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August 31, 2009

とりあえず誰が残ったのか…。

■ 結局、事前の予想とは、遠くない結果になったようである。
 民主党は、300議席超え、、自民j党は120議席前後といった按配である。
 自民党の中で誰が残るかということに大きな関心を寄せていた。

 ○ 宮城6区        小野寺五典
 もはや、雪斎の故地は、この政治家の鉄壁地盤になったようである。安心して任せられることは間違いない。
 ○ 千葉7区 比例復活 斎藤健
 これは嬉しかった。一人で十人分は働ける人材である。「政権復帰」の暁には、いきなり副大臣レベルから始動できるであろう。思わず万歳三唱である。

 終わってみれば、残るべきところは、きちんんと残った感がある。
 石破茂、谷垣禎一、茂木敏光、大島裡森、小池百合子…。
 じたばたせずに「政権復帰」に向けて再起してもらうより他はない。茫然自失の暇などはない。

 …と書いたが、
 雪斎は、自民党員・党友の類であったことは一度もない。とはいえ、次の言葉を自民党に贈っておこう。

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August 28, 2009

十分の勝

■ 選挙前の事情の故、一言だけを書く。
  「およそ軍勝五分をもって上となし、七分をもって中となし、十分をもって下と為す。その故は五分は励を生じ七分は怠を生じ十分は驕を生じるが故。たとへ戦に十分の勝ちを得るとも、驕を生じれば次には必ず敗るるものなり。すべて戦に限らず世の中の事この心掛け肝要なり]。
 武田信玄の言葉である。特に安倍晋三内閣以降の自民党の状態には、「七分の勝」による「怠」、「十分の勝」による「驕」がなかったとはいえまい。
. そこで、民主党である。獲得議席300というのは、おそらく「十分の勝」である。
 早速、社民党が民主党の根幹政策である「こども手当て」や「高速道路無料化」に異論を出し始めている。
 参議院では民主党は、社民・国民両党を加えても、過半数には達しない。
 衆議院では、民主党は、300議席を持ったとしても、社国両党が現状よりも減らせば、「三分の二」条項をを使えない。
 共産党や他の諸派・無所属議員が、民主党の執政に無条件で協力するかは定かではない。
 小泉純一郎元総理は、「(民主党内閣は)早くて年内、遅くても半年以内に行き詰るだろう」という展望を示しているそうである。「政局の鬼」の視点は、示唆的である。

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August 26, 2009

政治主導の条件

■ 政治主導も、「画餅」になるかもしれないという話である。
□ 政治社会人..民主「300議席」なら政策秘書が不足
              8月26日0時46分配信 産経新聞
 衆院選で300議席に届く勢いの民主党にとって、各議員が1人ずつ採用する政策秘書の確保という新たな悩みの種が浮上している。衆院解散時の民主党勢力は112人で、選挙で200人近い議員増が予想されるが、もともと政策秘書の待機組は少ない上に、民主党の政策に賛成であり、与党議員の秘書が務まる適任者は限られるからだ。
 このため、「しばらく政策秘書を持てない議員がかなり出てくる」(党関係者)とみられている。
 国会議員には政策秘書ら計3人の秘書採用が認められており、給与は国費で支払われる。必ず置かなくてはならないわけではないが、せっかく国から給与が出るのに、「3人を採用しない手はない」(前衆院議員)。
 しかし、他の秘書と違い、政策秘書になるには、国会が行う資格試験に合格するか選考採用審査認定を受けなければならない。しかも、衆院事務局のリストには現在、採用希望者が30~40人程度しかいない。落選した自民党議員の政策秘書を採用する手もあるが、「自民党のスパイとなる可能性があるため雇わない」(民主党政策秘書)という暗黙の了解がある。

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August 25, 2009

政治家の言葉

■ 言葉を生業にする人々の作法は、「どういう反応が飛んでくるか」を絶えず計算することである。
 これを若き日に徹底して修練したのは、ウィンストン・チャーチルであった。自分の「論」に対する反論を想定し、それに対する論を再び提示するという意味での「ひとりディベート」を延々とやったというのである。
 麻生太郎総理の「失言」とされるものが再び伝えられている。「カネがなければ結婚するな」だそうである。また、発言全体の文脈から、一部だけが切り取られて伝えられているのであろう。
 もともとは、どういう発言だったのか。下記のようなものだったらしい。

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August 24, 2009

自民党凋落の「ミッドウェイ」

■ 三年前、安倍晋三内閣発足、二ヵ月後、雪斎は下記の四つのエントリーを書いた。郵政「造反組」復党の是非で自民党内がもめていた頃である。
 ① 木っ端を溜めて…
 ② 続・木っ端を溜めて…
 ③ 政治は「二流の仕事」である。 ④ 支持率40%の「防衛線」
 雪斎は、「造反組」復党には、否定的であった。雪斎は、「これでは、幾らなんでも…」と大いに落胆した。「もう。『永田町』に居る意味もあるまい…」とも思った。愛知和男代議士が、その空気を察してか、「来年度以降、大学に戻れ…」という指示を出したので、その通りになった。お陰で、自民党の「凋落」をインサイダーとして経験するという精神衛生上、極めて悪しき環境に身を置くのは、避けられた。ついでに、このエントリーも、紹介しておこう。当時の雪斎の気分を反映したものである。
 ⑤ ♪ 祝・「造反組」復党 ♪

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August 23, 2009

再起のための「基礎体力」

■ 毎日新聞が民主党獲得議席320という線を出している。自民党も二桁台突入という展望である。このパターンでは、自民党が「まともな野党」として活動するのも厳しくなるような気がする。下手をすれば、「政権交代可能な政治風土」が醸成されるどころか、「一党優位体制」の主体が自民党から民主党に代わっただけの結果に終わりかねない。大方の政治学者が望んだものとは裏腹な結果が出てきそうである。雪斎も、久しぶりに野党的な立場から政治を観察できるであろうと読み、自民党の「再起」の方策を考え始めていたが、自民党二桁台となれば話は別である。再起するにも、基礎体力が失われないことが条件であるとすれば、その最低線は、120前後であろう。「それでいいのか…」と率直に思う。

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August 21, 2009

夏をあきらめて

■ 波音が 響けば 雨雲が 近づく
  二人で思い切り 遊ぶはずの On the Beach
  きっと誰かが 恋に破れ 噂のタネに 邪魔する
  君の身体も 濡れたまま 乾く間もなくて
  胸元が 揺れたら しずくが 砂に舞い
  言葉も無いままに あきらめの夏
    ―桑田佳祐 『夏をあきらめて』

  この数日、雪斎の故地である宮城県北に引きこもっていた。ちょっと、びっくりするような涼しさであった。「電脳」は使えない環境であった。現在では、テレビや新聞では、必要な情報は得られないものだと実感した。
  既に、衆議院選挙公示である。此度の選挙は、どういう結果になるのかが判らない。四年前の選挙も、与野党伯仲だろうと当初は予測されていたのが、あの結果であった。馬券予想ではあるまいし、そうしたことで盛り上がることにはたいした意義もあるまい。

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August 10, 2009

「また逢う日まで」

■ 60年前に制作された『また逢う日まで 』という映画がある。ロマン・ロランの『ピエールとリュース』を翻案した作品である。主演した岡田英次さんと久我美子さんのガラス越しのキス・シーンが、まことに印象的な作品である。それは、日本映画史において最高の名シーンとされているけれども、むべなるかなである。
 久我美子さんは、旧侯爵家の令嬢である。こういう正真正銘の令嬢が、「河原乞食」の世界に入ったことにこそ、戦後という時代の特色がある。芸能界が「河原乞食」の業とみなされなくなるまで、久我さん以降の世代の努力があったと思うけれども、そうしたことを忘れた輩が最近、多くないであろうか。米国のように、「俳優組合」というものでも作って、そこのメンバーでなければ芸能活動が出来ないようにしたら、どうであろうか。薬物などの触法行為を犯せば、即、メンバー・ライセンス剥奪と相成る。「無頼は芸の肥やし」などと甘やかすわけにもいくまい。
 たかが芸能ネタと切り捨てるのも簡単だが、彼らの仕事は、日本の「ソフト・パワー」の一端を成している。「のりぴー」逮捕が東亜細亜諸国に驚きを以って受け止められたのは、日本の「声望」には確かにダメージを与えた。そういう視点で、此度の騒動をながめる必要があるのではないか。
 さて、『また逢う日まで』は、「自由」、「平和」を終生、考究したロマン・ロランの作品の翻案だけあって、「反戦」のメッセージがストレートに伝わってくる作品である。雪斎は、中学生くらいの頃、これを初めて観た。漫画『はだしのゲン』は、おぞましい印象しか持たなかったが、この映画には、「戦争は理不尽だ」という思いがした。

  

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August 08, 2009

佳人薄命

■ 大原麗子さんが亡くなられた。
 雪斎の世代にとっては、「子供の頃に見た綺麗なお姉さん」の代表的な女優である。
 忘れられないのは、NHK大河ドラマ『獅子の時代』で、パリの風景に溶け込んだ彼女の芸者姿である。
 当時、「NHKの顔」だった磯村尚徳さんは、「これこそ、ラ・ジャポネーズだ」と絶賛したそうである。
 確かに、そういう雰囲気を持つ女優であった。

 そこで、「のりぴー」容疑者のことである。
 「のりぴー」に「容疑者」という肩書きは、かなり違和感がある。
 NHKの昼のニュースのトップ項目で伝えられたのには、少々、驚いた。夕方のニュースも、そうであった。
 「のりぴー」が、それほど影響力のある芸能人であったというのは、雪斎は知らなかった。

 因みに、「のりぴー」騒動に隠れた形になったけれども、変死した銀座のホステスとともに合成麻薬を打って御用になった若い俳優のことは、どうなったのか。こちらのほうが事件の質としては、死人が出ているだけに大事のような気がするのだが…。ところで、変死した銀座ホステスというのは、大層な美人だったそうである。

 「所詮、河原乞食の世界の話だろう…」。
 そういう反応を聞いた。
 スポーツ選手にドーピング検査をやるのとと同時に、芸能人には抜き打ち「麻薬」査察をやればいいという話も聞いた。こういう悪徳を根絶できないようでは、日本の芸能界もまた、「河原乞食」と蔑まれた時代に戻るのであろう。「それでいいのか…」と思う。

 ところで、大原さんにせよ、「のりぴー」にせよ、銀座ホステスにせよ、こういうのは、どれも、「佳人薄命」の事例なのであろう。
 「佳人薄命」というのは、「うつくしい女性には、ろくな運命が回ってこない」という意味においてである。
 大原さんについては、書くまでもない。
 「のりぴー」も、旦那に影響されたという側面があるのであろう。
 銀座ホステスの周囲にも、逮捕された若手俳優を含め、筋のよくない連中が群がったということか。

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