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December 27, 2008

「鳥」と「凧」

■ 福澤諭吉先生に聞いてみよう。『学問のすすめ』(初編)の一節である。

 「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人皆同じ位にして、生れながら貴賎上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの者を資り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるものあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。その次第甚だ明らかなり。「実語教」に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとに由って出来るものなり。…身分重くして貴ければ自ずからその家も富んで、下々の者より見れば及ぶべからざるようなれども、その本を尋ぬればただその人に学問の力あるとなきとに由ってその相違も出来たるのみにて、天より定めたる約束にあらず。諺に云く、「天は富貴を人に与えずしてこれをその人の働きに与うるものなり」と。されば前にも言える通り、人は生まれながらにして貴賎貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。

 このところ、連日のように伝えられているのが、「派遣切り」の話である。確かに、契約期間が残っているのに一方的に契約を解除して「無給・宿無し」の状態に追い込むのは、企業の対応としては問題があろう。だが、ここで言及されている非正規労働者というのは、どのような経緯で非正規労働者になったのであろうか。彼らは、総てが「時代の被害者」なのか。彼らは、高校時代や大学時代(進学していれば)に、どれだけ必死になって将来のための研鑽を積んだのか。こうしたことは、問い合わせてみる必要はあると思う。雪斎は、充分な努力を払ったのに偶々、時代の巡り合わせが悪くて不承不承、「派遣労働者」にならざるを得なかったという人々は、意外に多くはないのではないかと推測する。
 「人は生まれながらにして貴賎貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり」。現在、中学生が帰宅後に家で勉強する時間は、僅かに一時間だそうである。福沢諭吉の説いた「独立自尊」の精神、あるいは「蛍雪の功」という故事が、いかにも遠いと思われる話ではある。しかし、こういう普段からの刻苦勉励を軽んじる風潮が、実は非正規労働者の苦境を用意したのではないか。
 司馬遼太郎の小説「燃えよ剣」は、司馬作品の中でも最も雪斎に影響を与えた作品である。司馬は、「土方歳三は鳥、近藤勇は凧だ」と書いている。鳥は、どんな状況でも自分で飛んでいけるが、凧は、風が吹いているうちは揚がっていられるが風がやめば堕ちる。近藤は、何時の間にか、政治家になり、時代の動きに翻弄される「凧」になったのに対して、土方は、どこまでも剣客であった、それ故にこそl、土方は、自らの「剣」だけで、「鳥」として京都から、会津、函館へと転戦していったのである。
 非正規労働者の人々に尋ねてみたいのは、「貴方にとって、土方の『剣』に相当するものはなにか」ということである。
 あの偉大なマエストロである小沢征爾さんですら、ひとつの楽曲を演奏するためには、楽譜を500時間近くかけて読むのだそうである。小沢さんは、「楽しいと思ったことはない」と語っていた。その感覚は、雪斎にも理解できる。「蛍雪の功」は、別段、「若き日の努力」の成果を意味するものではなく、現在進行形の努力によっても、支えられている。
 故に、雪斎は、非正規労働者という立場の人々には、どうも同情的な見方ができない。正社員と派遣社員との関係でいえば、正社員というのは、その地位を得るためにも維持するためにも、多くの労苦を払ってきたのではないか。こうしたことは、あまり指摘されない。
 ところで、次のような記事が配信されていた。
 □ 麻生首相、ハローワークを視察「なんかありませんかねじゃ、仕事は見つからない」
                         12月19日13時25分配信 産経新聞
 麻生太郎首相は19日、ハローワーク渋谷(東京都渋谷区・渋谷公共職業安定所)を訪れ、政府の雇用対策の実施ぶりを視察。10月末に派遣切りにあい、職業や住宅探しの相談に訪れていた若者(24)に「なんかありませんかね、っていうんじゃ、なかなか仕事は見つからないよ」と叱咤激励したことを、その後現場で、記者団に対して語った。ぶら下がり取材の詳細は以下のとおり。
  …中略
 --求職されている若者に話を聞かれていたが。
 「北海道から出てきて、なんで出てきたといったら、友達っていう話をしてましたんで、友達といっしょに…といってましたんで、いままでやった仕事やらなにやら、ぜんぜん関係ない仕事、っていうんで、何を自分でしたいか決めないと、なんかありませんかね、っていうんじゃ、なかなか仕事は見つからないよ、と。きちんとオレはこれをやりたいとこういったの、という目的意識がきちんとないと、なかなか雇う方だってなかなか、その気になんないから、だから何がやりたいかということをきちんと、目的意識をはっきり出すようにしないと、就職っていうのは難しい、という話はしました」

 こうした記事も、麻生総理における状況認識の浅さを示すものとして、批判の材料になるのかもしれない。しかし、「天は自ら助くるものを助く」である。麻生総理の説教に、何か間違っているところがあるであろうか。
 現下の経済情勢を前にして、非正規労働者の人々に対して同情的な論調が目立つのは、メディアも政治家も、「冷酷な人々」といわれたくないからである、だから、「優しい人々」のふりをしている。確かに、難渋する人々に施すjのは、人間としての大事な徳目である。だが、果たして、本当に、それで済ませてよいのであろうか。
 非正規労働者として職を失った人々には、ぜひ、介護福祉士資格取得でがんばってもらうとか、帰農してて農業技術を身に付けてもらうちとか、後継者がいない伝統工芸の親方に弟子入りしてもらうというのは、まじめに考えてもいいような気がする。、彼らには、自ら「凧」ではなく「鳥」になってもらうことを最優先に考えるべきであろう。その方が、デモに参加してシュプレヒコールをあげることに時間を費やしているよりは、余程、生産的である。
 そもそも、会社の枠に縛られないで働くというのは、「鳥」になれる人々にしかできないスタイルではなかったか。「しがらみがなく自由に…」とは、「剣」を持たない人々にっては、「悪魔のささやき」だったのではないか。そういえば、「ハケンの品格」などというドラマもあったようなような気がする(もっとも、主人公は、幾つも資格を持つ「鳥」だったようである)。「会社のしがらみもなく自由に働くのが、自分らしい新しい生き方…」という空気は、誰が作ったのか。「剣」を持たない人々が誤解したのが、そもそもの始まりであろう。

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Comments

I agree with your points.

Posted by: Michiganprbolem | December 27, 2008 at 05:33 AM

雪斎様

いつも含蓄深いご意見を有難うございます。
ただ、今回の記事の最後のコメントについては賛同しかねますので一言述べさせていただきます。

「麻生総理における状況認識の浅さを示すものとして、批判の材料になるのかもしれない。しかし、「天は自ら助くるものを助く」である。麻生総理の説教に、何か間違っているところがあるであろうか。」

もし麻生総理の説教が小学生、中学生、高校生、あるいは就職を数年後に控えた大学生等々に向かってなされたものであれば何等間違いはないと思います。

しかしハローワークを来るまでの経緯はさておき、何しろ「どんな仕事でもいいから明日の糧となる仕事がほしい」と訪ねてきた若者に対する一言としては不適切だと思うのです。

さらに申し上げるならば、百歩譲って麻生氏が小中学生に上記の説教をたれたとして果たして説得力を持つでしょうか。「天は自ら助くるものを助く」というメッセージは、実はまさに漫画を読むことを自慢し、漢字もろくろく読めないことが露呈してしまった麻生氏に対してこそ送られるべき説教ではないか、と思った次第です。

チャーリー

Posted by: チャーリー | December 27, 2008 at 10:41 AM

最後の部分は納得しますが、それ以外は雪斎さんにしては認識が甘い気がします。
いくら努力しても、景気が悪ければ職を得られないものですし、それを放置しておけば、犯罪や自殺という形で社会に深刻なダメージを与えると思うのですが。
だから「助けは人のためならず」なんだと思いますよ。

Posted by: Baatarism | December 27, 2008 at 11:41 AM

今回の内容は端から端まで「まさに…」の一言に尽きます。
派遣には派遣のリスクとリターン
正社員には正社員のリスクとリターンがあると思います。
派遣の方々だって正社員になれる筈だと思います。継続の努力周りより一時間早く来て掃除を始めるとか何かしら資格を取るとか努力すれば真っ先に切られずには済んだかもしれないだろうに、と思います。時間給与だけ貰ってただ不安がるなどはっきり言って誰にでも出来る事だと思います。

ごく稀に石川啄木のような方もいるかもしれませんが、
目の前の稼ぎに翻弄されずに地に足つけた生き方ができればと思います。


今のマスコミのテレビ報道の偏った内容には疑問と危うさを感じます。

Posted by: へきぽこ | December 27, 2008 at 10:23 PM

グローバリゼーションは、労働市場の自由化であり、現在日本の労働者の直面している苦境は、途上国との賃金および生活コストの格差によるものであると言うことにお気づきでしょうか。
もし日本の労働者を、途上国の労働者と同じ土俵で競わせることを是とするなら、日本の生活コスト、すなわち税金・水道光熱費・医療費・教育費なども当然、途上国並みの水準に引き下げなければフェアな競争は出来ないでしょう。
そうなると、政治家・役人・医師・教師と言った人々の多くが失業し、給与水準も一部の例外を除いて途上国並になります。
これが自公政権が言う”構造改革”なのでしょうか?
そうなると、現在日本の誇る先端産業もほとんど消滅します。
それらはいわゆる”先進国”の生活スタイルと収入を前提としたものですから。
つまり日本は”先進国”ではなくなります。
ですから、自動車など作っても買う人もいなくなります。
自衛隊も、消防団に毛の生えた程度に縮小せざるを得なくなります。
あなたがお勤めの大学も、誰も来なくなるかもしれません。
必ずしもこうしたことが悪いことだとは思いませんけれども・・・

Posted by: 理想主義者 | December 28, 2008 at 08:36 AM

おはようございます。
私も雪斎さんの意見に同感。落ち目にある指導者を叩くのはマスコミの風潮ですが、叩く論理は少し偏っていますね。誰かが、ここで述べられたような論理も開陳しないとバランスが取れません。より前向きな方向として、職業の価値観の変革とか、自分の道を選ぶために勉強をすることの大切さとかを言ってもよくて、「カワイソウ」以外に「職業訓練に予算を投入」みたいなキーワードを前面に押し出す言論があっても良いですね。

Posted by: kincyan | December 29, 2008 at 06:01 AM

エントリの一部分に過剰に反応される方がいらっしゃるようですが、雪斎さんの仰られていることは、”だからこそ剣を持て”ということなのではないでしょうか。そうすれば、少なくとも景気が悪くても職を失う可能性は小さくなります。また、一旦職を失っても、次の職を見つけられる可能性も大きくなります。
いろいろ言われていますが、それでも今のところ日本は全体としてみれば生活レベルは悪くありません。これだけの高コスト体質の国でそれを維持していくためには、”大きな付加価値”を継続的に生み出していく必要があり、それにはやはり”剣”が必要なのだと思います。
いくつかのコメントにあるものは、”社会としてのセーフティネットの整備”で解決すべき問題であって、雪斎さんの論旨とは若干違う話ではなかろうかと思います。

Posted by: みほのぶるぼん | December 29, 2008 at 02:21 PM

 弱者救済と言えば聞こえはよいですが、マスコミは一方からの情報のみを報道しすぎているように思います。
 モノが売れなくなったわけですから、設備の稼働率を落とさざるを得ず、余剰人員が溢れるから切らざるを得ない。
 おそらく派遣制度がなければ、季節労働者パートタイマーに向かっていったであろうし、それもなければ正社員のリストラになっているのでしょう。
 それをしなくて従業員を遊ばせておいて内部留保を食いつぶし会社が危うくなったら、マスコミは何故あの時にリストラなどの手を打たなかったのか?と、やはり大批判のキャンペーンが起こるのでしょう。

 やはり企業も個人も、自力で飛ぶための職能である「剣」をもたねばなりませんね。

 TBを送らせていただきます。

PS.
 報道などを見ていて感じるのは、固定費比率が高い宿命の製造業にとって、内部留保がどれほど大切で命綱であるか解っていらっしゃらない方達が多い様に思います。
(10年掛かってやっと溜めた内部留保も、消費していくときは、わずか3年ぐらいで無くなるでしょう)

 また派遣先ばかりが注目を浴びていますが、雇用もとはあくまで人材派遣会社で、社名が一切表に出てきていないのとこの人たちの責任が一切言われないのが腑に落ちません。

Posted by: 山本大成 | December 29, 2008 at 07:35 PM

子供が来月生まれる派遣労働者の人に、同じことを言えますか?
それも自己責任の一言で無視ですか?

社会に勝ち負けは仕方ないと思いますが、勝者は敗者に救いの手を差し伸べる。
それが暖かい日本社会というものであったはずです。決してアメリカのような国にはなってほしくないですな。

こういう記事読むと、雪斎殿の本質は共和主義者で、反天皇なのではないかと疑いたくなります。
小泉にやたらと甘いのも納得できました。
要するに思想がバタ臭い。

Posted by: 日本社会の本質とは何ぞや? | December 31, 2008 at 04:57 PM

『労働者間の分断』というような仰々しい物では今のところは無いように思いますが、「派遣切り企業に勤めている人間」と、「切られる派遣社員」との間に分断が生じており、その傾向が収まる気配が無いのが気がかりです。僕は未だ学生ですが、「そういった企業」に勤めている友人との会話で、派遣切りが話題にはあまりのぼりません。僕個人としては、『まともな大学に行きたいのならば、毎日八時間以上きっちり勉強しなさい』と学校の先生に言われてきたような学生生活だったので、雪斎さんのご意見に賛成ではあるのですが、ギリシャなどを見ていると、解決しなければならない問題だとは感じています。凄く屈辱的な響きだとは思いますが、『あなたの働きには経済的価値は無いけれど、社会福祉政策として給与を差し上げます』という事なんだろうなぁと思っていて、今の日本はそういった『勉強や努力をしないとどうなるか』を綺麗に隠蔽しすぎているように思いますし、『必要な程度の努力』が『断絶』のせいもあって不明瞭な所も問題です。人間は、周りの人間と相対的に『自分は頑張っているか』を認識するものだと思いますが、『断絶』していては比較の対象に出来ませんから。

Posted by: 学生A | January 01, 2009 at 03:40 AM

仰っている事は、一つ一つ正しく正論だと思います。ただ,私自身は福沢先生の言う所の「無学の徒」なので、難しいことは何とも言えませんが、どんな時代になっても自分の力で生き抜く事は大事だと思います。
若者も、何か仕事ないですか?なんてハローワーク行ってないで、自分で企業や工場、商店回って何か仕事無いですか?って聞いて回れば良いのに、と思います。
恥ずかしながら私も以前、自分でやっていた商売に失敗して失業した事があって、そうやって食いつないで生活していた事もあります。「店の前掃除しますから3千円ください。」とか言って。そうして100件くらい飛び込めば2、3件は何か仕事くれましたよ。あるフランチャイズの本部なんか、他社の店のリストくれて、一日に何人来店してるか調べてきたら一店舗につき1万円払うなんて言って、調べ方も教えてくれて、、。
いずれにせよ自分の人生なんだから自分の力で生き抜かなきゃって思います。

Posted by: KAMURO | January 03, 2009 at 10:33 PM

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