだと思います。
この夏、暑苦しいわりにお寒い政局が展開されていますが、いかなる経過と結果になるにせよ、雪斎さんが美文からなる解説をたくさん展開してくださるであろうと期待しております。
残暑でしのぎにくい日もあるでしょうが、ご自愛くださいませ。
Posted by: ナツメ | August 08, 2009 06:11 PM