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December 08, 2008

対英米開戦の日に

■ 木曜日午前四時頃、前のエントリーを書いている最中に流したのが、よりによって、「マーラー作曲、交響曲第六番 悲劇的」であった。「よりによって」というのは、あの厭世観に充満した作品を未明の時間に聴いてしまったということである。おかげで、前のエントリーの論調も、かなり影響されていた。読み返してみて、驚いた。確かに、「雪斎らしくはない」エントリーではある。

 ところで、本日は「対英米開戦の日」である。こういう記事を観れば、日本の「外交感覚」も大丈夫かと不安になる
 □ 中国に親しみ、最低の31.8%=日米関係良好、7割切る-内閣府調査
                       12月6日19時1分配信 時事通信
 内閣府が6日発表した「外交に関する世論調査」によると、中国に「親しみを感じる」人は昨年10月の前回調査から2.2ポイント減の31.8%で、1978年の調査開始以来、最低を記録した。「親しみを感じない」も過去最高の66.6%(前回比3.1ポイント増)。日中両政府は「戦略的互恵」を掲げて協力強化に取り組んでいるが、「食の安全」の問題などもあり、国民の対中感情は和らいではいないようだ。
 中国に親しみを感じる人は、80年の78.6%をピークに減り始め、2005年には32.4%に低下した。日中関係についても、「良好と思わない」が71.9%(同3.9ポイント増)で過去最高となった。
 一方、日米関係を「良好」とする人は68.9%(同7.4ポイント減)で、質問が現在の内容になった98年以降、初めて7割を切った。「良好と思わない」は28.1%(同7.7ポイント増)。ブッシュ政権が北朝鮮のテロ支援国指定を解除したことや、米国発の金融危機が影響したとみられる。ただ、米国に「親しみを感じる」は前回と比べ2.3ポイント減(73.3%)にとどまっており、親近感の面では大きな変化はなかった。 

 サブプライム・モーゲージの焦げ付きに端を発した金融危機が、米国国民の「過剰消費」に遠因を持つという指摘がある。要するに、米国国民が身の丈に会わない過剰な消費を続けたために、その無理が噴出したのが、此度の危機だというわけある。
 だが、特に二〇〇〇年以降、日本が「失われた十年」を脱することができたのは、結局は、米国の「過剰消費」の故である。中国の経済発展云々というのも、米国の「過剰消費」に支えられたところが大きい。米国が、中国製産品の「最終消費地」であったゆえに、米国の「需要」が失速すれば、中国が影響を受け、日本も影響を受けたのである。それならば、日本が「最終消費地」の役割を肩代わりできるかといえば、そういう柄でもない。
 こうして考えると、「グローバリ-ション」が進展した現状では、「他人の不幸」を笑えば自分自身に跳ね返ってくる。
 ところが、日本の一部には、こうした事情を理解できていない人々が多い。「日本は、質の高い製品を創ったから豊かになった」などと自惚れてはいけない。「その製品を買ってくれる人々がいたから豊かになれた」」のである。雪斎は、「日本の自立」などと呼号する人々が導こうとしているのは、実は「日本の孤立」なのではないかと思うことがある。
 「対英米開戦の日」にこそ相応しいエピソードがある。
 □ 漂流中に日本海軍「雷」が救助、元英大尉「恩人」の墓訪問
                12月7日22時21分配信 読売新聞
 昭和戦争中、現インドネシア・ジャワ島のスラバヤ沖海戦で乗艦が撃沈されて漂流中、日本海軍の駆逐艦「雷(いかづち)」に救われた元英国海軍大尉サムエル・フォールさん(89)が7日、埼玉県川口市にある「雷」艦長だった工藤俊作・元海軍中佐の墓を訪れ、66年ぶりに“再会”を果たした。
 1942年3月、フォールさんらが乗った英軍艦「エンカウンター」など2隻は攻撃を受けて沈み、乗員のうち422人が24時間以上も油まみれの海で漂流した。
 近くを通りかかった工藤さん率いる「雷」が漂流者たちを救助。雷の乗組員は、重油まみれのフォールさんらの体を丁寧にふき、衣服や温かい食事も与えた。
   …中略
 「サンキュー」。墓前でフォールさんは、墓をじっと見つめ、心の中でそうつぶやいた。「助けられなければ死んでいた。この体験は一生を通じて、忘れることはない」。フォールさんは、墓参り後の記者会見で、そう語った。
 この日は、工藤さんの遺族や雷の航海長だった谷川清澄さん(92)(静岡県伊東市)も参列。谷川さんは「工藤さんは、口数が少ないが落ち着いて判断を下す立派な人だった。心から感謝され、本当にうれしい」と話していた。
 
 日本は、戦時中でも、こういう「武人の精神」を愚直なまでに発揮してくれる人々がいた国である。「他人の不幸」を公然と笑う神経は、本来、日本人の「美風」にそぐわないと思うけれども、どうであろうか。
 この工藤艦長は、鈴木貫太郎の薫陶を受けた人物だったそうである。しばしば語られることであるけれども、鈴木は、フランクリン・ローズヴェルトの逝去に際して弔意を表し、トーマス・マンを感動させた。「この師匠にして、この弟子ありき」ということであろうか。
 現下の「経済有事」に際しても、どのように米国をはじめとする国々と協調して、局面を打開していくかを考えなければならない。「ビッグ・スリー」の前途は厳しそうであるから、この際、「日米ハイブリッド・カー」でも創って米国市場に投入するくらいのことは、考えてよいであろう。
 少なくとも、祖父の世代の日本人に比べれば、現在の日本人は、「他国との協調」の上で何事かを手掛けられる点において、はるかに恵まれた条件の下にある。「中国が嫌いだ」とか「米国は信頼できない」とかといった気分に浸かっている場合ではあるまい。

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Comments

グローバリズムの危険性がこれほど明らかになっているのに、それでも反省の弁がないのでは、もはや対米決戦以外に道はなしとして国を誤った方向に導いた人たちを笑えますまい。無論軍事的なパワーであるアメリカをだたあげつらうもの笑止でしょうし、韓半島を押さえるためには中国との友好は必要です。

しかし、それでそれらの国に全てが奪われるのでは友好も意味がありますまい。経済の選択肢としてグローバリズム以外の道も探る動きは世界中で出ているにも関らず、それをやみくもに否定するだけで、何の展望も無い。イラク戦争の総括も出来ず、国政の方向転換も出来ず、ただ人権・人権と他国の内政へ干渉する事で政権の求心力を求めるアメリカへ今までと同じように付き合えと言っても、「ならばアメリカも日本同様、イラク・アフガン戦争での残虐行為、婦女暴行の罪で国際裁判で裁かれるべき」という気持ちが起きてきて当然ではないですか。

いかなる政治体制でも「王」たるためには「王道」が必要です。

それを自ら溝に捨てたのですから、王とみなされなくなるのも当然ではありませんか。

Posted by: ペルゼウス | December 09, 2008 at 02:19 AM

そうですね。困ってる人や苦難を乗り越えようとしてる人を助けるのは人「国」としての品格だと思います。でも、なかなかできません。そーゆー人に私はなりたい。

Posted by: junthixx | December 10, 2008 at 06:12 PM

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