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April 11, 2009

ミサイル騒動の後先

■ 北朝鮮のミサイル発射は、成功だったのか、それとも失敗であったのか。
 余り語られていないけどもも、その鍵は、あのミサイル発射の後、「北朝鮮からミサイル技術を買いたい」と思った国々が、どれだけあったかということである。
 北朝鮮政府が「大本営発表」をやっているように、人工衛星打ち上げに成功したのであれば、北朝鮮も、「衛星ビジネス」に参入する道に入ることができるかもしれないけれども、そういところに活路を見出そうとしている様子もない。
 ミサイルに関していえば、結局、兵器としては「弓矢」の展開形である以上、その価値を決めるのは、「的にあたる」精度である。北朝鮮が、たとえば、グアム島を狙ってミサイルを発射すれば、その弾頭は確実にグアムに落ちることが前提であって、サイパンにおちても意味はない。テポドンⅡは、射程だけならアラスカも含んでいるけれども、弾頭を果たしてアンカレッジに落とすことができるのか。そうしたことが問われているのである。
 ミサイル技術は、、陸上競技の「やり投げ」「砲丸投げ」ではなく、「アーチェリー」なのである。だから、「半数必中界」という概念も用意されている。核戦略体系の中で、戦略爆撃機という柱が残っているのは、爆弾を確実に目標地点に投下させるためには、航空機で運ぶのが最も確実であるからである。
 然るに、件のミサイルは、第一段目は指定区域に落下させることができたけれども、第二段目と第三段目はきちんと分離できずに太平洋の指定区域を大きく外れたところにおちたようである。どこを狙って、打ち上げたのであろうか。これでl、「北朝鮮からミサイル技術を買いたい」と称する国々が出てくるのかは、甚だ怪しい。
 雪斎は、ミサイル発射は、「実質上、失敗」であったであろうと判断する。無論、北朝鮮は、「成功したことにしたい」であろうけれども、それは、内向きの事情でしかない。

 もし、北朝鮮のミサイル技術が、「その程度」のものでしかないのであれば、別段、いきり立つ必要もあるまい。北朝鮮が「大本営発表」を続け、病み上がり後の金正日が、わざわざ最高人民会議に「お出まし」をしなければならないところを見ると、米国政府は、北朝鮮の「弱さ」を見切ったと考えられる。
 故に、米国が余り慌てていないのも、そうした事情を反映していよう。
 □ 米、対北議長声明を打診=日本受け入れなら交渉進展-国連安保理
                  4月9日15時49分配信 時事通信
 【ニューヨーク9日時事】北朝鮮の弾道ミサイル発射をめぐる国連安保理を舞台にした交渉で、新たな対北決議案の採択を求めてきた米国が、北朝鮮非難を盛り込んだ法的拘束力のない議長声明で妥協する選択肢もあると日本に打診していたことが9日、分かった。外交筋が明らかにした。
 米国の打診してきた議長声明案は、北朝鮮による弾道ミサイルや核実験強行を受けて2006年に安保理が採択した対北非難・制裁決議を「再確認する」とうたう内容。
 しかし、日本はあくまで決議が必要としてこれを拒否した。安保理の決定としては最も弱く、同声明より一段下の報道機関向け声明の採択を主張する中国は、議長声明を受け入れる用意があるとの姿勢。日本も妥協を完全には排除しておらず、容認に動けばネックとなっていた決議か声明かという論争が決着し、大幅な交渉進展につながる。 
 
 新たな安保理決議採択に持ち込めなかったのであれば、それは、日本外交の挫折なのか。必らずしも、そうとはいえない。
 少なくとも、日本は、対朝制裁延長の事由を手にすることができた。ミサイル迎撃システムへの国民的な認知も高まった。「誤報」騒動があったとはいえ、有事対応の「経験」をつむことができた。策源地攻撃能力の保持にかんする議論も、漸く真面目に進められそうである。昔は「反核」世論を政治的に代弁していたはずの社民党や共産党が、「核」を含む大量破壊兵器の拡散を制止しようという動きには明らかに及び腰であったのは、奇態であったというほかはない。結局、日本には、特に麻生太郎内閣には、かなりの「追い風」になったのが、此度のミサイル発射の顛末であろう。

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Comments

第1段ブースターは成功です。これはつまり射程1000kmに限定すればペイロード5トン以上の大型ロケットが成功した事を意味します。

つまり北朝鮮は核兵器の小型化を達成せずに、日本を核攻撃できる手段を得た事になります。

Posted by: JSF | April 12, 2009 at 12:18 AM

4/12の読売新聞によると、タイ・パタヤで予定されていたASEANと日中韓の首脳会議が、タイの反政権派のデモ隊で中止に追い込まれる中、麻生総理はやはりデモ隊に囲まれた中韓首脳の宿泊ホテルへ、デモ隊の間隙を突いて訪れ、日中韓首脳会談を実現させたそうですね。
国連安保理の交渉は議長声明という形で落ち着きそうですが、そこに至るまでに日本はやるだけのことはやったんだということが、この一事からも分かると思います。

Posted by: Baatarism | April 12, 2009 at 06:04 PM

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