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March 28, 2009

新しい「仕事」

■ 来週月曜日より実質、新年度入りである。
 雪斎も、新年度入り以降は、「新しい仕事」を色々と手掛けなければならない。
 とりあえず、始まったのが、次の仕事である。
 ● 『週刊自由民主』 長期連載「よくわかる保守主義入門」
 要するに、自由民主党所属議員、秘書、党職員が主な読者であるメディアで「保守主義とは何か」や「保守政治とは何か」を解説するのである。大体、五十回から六十回ぐらいの連載になる。完結すれば、新書一冊分ぐらいにはなるであろう。
 最近の論壇では、雪斎は、五百旗頭真先生や北岡伸一先生と同様、「サヨク」よばわりされているようであるけれども、その「サヨク」が日本随一の保守主義政党の機関紙で「保守主義」解説を手掛けるとは、どういうことであろうか。所詮は、雪斎に対する「サヨク」評も、根拠薄弱であることの証明である。
 因みに、雪斎は、ハロルド・J・ラスキという政治学者を尊敬している。ラスキは、1930年代の英国で労働党に深く関わった政治学者である。雪斎とは、思想傾向は真逆であろうけれども、その政治に肉薄する姿勢には大いに学び取るべきものがあると思っている。
 先刻、訃報に接した永井陽之助先生の著書『平和の代償』には、次のような一節がある。
 「政治権力への抵抗のポーズ自身が何かに対する一つのサービスなのだ、という現代の逆説に厳しい自覚を欠いた言論は、いつかまた、世論や民衆の変化に応じて、たちどころに総転向が始まるだろう」.。
 「政治権力への抵抗のポーズ自身が何かに対する一つのサービスなのだ」という言葉がある限り、雪斎は、御用学者という批判にも平然としていられる。 永井先生は、そうした批判それ自体が、「何かに対する一つのサービス」に過ぎないことを教えているからである。
 下掲は、その新連載の第一回目の原稿である。

 □ 『よくわかる保守主義入門』(1) 保守主義の現在 1

 世界には、保守主義の政党に分類される政治勢力が存在する。たとえば、英国やドイツで保守主義政党と目されるのは、それぞれ保守党とCDU(キリスト教民主同盟)である。また、フランスではジャック・シラク執政期のRPR(共和国連合)やニコラ・サルコジの出身母体であるUMP(国民運動連合)のように、一九六〇年代にシャルル・ド・ゴールを支えた「ド・ゴール派」の流れを汲む政治団体が、保守政党と位置づけられる。加えて、米国では、ジョージ・W・ブッシュが「思いやりの保守主義」を標榜していたことに示されるように、共和党においてこそ保守主義の色合いが濃いといえるであろう。
 日本では、保守主義政党として位置づけられてきたのは、自由民主党である。実際、自由民主党は、左右両派の社会党の合流という事態を前にして、当時の自由党と民主党による「保守合同」の結果、成ったものであった。加えて、一九九〇年代以降、「五五年体制」崩壊の余波で、自由民主党から脱党した人々が結成した多くの「新党」もまた、広い意味での保守主義政党とみなすことができよう。
 こうした諸国の保守主義政党に共通するのは、「自由」と「市場経済体制」の擁護である。冷戦期、自由主義陣営と共産主義陣営の対立構図の下では、自由主義陣営における保守主義政党は、共産主義体制下の計画経済、統制経済に対して、「市場経済体制」の優位を説き、それを推し進めた。加えて、革新政党が、どちらかといえば労働者、農民といった特定の社会集団の利害を代弁とした「階級政党」であると自らを規定し、それに応じた広範な政府の役割を期待したのに対して、保守主義政党は、総ての国民の「統合」を模索した「国民政党」と自らを規定し、個人の「自由」が反映される経済活動に政府が関与することには抑制的であった。
 もっとも、冷戦の終結とソヴィエト共産主義体制の瓦解の後、こうした市場経済体制と自由の擁護だけでは、保守主義政党としての存在証明にならないという指摘は、確かにある。共産党支配の下にある中国政府は、既に三十年前に「改革・開放」政策を打ち出し、市場経済体制の導入を行っている。また、世界規模の経済危機が進行し、世界各国に保護主義擡頭への懸念が高まる中、中国政府は、その懸念を明確に表明している。共産党政府が自由貿易体制の堅持を要求するという不思議な光景が出現しているのである。加えて、冷戦期には「西側世界」に位置していた国々では、それとは逆に、減税や財政支出を通じて経済活動に政府が介入することは、当然の要請になっている。「自由」と「市場経済体制」の暴走が現下の経済危機を招いたという認識は、そうした要請の裏付けになっているのである。
 それならば、現在の情勢の下では、保守主義政党としての「存在証明」とは、どのようなものであろうか。自由民主党結党の五年後、昭和三十五年一月に発表された『保守主義の政治哲学要綱』と題された文書は、自由民主党の保守主義政党としての自己規定を表したものであるけれども、そこでは、「中庸の精神」の意義が強調され、「新国民主義」への志向が示されている。この文書が出されてから既に半世紀近くの時間が経とうとしているけれども、そこで提起されていたことは、決して色褪せてはいない。現在のような「経済有事」の時節であればこそ、自由民主党の執政が何を目指したのかという原点を確認することは、日本の保守主義の今後を占う上でも、意義深いことであろう。
   『週刊自由民主』(2009年3月24日)掲載

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