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November 25, 2008

過去に「潔癖性」を求める心理

■ 西郷隆盛は、西欧列強の帝国主義の論理を「野蛮」と評した。だから、明治以来日本の歩みは、その「野蛮」の沙汰に加わった歳月である。
 歴史の「イフ」を考えてみる。
 もし、清朝末期の中国や李朝末期の朝鮮が、その植民地獲得競争に乗り出せるだけの国力の裏づけを持っていたならば、彼らは、その競争の論理に加わったのであろうか。それとも、「われれは、東洋道義の国であるから、そのようなことはしない」と応じたのであろうか。
 これを考えてみることは、大事なことである。
 案外、チベットや竹島の扱いを見れば、中国も朝鮮も、殖民地獲得競争に加わった可能性が高い。少なくとも、雪斎は、「敢えてしなかった」根拠を探すことのほうが難しいだろうと思っている、

 田母神空将の論稿に垣間見られるように、日本の過去に「過誤はなかった」と弁じたがる神経は、どうも理解できない。19世紀国際政治の常識に則れば、それを可能とする「力の裏付けさえあれば、どの国々も植民地獲得の
「分捕り合戦」に加わったのであろう。最初の陸軍大将であった西郷隆盛は、そうした「分捕り合戦」を「野蛮」と呼び、誤ったことだと認識していたのである。だから、西郷をはじめてとする明治の元勲も、「それは、不味いことだ」と想っていたとしても、それは不思議なことではない。ただし、その一方で、「このままでは、自分がやられる」という切迫感もあったはずである。だから、「生きるために、道徳上、誤ったこともやった」というのが、正しいのであろう。それを何故、平成の知識人は、「過誤はない」というのであろうか。まさか、西郷が「自虐史観」に毒されていたなどと吼える御仁は、いないであろう。
 ところで、雪斎が好きな映画の一つに、ロマン・ポランスキー監督の『テス』がある。主演したナスターシャ・キンスキーの美しさは、神々しいばかりであった。ナスターシャ・キンスキー演じるテスは、奉公先の富豪の家で息子に手を付けられ、妊娠し、棄てられる。富豪の家を出たテスは、あとで牧師の息子と愛し合うようになるけれども、結婚最初の夜にテスの過去を知った牧師の息子は、態度を豹変させ、家を出て行く…。こうした「薄幸の女」の人生を描いた筋書きである。
 「保守・右翼」知識層の理屈は、「昔、過ちを犯したのであれば、愛せない。愛するためには、『過ちを犯した』という告白は、嘘だということにしてもらわなければ困る」というようなものであろう。テスを棄てた牧師の息子と同じ態度なわけである。同じようなことが、実は「進歩・・左翼」知識層にもいえる。彼らは、日本の軍隊の「過去」を批判するけれども、自衛隊の「今」の活動を真っ当に評価しようとはしないのである。
 こういう過去に対する「潔癖性」を要求する姿勢というのは、日本人の伝統的な感性からすれば、かなり奇異なものではないか。大体、遊郭から身請けされた後、商家や武家の妻や妾になった芸妓や娼妓の事例など江戸時代以前には、事欠かないわけである。「現在、そして将来の自分に対して、どれだけ愛情と献身を寄せてくれるか」が、身請けする男たちにとっては、大事であったということなのであろう。だから、「過去は過去として前向きに生きる」という「将棋の駒」を思わせる節操のない(プラグマティックな)生き方が、日本人の性分だったのではないか。
 「進歩・左翼」知識層はともかくとして、日本の「伝統」を強調する「保守・右翼」知識層は、本当に日本の「伝統」に連なっているのであろうか。
 
 追記、映画『テス』の原作は、トーマス・ハーディの代表作『ダーバヴィル家のテス』であり、「純粋な女」(a pure woman)という副題fが付いている。この副題には、「純粋な女」と「愚かな女」の二重の意味がある。田母神論稿
の風景と重ね併せれば、誠に示唆深い。

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Comments

>日本の「伝統」を強調する「保守・右翼」知識層は、本当に日本の「伝統」に連なっているのであろうか。

連なって無いと思います。
彼らの言う「日本の伝統」が精々終戦直前の20年程度だ、というのは安部晋三の本を読めば分かる(汗

Posted by: 滑稽本 | November 25, 2008 at 09:06 AM

私は田母神氏の主張に賛成するものではありませんが、雪斎さんの考えにも同意できません。

世界をごらんなさい。従軍慰安婦問題、戦争犯罪で日本はけしからん。それにくらべて自分たちは民主主義を世界に広げる偉大な歴史を持っていると帝国主義の歴史の正当化の一つとして「正義」を唱えているに過ぎません。そんな雪斎さんのような歴史観を持っている国がどこにあるのでしょうか。是非お聞きしたい。彼らの主張など田母神さんと実はよく似ているではないですか。

世界は「テスを捨てた牧師の息子のたぐい」で一杯なのです。それがゆえにイラク戦争の責任でブッシュ大統領が処罰される事もなければ、プーチン大統領がかずかずの「強攻策」の結果罰を受ける事もない。彼らにしてみれば民主主義や西欧文明を世界にもたらす輝かしい歴史の一つが戦争なのであり、他の国々の戦争は戦争犯罪だという「フィクション」を信じる事で歴史が成立している。そこには弱国日本の主張など入る余地がないのです。当然日本のプラグマティズムなど無意味でただ日本は土下座したり金をむしりとられるしかない。

そもそもトマス・ハーディ自身がどういう扱いを受けたか雪斎さんもご存知のはずです。

Posted by: ペルゼウス | November 25, 2008 at 01:15 PM

このエントリーの内容にまさか「テス」が引き合いに出て来るとは… 一本とられたという思いです。
出会う以前にまで遡って潔癖になる男性は意外に多いかも知れません

で そういう男性に限って偏った固定概念を持っている事が多いかもかもしれません。

人間一個人の歴史でさえ一点の穢れの無い方などそうはいないと思います。寧ろ過去の垢も受け入れ愛してしまえば良いのではないでしょうか?

人間一個人ですらそうなのですから 国の歴史に無垢を求める必要性は無いように思います。
田母神氏一人が標的にされて終わってしまった感のある今回の騒動が国民一人一人に考える機会を与えるに至らず、ただ本来持っている固定概念を物差しにして批判と賞賛をただ積み重ねる事に終始してしまった事に残念に思いました。

僕は 村山談話が全て正しいとは思いません。
ただ田母神氏の文章には偏った印象を持ちます。
譲り合うと言う表現は不適切かも知れませんが、融合するような発想があってもいいのでは?と思います。

兎に角 発言者は尻の〇の小さい人には向かないと言うことでしょうか?

国家の主席になる方は 羽生さんのような方が座る席をひとつ用意してもいいのかもしれません。

Posted by: へきぽこ | November 25, 2008 at 06:06 PM

欲望が人間の本能であるように国家も同じです。
中国も韓国も当時が弱かっただけで国家の欲望は
今も昔も変わる事は無いでしょう。私たちだって
広い土地に住みたいし美味しいものを食べたい。
人類の歴史は戦争史でもありますから弱肉強食の
原理は人や国である点では変わらないはずです。
私の小学校の頃の世界地図の中の日本は赤い色で
大きく西太平洋側の大部分を占めていましたが、
日本人としての誇りや自信は得難いものでした。

領土を大きく持っているロシア・米国・中国など
彼らのプライドのような感情が分かる気がします。
西郷隆盛の私欲を捨てた潔癖性は立派なものと
思えても大久保や伊藤などの外遊組とは世界観が
違っていたと思います。イフが許されれば西郷が
外遊組に加わって世界の列強を肌で体験したなら
日本史も違った方向になったかもしれません。

Posted by: 播磨屋 | November 25, 2008 at 07:48 PM

ご無沙汰、かね国です。up
ブログ拝見する限りお元気そうで安心しました。
札幌は雪も降ってきたんで寒い寒い。
また来ます。(TωT)ノ~~~ バイバイ

Posted by: かね国 | November 25, 2008 at 11:02 PM

日本の植民地政策を絶対悪か絶対善にせず
当時の状況ではベターだった評価する事は恥ずべきことではないでしょう
ただ現代に生きる我々が後から偉そうに粗探しするのは醜いです
まさにイフですが今の日本人が当時の状況になったら欧米並みの植民地政策を
平気でしそうな道徳心・倫理意識になっているだけに・・・

Posted by: 日公 | November 26, 2008 at 01:24 AM

田母神論文を執拗に非難されるのは何故ですか?「武家の妻や妾になった芸妓や娼妓の事例」は理解できません。妻はその後60年以上、ほぼ一生謝り続けなければならなかったのでしょうか?
武家が「節操のない、日本人の性分」であった事が彼女を幸せにしたのではなく、彼が彼女の尊厳を護り、彼女が彼を信頼し相和したからではないでしょうか?一方的に謝り続けたからなのですか?
「神経は、どうも理解できない」という表現は異様な感じを受けます。たかが意見の相違に対して「神経を疑う」と言うのは、相手の尊厳を無視しているように感じます。

Posted by: 常陸曉 | November 27, 2008 at 12:01 AM

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