« 政治と社交、外交人材としての「元総理」 | Main | 「次」の「次」への布石 »

July 17, 2009

「敗北」を織り込む感覚

■ 天皇陛下が本朝にご不在の折に、解散できるのか。こういう話が出てくることに象徴されるように、日本は、「立憲君主国家」である。
 目下、天皇皇后両陛下は、カナダやハワイを訪問されているわけであるけれども、、その首席随員を務めているのは、福田康夫元総理である。大体、天皇皇后両陛下の外国御訪問の折には、首席随員を務めるのは、総理・外務大臣経験者が通例のようである。
 ここで、ふと考える。民主党政権下、天皇皇后両陛下の外国御訪問が決ったら、誰が首席随員を務めることになるのであろうか。民主党に縁のある総理・外務大臣経験者というのは、一人しかいない。即ち、羽田孜元総理である。非自民という大きな枠で括れば、細川元総理と田中真紀子外相も入るのであろう。
 今まで政権を担ったことがない政党が政権を運営するということは、こういうことを考えなければならないということである。どうするつもりなのであろうか。自民党政権の「元総理」に頭を下げて協力を請うのであろうか。
 政権運営を手掛けるということは、国民の「生活」だけを考えるということではない。こうした国事に関わる儀礼も、考えるということである。
 ところで、雪斎は、自民党に縁が深いので、「次の次」のことを考えている。「次」は、客観的には、もう期待しないほうがいいかもしれない。「敗北からいかに更生するか」。こういう議論に関わったほうが、結構、、楽しいのではないかとおもう。民主党支持層は、覚悟を決めて民主等の政権運営をを支援せよ。自民党支持層は、黙って、「建て直し」を支援せよ。こういう層が、バランスを取っていこそ、まともな「二大政党制」が出来上がる。

 ところで、この件に関して、一言だけを書く。
□ 鳩山代表の非核三原則発言が波紋、連立に暗雲
            7月16日23時26分配信 読売新聞
 非核三原則を巡る民主党の鳩山代表の発言に社民党が反発している。 政権獲得後、核兵器搭載の米艦船の寄港などを黙認する日米両政府の密約の存在を明らかにした上で、核の持ち込みについて米国と議論するとした主張が非核三原則見直しにつながると見ているからで、両党の連立構想にも暗雲がたれ込めている。
 社民党の重野幹事長は16日の記者会見で鳩山氏の発言を「『本音(密約)と建前(非核三原則)を使い分けるな』と言っているのだろうが、非核三原則の一角を壊すことは到底容認できない」と批判した。
 鳩山氏はかつて、日本の核武装に関する議論を封じるべきではないとする趣旨の発言をした麻生外相(当時)らを「非核三原則の国是に反する」などと非難した経緯があり、その矛盾を指摘する声もある。2000年の「民主党核政策」では核搭載艦船の寄港に関し「米政府との間で事前協議の対象とし、拒否することを原則」としている。「政権を取れば現実的対応をせざるを得ないのに、党内対立の懸念や政局優先で論議を避けてきたツケが来た」(中堅議員)との声も出ている。

 対外政策面に関する限りは、雪斎は、鳩山代表を小澤前代表よりも高く評価している。是非、非核三原則見直しは、集団的自衛権の政府解釈見直しに併せ、断行してもらいたいものである。そこにこそ、「政権交代」の意義はある。

|

« 政治と社交、外交人材としての「元総理」 | Main | 「次」の「次」への布石 »

国内政治」カテゴリの記事

Comments

この人、「日本人は日本だけの物じゃない」とか言ったり、こうした保守的な発言をしたりとよくわかりません。麻生さんよりもよっぽどぶれているような気がします。

左なら左で、共産党の人みたく一貫して欲しいものです。

Posted by: あかさたな | July 17, 2009 07:16 AM

貶すわけではないですが、民主党の元自民党議員に共通するのは「政権を得るためならば、過去の自分の主張は顧みない」といったところでしょうか。
それを柔軟と解すのか、ぶれたと解すのかは後世の歴史家に任せますが…。

いっそのこと社民党あたりと統合すると、「連立政権の政党間不一致」ではなく「党内の会派の不一致」で済ませられるので、95年の細川内閣の時みたいに、多政党の連立による意見のばらつきで自滅したという前例を踏襲しなくてよいのではと夢想しました。

Posted by: ぬ | July 19, 2009 12:20 AM

 日本では、二大政党制にはならないのじゃないかな?
 かつての自民党には、岸のような極右から、宇都宮のような左翼までいたしね。社会党も、西尾のような、自民より右から、向坂のような、共産より左もいたし。
 保守主義者も自由主義者も社会主義者も、一揃いいるのが、日本の政権政党だと思う。主義の違う人たちを「まあ、俺の顔に免じて」とやる芸術的妥協政治家が必要。
 同じ思想の人だけだと、公明や共産のようなカルト政党になると思う。
 自民の失敗は、思想の幅が小さくなり、カルト化したことと、政治家リクルートに失敗したからだと思う。

Posted by: 冬水 | July 19, 2009 09:34 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 「敗北」を織り込む感覚:

« 政治と社交、外交人材としての「元総理」 | Main | 「次」の「次」への布石 »