「論壇の自壊」
■ 雑誌『諸君!』が休刊と相成った。
偶々、現在、発売中の雑誌『諸君』今月号に載せていた手前、この件について、『読売新聞』からコメントを求められた。一両日中に記事が載るはずである。
それで昨日夕刻以降、『諸君!』来月号に載せる鼎談を収録した。鼎談に加わったのは、雪斎を除き、テレビ・メディアに頻繁に登場する著名な御二人である。雪斎は、対談や鼎談という形式には不慣れであるので、専ら御両人の話に時折、茶々を入れる形で対応したl。
結局、この雑誌の終焉間際に、二度も登場することになった。十年近くの「空白」は、何だったというのであろうか。
日本の「論」の舞台となる雑誌は、続々と消えている。昨年の『論座』休刊は、衝撃的であったが、『諸君!』休刊も、衝撃的であった。
この点に関連して、細谷雄一さんのブログの最新エントリーを御味読あれ。特に後半の記述には、雪斎は全面的に賛成する。
閑話休題、『学士会会報』という雑誌がある。
その最新号に、大島正健のついての論考が載っていた。とはいえ、大島のことを知る人々は今では多くないであろう。。
大島は、札幌農学校の卒業生であり、W・S・クラークの直接の教えを受けた第一期生の一人である。大島は、札幌農学校や同志社で教え、後に旧制山梨第一中学校校長になった。
その折の生徒の一人が、石橋湛山である。石橋は、自分を「クラークの孫弟子」であると語ったそうである。そして、石橋は、大正から昭和初期の「論」の苦難の時期に活躍した。
今は、「論壇の自壊」が進んでいる。戦前という時代に「論」を担った石橋が、この光景を眼にしたら、何を思うのであろうか。政治的な「弾圧」が加えられているわけでもない。4つくづく、雪斎は、「自分の世代は、祖父の世代を超えていない」と思う。情けない限りである。
もっとも、嘆いてもばかりもいられまい。雪斎は、「論壇の再生」という使命を請け負って十五年前に論壇に登場したと自任しているので、再生に向けた方策を考えなければならない。
一 広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ
一 上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ
近代日本の「原点」にある言葉である。
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