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June 02, 2009

「北」の国から

■ このところ、諸事山積である。このエントリーも10日ぶりくらいの更新である。

 ところで…。

 「星影冴かに光れる北を 人の世の清き国ぞとあこがれぬ」

 これは、北朝鮮を称えた歌の一節である。
 金日成が建国した北朝鮮を「清き国」と称えたのである。  

 …というのは、真っ赤な嘘である。
 これは、北海道帝国大学予科寮歌『都ぞ弥生』の一節である。雪斎を含む北海道大学関係者にとっての「心の歌」である。

 都ぞ弥生の雲紫に 花の香漂ふ宴遊の筵
 尽きせぬ奢に濃き紅や その春暮ては移らふ色の
 夢こそ一時青き繁みに 燃えなん我胸想ひを載せて
 星影冴かに光れる北を
 人の世の 清き国ぞとあこがれぬ

 だから、ここでいう「北」というのは、「北海道」のことなのである。
 何故、こういう回りくどい話をしているのか。

 たとえば、下の記事を観てみよう。
 □ 対北、中ロとも協力=緊密連携で一致-日米韓防衛相
                5月30日21時21分配信 時事通信
 【シンガポール30日時事】浜田靖一防衛相は30日午後(日本時間同)、シンガポールでゲーツ米国防長官、李相憙韓国国防相と日米韓防衛首脳会談を行った。3氏は、弾道ミサイル発射に続いて核実験を強行した北朝鮮への対応で緊密に連携するとともに、さらなる挑発行為を阻止するため中国、ロシアとの協力も継続していくことで一致。北朝鮮の行動を強く非難する内容の共同プレス声明を発表した。
 

何時の間にか、北朝鮮を「北」と表すことが定着している感がある。以前は、日本メディアは、「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」と呼んでいたような記憶があるけれども、今は、「北」の一字で済ませているのである。しかし。北朝鮮を表す一字の漢字は、「朝」で決まっているはずである。「米朝関係」、「日朝貿易」…という具合である。中国のメディアならば、北朝鮮は、「朝鮮」である。だから、朝鮮戦争は、中国の観点からすれば、「抗美援朝戦争」なのである。
 よしんば、北朝鮮を「北」と呼ぶことがあったとしても、それは、「南」である韓国に対比させた意味においてである。だから、韓国メディアが、「南」である自らに対応して、北朝鮮を「北」と呼んでも、おかしなことはない。
 だが、日本人が北朝鮮を「北」と呼ぶ必然性は、果たして、あるだろうか。何故、こういう物事の言い方が問題かといえば、それは、「JAAPN」を「JAP」と呼び習わすのと似た雰囲気を感じさせるからである。そこには、北朝鮮をまともな国として扱いたくないという心理が反映されているように見受けられる。北朝鮮を「朝鮮民主主義人民共和国」と呼ぶ過剰配慮の反動が、そこにあるのではないか。
 大体、「北」の一文字に北朝鮮という「悪漢国家」のイメージを重ねることに平然としている感性が、雪斎には解せない。日本語の感覚が、おかしくなる。特に、「自称・保守」の人々が、こうした乱雑な日本語を平気で使っている。いかがなものかと思う。

 「雪解け間近の 北の空に向かい、過ぎ去りし日々の夢を叫ぶとき」『いい日、旅立ち』
 「女心の未練でしょう、あなた恋しい北の宿」『北の宿から』

 日本人にとっての「北」とは、こうした歌詞に醸し出されるイメージが伝える世界である。北朝鮮を「北」と呼ぶことに漂う殺伐とした空気は、そこにないのである。

 北国の 春も逝く日 俺たちだけが しょんぼり見てた 遠い浮雲よ
 死ぬ気になれば 二人とも 霞の彼方に 行かれたものを ...

 石原裕次郎さんの名曲『赤いハンカチ』が聴きたくなり、CDを聴いた。
 「北国の春も逝く日」・・、丁度、今頃の時分である。確かに、「待っていました」春が過ぎる日には、独特の寂寥感があるのである。今時の札幌は、「ポプラの綿毛」が舞っているはずである。

 頼む、北朝鮮を「北」と呼ぶのは、止めてくれ。
 仙台、八戸、札幌と「北」を流れた雪斎は、「対北制裁」などという言葉を聞くと、率直にドキリとする。

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Comments

たかだが略称を「差別」と呼ばなければならないくらい雪斎さんたちはおいつめられているということでしょうか。北朝鮮を表す文字は「朝」の一字だとおっしゃいますが、それも差別に使われた事がありますよ、「朝公」とかね。そんな事で硬直した姿勢はいかんとか言う議論にもってゆくのは無理ですよ。

そんな事を差別というのなら、こういう言い方はどうでしょう。民族自決の権利を延長するならどんな国も核兵器を持とうがかまわないではないか。北朝鮮が核を持つのが何故いけないのか。これは人種差別ではないのか。六カ国協議なぞやめて、あらゆる国の核武装を許可すべきだと。国連常任理事国も何故選挙で選ばず、第二次大戦の連合国で固めているのか。これも選挙で選び、アメリカやロシアも事によっては一加盟国としてのみの参加になり、チェチェンやイラク戦争の事で戦争犯罪で処分される事もありうると。判決はひとつ。国家元首の死刑。それにつきます。

平和を守るためには平和を否定するものは抹殺される。究極の平和主義です。

そこまで差別に反対なされるなら結構な事ですが、そうではありますまい。単にアメリカの意図を組んでのことでしょう。

Posted by: ペルゼウス | June 03, 2009 at 12:48 PM

そういやいつから「北」一字で北朝鮮の意味になってしまったんでしょうね。
昔は韓国との対比であったり、「北朝鮮」の言葉を出した後の省略形としての「北」であったのが、最近では引用の見出しのようにいきなり「北」が登場するようになっている。
一つには単独で口に出した場合の収まりの良さ悪さがあるんじゃないでしょうか?
「キタ」であれば誰でも「北」だと分かりますが、「チョウ」だとすぐには「朝」の字が頭に浮かばないし、北朝鮮のことだとは分かりにくい。
「こくれんあんぽりキタをひなん」に比べて、「こくれんあんぽりチョウをひなん」はぴんと来ないように思えます。
「米朝会談」とかになるとイメージも浮かぶのですが(桂米朝が誰と会談すると言うツッコミはなし)。

Posted by: ROCKY 江藤 | June 03, 2009 at 06:38 PM

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