言葉という「刃」の使い方の加減
■ 昨日夕刻、拙ブログの累計アクセス数が、500万件を突破した。
読者諸賢には謝意を表する。
■ SMAPのくさなぎ・つよし君がストリーキングをやって逮捕されたようである。
およそ、こういう奇行とは無縁のキャラクターである故に、驚きである。
「彼は、どうしてしまったのであろう…」というのが、率直なところであろう。
彼をイメージ・キャラクターとして起用した総務省は、大慌てのようである。
鳩山邦夫大臣は、「最低の人間だ」と言い放った。
次のような記事が配信されている。
□ 鳩山総務相、地デジキャラ逮捕に「最低の人間だ」
4月23日12時35分配信 産経新聞
鳩山邦夫総務相は23日昼、地上デジタル放送の普及促進のメーンキャラクターを務めているSMAPの草なぎ剛容疑者が公然わいせつの現行犯で逮捕されたことについて「事実であれば、めちゃくちゃな怒りを感じている。なんでそんな者をイメージキャラクターに選んだのか。恥ずかしいし、最低の人間だ。絶対許さない」と明言。草なぎ容疑者が出ているポスターなどを全面撤去し、キャラクターから降板させる考えを示した。国会内で記者団の質問に答えた。
だが、こういうかさにかかった批判は、政治的には、余り賢明であるとはいえない。
少なくとも、それは、中川昭一前財務大臣の「世界に発信された酩酊」」とは全然、違うケースである。
こうして観ると、鳩山大臣という政治家は、言葉という「刃」の使い方の加減が、よくわかっていないような気がする。確かに、「何という愚かなことを…。反省して出直せ」」という叱責の言葉ぐらいは、発しても当然であろうけれども、著名ではあっても公権力を持たない一介の芸能人に対して、「最低の人間だ」と人格を否定するような罵倒の言葉を浴びせるほどのものでもあるまい。もっとも、くさなぎ君が泥酔した上で「自動車を運転した」というのならば、非難のトーンは強くなってしかるべきであろうが…。言葉という「刃」の使い方の加減は、慎重に見なければならないのである。
「人前で公然と他人の悪口を言わないし、人格絡みの非難をしない」というのは、田中角栄流の「政治の流儀」である。田j中は、鳩山大臣にとっても師だった人物である。
鳩山和夫以来、四代も続く政治家の家系では、一体、何が継承されているのか。
「世襲政治家」の制限に絡む議論の動向に併せ、考えておくべきことである。
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