「パール論争」の下らなさ・続
■ 昨日の続きである。
雪斎は、新著に次のように書いた。
現在でも、「保守・右翼」知識層の中には、日本にとっての第二次世界大戦が「アジア解放のための戦争」であったと主張する向きがある。だが筆者は、そうした「保守・右翼」知識層の中に、「日本は台湾、朝鮮半島、満州を自らの手で解放すべきであった」という主張を聞いたことがない。戦後においてですら、少なくとも「保守・右翼」知識層からは、往時の海外植民地の保持それ自体に疑義を示す声は、あまり聞かれないのである。ましてや、「帝国」の枠組みと海外植民地が残っていた戦前期には、そうした議論は「暴論」の類であったのかもしれない。
文中、そうした議論とは、石橋湛山に代表される「植民地放棄」論である、たとえば満州を日本の独占的な支配地域として位置づけるわけにはいかないという議論は、すでに吉野作造、石橋湛山、古島一雄のような人物によって示されていた。
自らの植民地主義行動を総括しているとはいえない日本の「保守・右翼」知識層が、植民地主義の打倒を信条としていたに違いないパール判事の論理に寄りかかるというのは、奇怪な光景である。「西洋の植民地主義は否定されるべきだが、日本の植民地主義は肯定されるべきだ」。これが、「保守・右翼」知識層の本音であろうか。しかし、この論理は、どこかで聞いたことがある。「米帝の核は汚い核、ソ連の核は綺麗な核」。所詮は、その程度のものである。しかも、この「パール論争」というのも、とある漫画家が炊きつけたもののようであるから、余計、虚脱感を覚えさせるものにしかならなくなるのである。
自らの植民地主義への加担を総括できるような人物でなければ、パール判事の心情に寄り添う真似は、やめたほうがいい。見苦しいのである。













Comments
雪斎殿が今回のブログの中で述べている内容が真実だとすれば、この文章の中に出てくる保守の方々には随分矛盾があるように思います。保守の方々はその矛盾に気付いているのでしょうか?気付いていて目を向けないだけなのでしょうか?右や左の考え方という物に僕はあまり強い感情は持ち合わせていませんが… 矛盾や間違ってる事に対して向き合わずに視界なり思考なりが狭くなって行く事には危険を感じます。
Posted by: へきぽこ | October 08, 2008 at 02:54 AM
考えてみれば、一般に「ナショナリスト」と見られている麻生氏が首相になったのに、保守論壇がそれを歓迎しているように見えないのは面白いですね。安倍首相就任のときとはかなり違うように思えます。総選挙を控えた首相が票にならない保守論壇を無視していて、保守論壇側もそれを感じているのでしょうか?
現実の政治では受け入れてもらえないから、保守論壇はパール論争なんかに明け暮れているのかもしれませんね。w
Posted by: Baatarism | October 08, 2008 at 10:02 AM
そもそもパール判事の理屈は、動員先制開戦を根拠にドイツを罰したベルサイユ条約を日本が批准していたことと、それと同じ趣旨の「戦争抛棄ニ関スル条約」を日本が批准していたのに破棄宣言もしないで1941年に違反したことを無視しているから、法律家のものとは思えません。
「ハル・ノートのようなものを突きつけられれば、モナコやルクセンブルク(のような小国)でも戦争に訴えただろう」とは意味不明です。外国領土を占領していない小国は関係ありません。植民地独立の志士だったからしかたが無かったかもしれませんが、世界秩序に対する大国の責任など考えなかったのでしょう。中国当局などは日本の保守派がパール判事に気を取られているのをみて
「動員先制開戦の意味をまだわかっていないのだから、1933年の上海・塘沽停戦協定を蒋介石が1937年に先に破ったことにも気付いていまい」と安心していることでしょう。
ご平癒を祈念します。
Posted by: 炎暑雪国人 | October 09, 2008 at 01:50 AM