世代の連環
■ ちょっとした世代論を書いてみる。
祖父 1900ー1910年代生まれ
・ 日露戦争前後、「明治国家」の完成期に出生
・ 青春時代は「大正ロマン」の最盛期。「モボ」と呼ばれた。
・ 終戦時40歳前後。第二次世界大戦中は応召せず。
・ 東京オリンピック前後に退職、「復興」を支える。
・ 往時、財界四天王と呼ばれた人々が、この世代。
・ 昭和の終わり、「バブル」の時期前後に鬼籍に入っていく
父親 1930ー1940年生まれ
・ 幼少期、「少国民」と呼ばれる。
・ 復興、高度経済成長とともに社会人キャリアが始まる。
・ 戦後の「消費文化」の恩恵を逸早く受ける。
・ 「日活スター」、「長島・王」の世代
・ 「バブル崩壊」の時期前後に退職。社会人としては、かなり恵まれた人生。
息子 1960-1970年生まれ
・ 幼少期は、「経済大国・日本」驀進の最中であった。
・ 特撮ヒーロー番組、アニメを飽きるほど観ていた。
・ 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を素朴に信じていた。
・ 青春時代は、「バブル」の洗礼を受ける。
・ 「清貧」という考えは違和感がある。
・ 「国際派」志向は当たり前という意識がある、
・ 1990年代の「不況」以前には、既に就職していた。
「息子の息子」 1990年ー2005年生まれ
雪斎を「息子」の世代として、その二世代前までの性格を大雑把に書けば、このようになる。
雪斎を含む1960年代生まれの「バブル世代」にとっては、1945-1955年生まれの「団塊世代」は、どうも反りが合わないように思える。雪斎の感覚では、政治家の中でも、小泉純一郎元総理(1942年生)や麻生太郎総理(1940年生)までは、まともに見ることができるが、それより下であれば、前原誠司氏や長島昭久氏jのような同じ世代の人々に関心が移ってしまう。
こうした「団塊世代」の性向に対する違和感の本質は、何なのか。これは、「バブル」世代とは何かという自らへの問いかけである。
多分、「バブル世代」は、父親の「太陽族」世代や祖父の「モボ・モガ」世代と同様に、「時代の被害者」であったことはないというのが、特色なのであろう。振り返れば、この三つの世代は、人生の節目節目に、戦争や不景気のような不運には、見舞われていないのである。「モボ・モガ」世代は、大正文化の洗礼を受け、戦争に行くこともなかった。戦後は、先輩世代がパージされた結果、「三等重役」として四十代半ばで企業・官庁の要職に就き、そのまま影響力を持った。昭和三十年前後に世に出た「太陽族」世代は、その後、35年近く「右肩上がり」の成長の中で人生を過ごした。「バブル」世代は、社会に出た頃は、超「売り手」市場で全然、苦労しなかったはずである。
因みに、「団塊」世代を軸として書くと次のようになる
○ 「戦中派」世代 1915-1925年生まれ
・ 若き日の戦争、人口ピラミッドの観点からも「時代の犠牲」に成ったのは確かである、
○ 「団塊」世代 1945-1955年生まれ
・ 絶対量が多い世代。「他人を押しのけてでも…」といいう押し付けがましさの雰囲気。
・ 学生運動の時節、熱狂と虚無。
・ 四十代後半近くの「働き盛り」の頃に、「リストラの嵐」が始まる。
○ 「団塊jr」世代 1975-1985年生まれ
・ 社会に出ようとした時期が、「就職氷河期」である。
確かに、「団塊」世代を軸にした連環と「太陽族・バブル」世代の連環は、まるで違う雰囲気を漂わせている。「陽」と「蔭」というべきなのであろうか。
そういえば、雪斎が仕えた愛知和男代議士は、1937年生まれで典型的な「太陽族」世代なのである。つまり、雪斎の父親とはまったく同じ世代である。誠に仕事のしやすい人物だと思っていたけれども、こういう感覚の共鳴は確かにあったと思う。
もっとも、これは、一つの見方である。だが、雪斎は、日本の「底力」というものを素朴に信じている。「バブル」世代は、「万事、楽観的」なのが性分であるから、そいうつもりで物事を見たほうが楽しいのではなかろうか。米国の1960年代生まれの「時の人」であるバラク・オバマも語っている。Yes.we can. そういえば、お笑い芸人「ノッチ」も、「バブル」世代なのか。













Comments
息子の息子の世代から
・物心ついたときは本格的な不況
・近所のお兄さんたちの悲惨な現状
・「バブル時代」は伝説または説話
・失敗、贅沢、余暇は非国民(笑)
・身の丈にあった(自分中心)視点
・「世界」はPCの中の世界
・「社会」を知ったとき、そこは弱肉強食社会
少し前までは「勝ち組」になれば大丈夫、がんばるぞなどと考えていたのですが、最近は自信がないです。
「清貧」は違和感がありますね。あくまで「身の丈」が大事ですね。そんな自分は月に家賃3万、公共料金1万、食費1万で一人暮らししていますが、特に不便はありません。
くだらない感想で申し訳ないですが、「カッとなってやった、今は反省している。」そういう世代です。
私みたいな方が全てではないですが、こういった例もあるということです。長々と失礼いたしました。
Posted by: privateshine | November 20, 2008 at 05:32 PM
今回も 大変興味深く読ませて頂きました。 私は雪斎殿の仰る所では団塊jr世代と言うことになりますが… どうも団塊世代の方々の感覚は受け入れ難い部分もあるのですが…
まあでも全てを否定する気にもならないので やはり何かしら 繋がりがあるのかもしれませんね…
今まで そこまで細かく世代間に対して考えたことはなかったので 参考になりました。
ありがとうございました。
Posted by: へきぽこ | November 20, 2008 at 11:17 PM
私は1933年に兵庫の田舎に生まれた父親世代です。
ヒトラーが政権を取った年ですが、生まれた村では
菅笠被った百姓が畑で働いていた平和な日本でした。
あれから幾年月、軍国少年→丁稚小僧→独立繁栄→
今は6人の孫に囲まれて平穏な暮らしをしています。
この文明の発達を当時の誰が想像したでしょうか?
孫達が大人になった21世紀後半は想像も出来ない、
人類が宇宙に別荘を持つ時代がやってくるのか、
それとも核戦争で絶滅したのか、どちらでしょう?
Posted by: 播磨屋 | November 21, 2008 at 09:53 AM