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July 30, 2009

民主党マニフェスト論評記事

■ 外交・安全保障政策は、「相手のある」政策領域である。
 昨日、「読売新聞」一面の記事で、北岡伸一東京大学教授が、その「相手のある」外交・安保政策の性格を強調し、政党によって外交・安保政策に違いがあってはならないということを説かれていた。そういえば、日本の隣には、「相手のことを考えず、自分の都合ばかり振り回している」国がある。それが、彼の国をどういう状態に追い込んでいるかは、指摘するまでもない。
 日本でも、「自分だけの都合」で外交・安保政策を語っている向きがある。それは、しばしば、「平和主義者」とか「国士」と呼ばれる。

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July 29, 2009

「1993年」の世代

■ スペイン史で「1898年の世代」いうのがある。米西戦争の敗北により祖国の後進性を痛感し、祖国の未来を憂えたたスペインの知識人の一群を指すとされる。ミゲル・デ・ウナムーノが、代表的事例である。
 それならば、日本の政界にも、「1993年の世代」というものがある。

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July 28, 2009

「あなたの為の」外交・安保政策

■ 「あなたの為だから…」。
 若い女性が職場の上司や友人に、このように言われて唖然とするという筋書きのテレビ・コマーシャルがある。
 そして、「本当のあなたのためって…」という落ちが付くのである。
 

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July 27, 2009

「保育ジジ・保育ババ」という選択肢

■ 高齢者を「子泣き爺・子泣き婆」の類にしないのが、内治の基本方針である。
 ならば、具体的に、どうするか。

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July 26, 2009

「揚げ足取り」の風景

■ 麻生太郎総理が「失言」をやらかしたらしいという話が伝わってきた。「高齢者を侮辱した」という趣旨だそうである。下記記事は、その「失言」への反応を伝えている。
 □ <鳩山代表>首相の「高齢者は働くしか才能ない」を批判
                  7月25日19時59分配信 毎日新聞
 民主党の鳩山由紀夫代表は25日、大阪府柏原市内での街頭演説で、麻生太郎首相が高齢者に関し「働くしか才能がない」と発言したことについて、「どう考えてもおかしい。人生はまさにいろいろある。『働けるぞ』という方には大いに働いていただきたいが、70歳、80歳になってからゴルフやスポーツを始めてもいい」と批判した。後略。
 
 麻生総理の元々の発言は、どうだったのかを見ないと判断が付かないので、探してみたら次のようなものだったらしい。

 「元気な高齢者をいかに使うか。この人たちは皆さんと違って、働くことしか才能がないと思ってください。働くことに、絶対の能力がある。80歳過ぎて遊びを覚えても遅い。働ける才能をもっと使い、その人たちが働けば、その人たちは納税者になる」

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July 25, 2009

民主党の「現実路線」の虚実

■ 当然の対応である。
□ 民主が海賊対策に海自容認、外交で現実路線
             7月23日3時3分配信 読売新聞
 民主党は22日、衆院選政権公約(マニフェスト)の基となる2009年の政策集をまとめた。
 政権獲得を視野に入れ、海賊対策のため自衛隊派遣を容認することを盛り込んだ。インド洋での海上自衛隊による給油活動の中止を明記せず、対米関係への配慮を強めるなど外交分野で現実路線を打ち出した。将来の消費税の税率引き上げにも含みを残したほか、給与所得控除に適用制限を設けるなどとしている。民主党は政策集の内容を絞り込み、月内に政権公約を発表する。
 民主党は例年、党の部門会議の議論をもとに政策集を作成している。今年は衆院選があるため、鳩山代表らも加わり、政権公約と一体で作成した。
 海賊対策では、一義的に海上保安庁の責務であり、同庁の体制整備を図るとした。その上で、「海上保安庁のみでは対応が困難な場合は、シビリアン・コントロールを徹底する仕組みを整えた上で、海賊発生海域に自衛隊を派遣することも認める」とした。
 新テロ対策特別措置法に基づく海自の給油活動について、昨年の政策集では延長反対を明記したが、鳩山氏が当面は継続する考えを示したことから今回は項目から外した。政権獲得後の柔軟な政治判断に余地を残す狙いがあるとみられる。
 日米同盟を巡っては、日米地位協定について「抜本的な改定に着手する」とした従来の表現を「改定を提起」に和らげた。「不断の検証を行う」としていた在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)に関しても、直接の言及を避けた。   以下、略

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July 23, 2009

「政権交代」の四パターン

■ 昨日のエントリーの続きである。
 衆議院議席総数480の内、60議席分を公明党や共産党、社民党が分け合うとして、考えなければならないのは、自民党と民主党が、420議席の内、どれだけを取るかという話である。
 現在は、大体。自民党が300、民主党が120といった配分である。
 昨日のエントリーの議論の前提は、2000年6月選挙直前の森喜朗内閣支持率、18パーセントである。これは、目下の支持率と同じ水準である。当時、「永田町」インサイダーだった雪斎は、「どうしようもない選挙だ…」と思っていたのであるけれども、結果は、自民党の233議席獲得であった。内閣支持率20パーセント割れでも、230台に留まるとすれば、更に減らすためには、別の理由が考慮されなければなるまい。
 次のようなシミューレーションを考える。

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July 22, 2009

「政権交代」へのハードル

■ 衆議院解散である。「政権交代」への気運だけは盛り上がっているけれども、「政権交代」へのハードルは決して低くない。各党の現有議席は下記の通りである。

 ● 与党 334議席
 自民党 303議席
 公明党 31議席

 ● 野党系 146議席
民主党 112議席
 共産党  9議席
社民党 7議席
国民新党  5議席
改革クラブ 1議席
無所属   9議席
その他   1議席
欠員     2議席

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July 21, 2009

「次」の「次」への布石

■ 前に、民主党は、勝つならば、どかんと勝ったほうがいいと書いた。これは、政治学者として、二大政党制度のモデルを定着させようという問題意識に拠ればという視点での話である。
 このエントリーでは、自民党の下野の期間をできるだけ短くするという自民党の「軍師」の視点で書いてみよう。
 もし、どうせ民主党の政権運営は早晩、行き詰るだろうという展望を基にするならば、「単独では過半数を制することができない故に、社民・国民新両党と連立を組まなければならない」という状況のほうが、民主党の政権運営の難度は高まる。自民党は、現状では、政権維持が成れば「御の字」であろうけれども、少なくとも民主党が「大勝ち」することを阻止し、他党との関係に絶えず苦慮する状況を作らなければならない。民主党主導政権の「自壊」が生じやすい条件を作らなければならないということである。

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July 17, 2009

「敗北」を織り込む感覚

■ 天皇陛下が本朝にご不在の折に、解散できるのか。こういう話が出てくることに象徴されるように、日本は、「立憲君主国家」である。
 目下、天皇皇后両陛下は、カナダやハワイを訪問されているわけであるけれども、、その首席随員を務めているのは、福田康夫元総理である。大体、天皇皇后両陛下の外国御訪問の折には、首席随員を務めるのは、総理・外務大臣経験者が通例のようである。
 ここで、ふと考える。民主党政権下、天皇皇后両陛下の外国御訪問が決ったら、誰が首席随員を務めることになるのであろうか。民主党に縁のある総理・外務大臣経験者というのは、一人しかいない。即ち、羽田孜元総理である。非自民という大きな枠で括れば、細川元総理と田中真紀子外相も入るのであろう。
 今まで政権を担ったことがない政党が政権を運営するということは、こういうことを考えなければならないということである。どうするつもりなのであろうか。自民党政権の「元総理」に頭を下げて協力を請うのであろうか。
 政権運営を手掛けるということは、国民の「生活」だけを考えるということではない。こうした国事に関わる儀礼も、考えるということである。
 ところで、雪斎は、自民党に縁が深いので、「次の次」のことを考えている。「次」は、客観的には、もう期待しないほうがいいかもしれない。「敗北からいかに更生するか」。こういう議論に関わったほうが、結構、、楽しいのではないかとおもう。民主党支持層は、覚悟を決めて民主等の政権運営をを支援せよ。自民党支持層は、黙って、「建て直し」を支援せよ。こういう層が、バランスを取っていこそ、まともな「二大政党制」が出来上がる。

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July 16, 2009

政治と社交、外交人材としての「元総理」

■ 『溜池通信』で、「元総理経験者を大使に…」という提案があった。
 実は、十余年前に、雪斎が仕えた愛知和男代議士が同じ提案をしたことがある。
 愛知代議士の提案は、「細川護煕元総理を駐米大使に」というものであった。外交官の仕事は、行政官僚というよリは、政治家の仕事に近似している。確かに、総理経験者は、最強の人材である。
 もっとも、その一方では、外務官僚には、外務大臣という目標を用意しておくことは、考えておいたほうがよいであろう。外交は、政局云々ということには、超然としていることを必要とする。
 振り返れば、戦前までは、外務大臣だけは、大体、外交官出身者で占められていたのである。


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July 15, 2009

政治に関する四題

■ 此度の選挙は、「麻生太郎 vs 鳩山由紀夫」の対立構図で行われる。
 しかし、本来ならば、此度の選挙は、「小泉純一郎 vs 民主党」の構図で行われるべき選挙ではなかったか。
 つまり、それは、小泉純一郎元総理が、「郵政」を含む「構造改革」路線への評価を問う選挙ではなかったのか。 
 そうならなかったのは、自民党が総裁任期を二期四年と区切ったからである。
 自民党政権である限りは、こういう政党の都合で総理の任期が区切られる事態が生じる、同じような事例が中曽根康弘元総理のときもあった。中曽根元総理も、異例の高支持率の中で勇退したのである。
 だから、小泉元総理の後の三代の宰相は、「なる必要もなかった」宰相だったということになる。
 麻生太郎総理に至っては、目立った失政と呼べるものがないにもかかわらず、あれほどの苦境におかれている。今のままでは、非難轟々の中で政権の座を去ることになりそうだが、少なくとも、政権発足直後の「経済危機」の大津波の中で、「経済立国・日本」を沈没させなかったということだけは、後世、功績として語られよう。

■ かくして、日本では「総理大臣」が次々と使い捨てにされる構造が残っている。中曽根・小泉のように順調に政権運営を続けても、最長五年で政権の座を降りなければならない事情が片方にあれば、他の多くの総理のように、世論の「空気」の変化で一年前後で政権から追われる事情が片方ににある。こうしたことは、日本が対外的な影響力を行使できない状況を自ら作り出すことでもあるのである。
 それにしても、「もったいない」という言葉が流行っている割には、「政治」をになう人材に対して「もったいない」という感覚が働かないのは、何故であろうか。この国の人々は、総理ができる人材は幾らでもいると思っているのであろうか。ならば、お笑い芸人出身の政治的キャリアが一年の知事が、総理・候補と考ええられても。おかしくあるまい。

■ ところで、日本の自称・真正保守の人々は、相変わらず「売国政治家」云々という言論を弄しているようである。幻冬舎新書の最新刊に、そういう類のものを見かけた。けれども、こういう政治不信を煽る言論を利用していたのが、彼らの嫌いな「左翼革命家」であるということは、理解されているであろうか。
 「われわれは、政治家ではない。われわれは、政治家を駆逐するために、われわれの革命を実行したのだ」。
 誰の言葉か。フィデル・カストロの言葉である。
 社会主義国家には、多様な利害を調整する「政治家」などは必要とされない。「党」の方針を黙って実行する「官僚」さえ存在すればいい。人民は「党」が指導する「国家」の方針に従えばよろしい。それがカストロの言葉の意味である。
 故に、政治家に対して気楽な批判を続ける「自称・真正保守」なるものは、結局、「左翼革命家」の夢の実現に手を貸しているのである。率直に虫唾の走る連中である。民主主義体制下における「保守主義者」ならば、政治家を辛抱強く盛り立てるという難儀な作業から逃げるなといいたくなる。

■ 最近、読んだ書を二冊、紹介する。夏休みには、ハンナ・アレントの著作を順次、読む予定である。
 ● 『アーレント政治思想集成(1・2)』(ジェローム・コーン編、みすず書房、2002年)
 ● 『精神の生活(1・2)』(岩波書店、1994年)

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July 14, 2009

「負けっぷりのよい」負け

■ 解散、総選挙の日程が決まったようである。
 東京都議会議員選挙の結果は、民主党の「一人勝ち」である。無党派層ともかく、自民党支持層も、大挙して民主党に回ったようである。特に注目すべきこととして、議席一の選挙区では、民主党系が7戦6勝である。
  故に、このままの趨勢でいけば、「郵政選挙」の逆の結果が次の衆議院選挙で出ても不思議ではあるまい。東京都25選挙区の大勢を民主党が押さえるという展開である。全国レベルでいえば、都市部は、あらかた民主党の手に落ちる。2000年選挙の再現である。
 

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July 09, 2009

政治的な立場と人格

■ 人々が、どのような政治上の立場を取るかということは、その人物の人格の反映である。下のような図表がある。これは、『現代政治学入門』(永井陽之助・篠原一共編、有斐閣))という歴とした政治学教科書に書かれていることである。

     「強靭なな心性」  
         |
         |
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 「急進」---------「保守」
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         |
         |
     「柔和な心性」  

 横軸は、物事を観察する視座である。これは説明を要しまい。
 縦軸は、物事に対する姿勢である。「強靭な心性」とは、その成長過程で、様々な欲求の統御の術を上手く体得することが出来なかった人々に多い、故に、外部に対する姿勢は、非妥協的、攻撃的なものになる。「反共の闘士」とか「革命の志士」とかという類の人物は、このタイプに属する。他人を表立って馬鹿にしたり、罵倒するような言辞を吐く人々も、そうすることで不満を解消しようという心理の下にある点では、同じようなタイプである。片や、「柔和な心性」とは、そうした諸々の不満を抱え込む幣から逃れられている故に、他人に対して概ね寛容な姿勢になる。
 芸術や文化の領域では、「精神の若さ」は、間違いなく歓迎される。だが、政治の世界では、それは、克服すべき話になる。マックス・ウェーバーの『職業としての政治』で説かれているのは、そうした政治における「精神の成熟」の意義である。
 この図表の上に、a:共産主義者、b:社会主義者、c:自由主義者、d:保守主義者、e:ファシストをプロットすると、下のようになる。 尚、これらの人間類型は、総て価値中立的で、特段の称揚や罵倒の意味を持たない。

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July 06, 2009

「富国有徳」の地へ

■ 川勝平太先生が静岡県知事選挙で当選されたようである。
 雪斎は、「川勝学説」の信奉者であるので、この知らせは、率直に喜ばしい。
 川勝先生は、十年前、小渕恵三総理のブレーンの役割を果たしていた。政治学畑以外の領域では、雪斎が、最も影響を受けた学者の一人である。
 川勝先生にとっては、富士をモチーフにした「富国有徳」論や黒潮繋がりで「太平洋津々浦々連合」論を具体化させるのならば、静岡は、うってつけの土地柄であろう。静岡県も、よき知事を迎えたといえるのではなかろうか。
 川勝先生は、野党三党の支持を受けたけれども、知事就任以後には全県民的利害を代弁することになるのであろう。川勝先生は、奇妙な政治上のイデオロギーは持たない人物である。かなり柔軟な県政運営をなされるのではないかと思う。政治学上、「自由主義者」は、「保守主義者」に近いし、視座の転換によっては「社会主義者」にもなれるという説明があるけれども、川勝先生にも、そうしたことは、当てはまる。
 川勝先生が、これから長いこと静岡県知事をされるのであれば、雪斎も、伊豆辺りに転居して静岡県民になってしまおうかと夢想する。

 さて、おそらくは、来週の東京都議会選挙も、自民党は劣勢であろう。
 このまま総選挙に雪崩れ込めば、自民党が野党に転落する公算は、誠に高い。
 都議会選挙後に何か起こるかによって、当面の日本の政治の構図は決まる。

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