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February 28, 2009

「日本人」の多様さ

■ この件を取り上げる。
 □ 仮放免、3月9日まで再延長=入管は次回強制退去通告-比人中学生家族
                         2月27日11時11分配信 時事通信
 不法滞在で強制退去を命じられたフィリピン人中学生カルデロン・ノリコさん(13)一家の在留問題で、東京入国管理局は27日、仮放免を3月9日まで再延長した上で、それまでに帰国しなければ家族3人を強制退去させると通告した。同日までに両親が帰国すれば、ノリコさんだけが残ることは認めるとした。 

 この家族には、雪斎は同情する。
 ただし、不法滞在を見過ごすのは無理なので、両親が帰国するのは止むを得ないであろう。
 一番。穏当なやり方は。両親には一旦、帰国してもらって、余り時間を掛けずに今度は正規の手続きを踏んで合法的に入国してもらうことである。不法滞在で送還された人物が再入国するのには、どのような条件が要るのかは、雪斎は知らないけれども、こうしたケースにおいてこそ、政治の役割が試されているような気がする。入管当局は、可能な限り、この家族の事情に配慮しているようであるけれども、彼らも行政官なので法の制約を踏み越えることはできないであろう。それならば、この両親の再入国に際してl、高度な政治上の「柔軟性」を発揮すればいいよいのである。
 それにしても、この一件は、「日本人とは何か」ということを考えるのには、よいテキストである。日本の「空気
」をとっぷり吸って生まれ育ち、日本語しか判らない少女が、「日本人」ではないというのは、雪斎は、どうもピーンとこない。
 雪斎は、端的にいえば、皇室の尊厳を守るという一事で合意してもらえれば、誰でも「日本人」ととして歓迎すべきであろうと思う。この「フィリピン人少女」も、行く行くは日本女性になるのであろう。そういえば、WBC「侍ジャパン」の主軸であるダルビッシュ有投手は、少し前まではは「イラン人少年」であったのか。何とも違和感を覚える話ではないか。そうした多様な日本人が増えている。そのことは、本来は大いに嘉するべきことではないのか。
 終戦時の外務大臣であった東郷茂徳は、薩摩焼を作っていた朝鮮人陶工の子孫であった。旧名は「朴茂徳」といった。戦時中、終戦工作に尽力した。昭和天皇の終戦時の御聖断は、「私は外務大臣に賛成だ」というものであったはずである。本土決戦を呼号した「生粋の日本人」などよりは、余程、日本のために実質的な仕事をした人物であろう。
 「愛したいと思った国こそが祖国である」。このことは、決して誤ってはいまい。だから、日本の人々は、「愛したいと思う日本」を保守するために努力をしなければならない。そして、現在に生きる世代の責任は、「愛したいと思う日本」を後の世代に着実に引き渡すことでしかない。

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Comments

今回のエントリーはふと何かを考えさせられる文章でした。 自らも日本人について改めて考えてみたいと思います。

Posted by: へきぽこ | February 28, 2009 at 09:45 PM

このご家族は入国する際に、「偽造パスポート」を使って入国しているので、その悪質さを考えると、今回の件で特例措置をとると、結果として、いかなる手段を使っても日本に入国し、子どもを作ってしまえば日本に居住できるという「裏ルート」の道を開くことになってしまうので、残念ですが、ご両親に関しては「泣いて馬謖を切る」以外の選択はないと思います。

Posted by: 通 | March 01, 2009 at 09:02 AM

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