« 「陽性」の宰相 | Main | 麻生太郎総理に »

December 10, 2008

武官の領分

■ 「わが国の文官や武官の最高指導者たちが、広角レンズを使ってソ連における原子力の状況に関する秀れた情報源を持ち、ヨーロッパにおける全面戦争の結果について確かな判断を下し、そのときの現実と責任について、D・Mよりはるかに明確な見解を持っていたことは確かである。彼等の見解によれば、現地軍司令官が追求する種類の勝利は、たとえ朝鮮でそれが得られたとしても、他の場所でそれに勝る負担を招いたであろう」。(一部改変)

 ここで、問題である。

 ① 文中、「D・M」と記されているのは、誰か。
 ② この文章を書いたのは、誰か。

 答えは…
 ① ダグラス・マッカーサー
 ② マシュー・B・リッジウェイ
 この文章は、リッジウェイの著した回顧録『朝鮮戦争』の一節である。マッカーサーは、朝鮮戦争最中に原爆使用を考慮して、当時の大統領であったハリー・S・トル-マンから更迭を告げられた。リッジウェイは、マッカーサーの後任として朝鮮戦争を指揮し、対日占領政策を引き継いだ。後に、陸軍総参謀長に就任し、第一次インドシナ戦争時には米国のヴェトナム介入に待ったをかけた。マッカーサー更迭の経緯を綴った記述の一部である。
 昨日、NHKが放送した「クローズアップ現代」は、「田母神前空将論文」ネタであった。それを観ながら、リッジウェイの回顧録を思い出した。
 それにしても、田母神前空将を擁護する「保守・右翼」層は、実は具体的な安全保障政策に関心があるのはではなく、「自分が正しい」ということを確認したいだけなのではないかと思えてくる。先のリッジウェイの言葉を借りて、次のように書いてみよう。
 「現地軍司令官(田母神前空将)が追求する種類の勝利(歴史認識の見直し)は、たとえ朝鮮(自衛官教育)でそれが得られたとしても、他の場所(対アジア・アフリカ関係、日本の対外印象)でそれに勝る負担を招いたであろう」。
 マッカーサーは、ウェストポイント(陸軍士官学校)を史上最高の成績で卒業した「傑物」であった。だが、軍事専門家として傑出した人物であっても、政治に対する感性は充分とはいえなかった。リッジウェイは、そうしたことを冷静に書いている。後に大統領になった当時、上院議員のリンドン・B・ジョンソンが、マッカーサーの方針に懸念を示して、「中国を鴨緑江の向うに追い遣っても、また戻ってきたら、どうするのか」と問い詰めても、マッカーサーは、「彼らが戦争を続けられるとは思わない」という希望的観測を示したのである。これでは、政治家は納得するまい。田母神前空将も、マッカーサーに似たタイプの武官ではなかったかと想像する。
 下掲の原稿は先刻、発表した原稿である。幹部自衛官教育をやりたければ、リッジウェイやコリン・L・パウエル辺りの古今東西の武官の回顧録をきちんと読ませたほうが、有益なのではないか。

 □ 「村山談話」の政治的な効用
 「十代の半ばの頃に早く大人として扱われたいと願い、当時の流行の『暴走族』に加わった少年が、他のグループとの抗争に勝ち抜いて、押しも押されぬリーダーになった。その過程では、周囲の迷惑になるようなことをした。『俺もようやく大人だ』と思った途端、古参の「暴走族」グループ同士の派手な抗争を機に、その流行も去り、『大人の世界』の常識が変わり始めていた。しかし、その若者は、流行が終わった後も、以前と同じことをやっていたものだから、周囲の憤激を招いたし、新しい『常識』を体現した人々との対立が決定的になった…」。
 日本の近代の歩みを寓話として記せば、このようなものになるであろう。日本は、明治維新以来、「文明」の名の下に帝国主義という「侵略と植民地支配」の論理に加担したのである。たとえば西郷隆盛は、そうした帝国主義の論理を「野蛮」と呼んだ。日本は、そうした「野蛮」の論理に手を染めながら、近代国家としての歩みを進めた。日本にとって不運であったのは、第一次世界大戦後の脱帝国主義化、「民族自決」原則の広がりの流れには、適応できなかったということであろう。結局、日本は、日清・日露という二つの明治の戦争で成功し、その「成功体験」に縛られた故にこそ、そうした適応を進めることができなかったのである。
 ところで、田母神俊雄(前航空幕僚長)は、日本は過去に侵略行為をしたのではないと主張する論稿を発表し、更迭されたけれども、田母神が書いた論稿が提起し、それに共鳴する「保守・右翼」知識層が嫌がっているのは、一九九五年夏に村山富市(当時、内閣総理大臣)が発表した「村山談話」の次の一節であろう。「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」。こうした認識は、過去の「栄光」を「民族の誇り」の一要素と信じる「保守・右翼」知識層には承服し難いのであろう。
 しかし、筆者が判断する限りは、「村山談話」は、政治文書としては、「よく出来た文書」である。それは、政治の現場で「色々と使える文書」だという意味である。実際、二〇〇五年四月、小泉純一郎(当時、内閣総理大臣)がアジア・アフリカ会議(バンドン会議)五十周年首脳会議で行った演説の中身は、「村山談話」に示された歴史認識を踏襲するものであったけれども、それは、「侵略と植民地支配」の痛みを受けたアフリカ諸国や多くのアジア諸国からは好感を以て迎えられたのである。近代以降、日本は、西欧列強諸国に伍するために帝国主義潮流に乗じ、「侵略と植民地支配」の論理に加担した。このことに対する反省の意を昔日の帝国主義国家の中でも日本が明確に示したことは、アジア・アフリカ諸国からの共感を得るものになっている。故に、「村山談話」は、特にアフリカ諸国に対しては、日本の「善意」を伝えるものにもなっている。今後の日本の対外戦略を構想する上で、アフリカ諸国との関係が重要であるのは、あらためて指摘するまでもない。こうした「村山談話」の政治上の効用は、見落とされるべきものではないであろう。
 加えて、「村山談話」は、一九九〇年代初頭に始まった陸海空三自衛隊の海外協力活動を円滑に進める上での前提であった。というのも、歴代の政権は、「村山談話を踏襲する」と表明する限りは、自衛隊部隊の海外派遣が「自らの利のために行うのではない」と説明することができたからである。第二次世界大戦時中の記憶は、「冷戦の終結」以後の自衛隊の海外派遣を通じて日本が再び軍事上の権勢を恃む道筋を辿るのではないかという懸念を内外に呼び起こさざるを得なかったけれども、「村山談話」は、そうした懸念を払拭するのには、確かに一定の役割を果たしてきたのである。
 このように考えれば、「村山談話」を破棄することには、政治上の「必然性」が伴っていないという現実が浮かび上がって来よう。前に触れたように、「保守・右翼」知識層は、「民族の誇り」を強調するけれども、そうした「民族の誇り」なるものを担保するのは、「過去の栄光」というよりも、「現在、そして将来に渉る実績」の積み重ねである。「村山談話」は、そうした積み重ねには、何ら支障を与えてはいない。むしろ、「村山談話」は、日本の軍事展開に対する警戒心を中和する機能を果たしているのであれば、それを半ば「盾」として用いながら、国際協力の積み重ねを通じて対外影響力の拡大を目指すのが、日本にとっては賢明であろう。政治が「可能性の芸術」であるということは、忘れられてはならない。
  「世界日報」(2008・12・8)掲載

|

« 「陽性」の宰相 | Main | 麻生太郎総理に »

「国内政治」カテゴリの記事

Comments

★また田母神ですか?正論に異論を唱える事の意味がわかりません。「産経正論」ででもわかり易く説明していただけませんか。麻生さんは話をしないで話を聞き「アッ、そう?」と言って置けば良い、と桂小金治師匠が言ってました。「「麻生談話」を発出せば、選挙大勝す」と言う方もいらっしゃいました。
★来るべき総選挙では、私達はどうしたら良いのでしょうか?「赤旗の村山談話は腐臭がしますし、KYでも青旗と思われる自民(?)「Showing the 青色FLAG」の党か人を探しています。
★赤旗談話に日本を護る力は無いと思います。第一、閣議決定に正当性が無いと聞いています。外務省の小和田大使?も村山談話草案に関わっているというのは本当ですか?
★先日は、何度も同じ投稿をして申し訳ありませんでした。

Posted by: 常陸曉 | December 13, 2008 at 12:23 AM

★また田母神さん論ですか?さらに、
★村山談話の効用ですか?日本の「善意」と受け取っている国はどのように?金銭が一切からまず「謝っている日本は良い国だ」と言っているのですか?
★よく勉強してみます。「勉強しないと○○さんみたいになるよ」母が言ってました。

Posted by: 常陸曉 | December 15, 2008 at 11:59 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71618/43381137

Listed below are links to weblogs that reference 武官の領分:

« 「陽性」の宰相 | Main | 麻生太郎総理に »