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May 02, 2009

パンデミックが世界を変える。

■ 政治家にとっては、「危機」は、「好機」である。
 「危機」に際して、どのように振る舞うかによって、その評価は、落ちもするし、高まりもする。
 このところの金融危機も、「底」が見え始めたかなと思いきや、「パンデミック」襲来の恐怖が伝わっている。
 麻生太郎総理以下の政府の対応は、初動としては、上手くやっていると見るべきであろう。
 特に舛添要一労働大臣の「激務」ぶりは、想像するに余りある。
 米国ならば、国土安全保障、厚生、労働の三長官がやることを一人でやっている。
 戦前ならば、「内務大臣」がやっていた仕事である。

■ 「パンデミック」襲来ということになれば、一ヶ月は、屋外に出ないで暮らせる体制を自前で敷くことを考慮しなければなるまい。「外部と接触しない」というのが、自衛策の第一であろう。
 ① 現金を多めに用意しておく。
 ② 米穀、味噌、缶詰、冷凍野菜の類を備蓄しておく。この点、コメというのは、中々、よろしい食糧である。これに味噌と干物さえ加えれば、生活には困るまい。
 ③ サージカル・マスクを一ヵ月分、用意する、雪斎も、慌てて「興研」製のものを発注したが到着は遅れそうである、ところで、この「興研」製のマスクというのは、防衛省が調達している代物なので、相当に有用なもののようである。
 もっとも、「電脳」の時代には、「外部と接触しない」状態でも、やることはかなりある。

 ■ ところで、このパンデミック襲来の恐怖は、思わぬ副産物を生みそうである。中国政府は、台湾のWHO会議への参加を妨げない方針だそうである。無論、オブザーバー資格でのもののであるけれども、これは、少なくとも台湾が国際舞台に戻る一歩にはなり得る、こうしたパンデミックの脅威を前に、台湾を守る姿勢を取らないと、彼らの対外印象も悪くなる。ましてや、現在のWHOの事務局長は、香港で辣腕を振るった人物である。結果として、台湾の国際機関復帰に頑として難色を示してきた中国政府も、柔軟な態度を取らざるを得なかったわけである。
 来年の上海万博は、半月だけの催事であった北京五輪とは異なり、半年も続く催事である。上海万博を成功させようとすれば、中国政府は、以前にも増して対外印象に気を遣わざるを得ない、半月ならば、臭いものに蓋をする対応で切り抜けることができたとしても、半年も、そうしたことを続けることはできない。中国の対外印象を決めるという点では、万博の「半年間」のほうが重要なのである。
 それにしても、安倍晋三元総理が中韓両国との関係修復に踏み切った選択は、確かに効力を挙げてきていると思われる。福田康夫前総理の時代を経て、麻生総理の代になって頻繁に首脳会談の機会が持たれている。きちんとした対話が成り立つのは、日本が「外交で生きる国」でなければならない以上、大事なことなのである。
 そういえば、吉田茂は、外交官としての永いキャリアを中国担当として過ごした。彼は、中華料理は好まなかったようであるけれども、中国人民には敬意を払っていた。「中ソ一枚岩」が議論されていた時期においても、「あの誇り高い中国人民が、何時までもロシアと同じ立場でいるはずはない」と後の「中ソ対立」の到来を予言していたのである。吉田に限らず、たとえば石橋湛山も、対中関係には、相応の関心を払ったのである。このところの「保守・右翼」層の言説には、「反中」という姿勢を示しただけで物事を語ったような気分て浸かっているものがある。対外関に限らず、政治の世界で特定の人々・国家を敵視する姿勢を示すぐらい愚かななものはいのであるけれども、そうしたことをやっているのが、昨今の「保守・右翼」層である。
 『諸君』の最終号が届いたけれども、阿川尚之、石破茂、坪内祐三の各氏が書いたものを読めば、そうした言説が跋扈する現状に違和感を覚えていたのは、雪斎だけではなかったようである。余計な話だが、その最終号には雪斎の原稿も載っているのである。『諸君』という四十年も続いた雑誌のラスト三回に連続して登場したのは、一つの勲章にはなるであろう。そういえば、先月号の櫻井よしこ、宮崎哲哉両氏との鼎談は、上杉隆氏が好意的に紹介していたようである。
 現在の中国は、中国共産党の指導や中国人民の才覚のみによって、隆盛を遂げたわけではない。国際関係から「利得」を得れば得るほど、その国際関係に気を遣わざるを得ない。このようにして、中国のような「革命」によってなった国家ですら、「現状維持勢力」に近づいてくる。皮肉な言葉でいえば、現在の中国共産党も、本音としては、「日本の自由民主党」化を目指しているのではないであろうか。「衣食足りて礼節を知る」とは、まことに意味深長である。

 一週間、更新をさぼった。多分、次の更新も、一週間後である。

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Comments

雪斎先生

はじめまして「いわね」と申します。

いつも、 「雪藤の随想録」では政治外交の勉強をさせていただいております。

実はお願いしたいことがあり、メールアドレスを探すことができませんものでしたので、このような形を取らせていただいておりますが、

私、最近、真珠湾攻撃からドイツが対米参戦に踏み切るまで3日間必要だったことに興味をもちまして、「アフター パール ハーバー(真珠湾秘話)」という歴史小説もどきを書きはじめ、まぐまぐから配信を始めました。

ベースのページが必要なので「いわねの歴史小説のページ」というブログを作り
 http://iwane.blog.shinobi.jp/
ました。ついては、ここから先生のブログにリンクを張ってもよろしいでしょうか。(相互リンクのお願いではありません)

お許しいただければ幸いに存じます。

なお、先生の論考へのコメントではまったくありませんので、この中身についての掲載はお許しくださるようお願いします。

勝手なお願いと失礼の段お許しください。

いわね

Posted by: いわね | May 02, 2009 at 12:30 PM

諸君の対談、読ませていただきました。本人のいない所で書くのは気が引けますが、櫻井女史というのはやはり、蓑田胸喜型の破滅的言論人だという印象を受けました。ただ、彼女のような劇薬を上手くコントロールすることができるか、現在の保守論壇の度量が試される気がします。彼女を決して外へ放り出してはいけない。豚インフルではないですが、彼女や田母神氏のような思想は一気に広まる危険があります。
小泉さんと安倍さんを比べた場合、未熟な部分が目立ったとはいえ、個人的に前者よりも後者を評価します。安倍氏が、普段どんなに強硬論を述べたとしても、国のトップになれば最後に妥協できる勇気を持った政治家であったことが、対中関係という小泉ポピュリズム外交の負の遺産を解消してくれたことからも明らかです。
雪斎殿は小泉という政治家を比較的評価しておられるようですが、彼の上記のような部分は、明らかに雪斎殿の思想と相容れないと考えるのですが、いかがでしょうか。

Posted by: 諸君廃刊を偲ぶ | May 03, 2009 at 10:37 PM

マスクは必要ないらしいですが。
http://diamond.jp/series/tsujihiro/10071/

パフォーマンスとしては良くやっている。ですね。正確には。

Posted by: yoshi | May 29, 2009 at 01:12 PM

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