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October 31, 2008

「麻生総理のバー通い」批判の下らなさ

■ 帝国ホテルに「オールド・インペリアル・バー」という名のバーがある。
 そこで、昔、スコッチを飲んでいた時期がある。
 「永田町」時代の三十歳を過ぎたばかりの頃である。
 雪斎は、10代後半の頃、バーが醸し出す「大人の世界」に強い憧れを抱いていた。
 だから、『中央公論』に寄せた論壇デビュー作で手にした最初の原稿料は、バーで飲むことに費やした。
 そこで判ったことがある。
 麻生総理と同じことを言うつもりはないけれども、「オールド・インペリアル・バー」で飲むことは、「思ったほど、高くない」ということである。スコッチの味を覚えるための授業料のつもりならば、一杯1500円くらいのものは、確かに高くはなかったわけである。

 杉村大蔵議員が当選直後の頃、「料亭に行きたい」と発言し、周囲をあわてさせたことがある。
 昭和後期の「三角大福中」の頃、「日没以降の政治」の舞台は、料亭であった。
 政治という世界にまつわる機密性を担保するためには、料亭は確かに都合のよい場所であった。
 というのも、「誰が誰と会い、何を話したか」ということは、どうしても秘しておかなければならないことがあるからである。
 杉村さんは、そうした料亭のイメージを語ったのだろう。
 ところで、平成の時代には、使われているのは、料亭よりもホテルであろう。
 料亭とバーを比べたら、間違いなくバーのほうが安いに決まっている。
 そのことを咎められるのであれば、どこで、「日没以降の政治」をしようというのであろうか。

 故に、麻生総理の「バー通い」批判は、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という類のものであろう。
 芸能人には「セレブ」だのといって「庶民感覚」とは別次元の振る舞いをもてはやすのに、政治家には「庶民感覚」を要求する理屈は、雪斎には解せない。テレビ・ドラマにに登場する「庶民と交わる権力者」、即ち、「越後の縮緬問屋の隠居・光右衛門」、「貧乏旗本の三男坊、徳田新之助」をリアルの世界でも期待しているのであろうか。まったく以って浮世離れした話である。

 もうひとつ、総理大臣の居場所が一々、判るというのは、セキュリティの観点から問題はないのであろうか。
 テロリストに「ここを狙ってください」と教えているようなものである。
 遠隔操作で起爆できる爆弾をホテルの一角に仕掛けるとか、自爆テロでもやろうという輩が現れたら、そらく防ぎようがない。
 こうしたことを語らないのは、何故であろうか。
 いかに安全保障感覚が希薄であるかということの証左であろう。

 こうして観ると、メディアが伝える「こうあって欲しい政治家」のイメージには、確たるものがあるとは思えない。
 「叩ければいい…」という類のものではなかろうか。

 ところで、エドワード・ヒースという政治家がいた。
 英国首相を務めた人物である。上流階級出身者の多い保守党の中では異色の「大工の息子」だった。
 彼が生前の作家・開高健さんを自分の邸宅に迎えたとき、着ていたのは、ところどころに穴の開いたセーターだった。「パブリックな空間では然るべき威儀を持った身なりをしているけれども、プライヴェートの空間では質素なものを着る」。それが英国紳士の流儀だというのである。振り返れば、英国趣味が徹底し、「葉巻にステッキ」という貴族然としたスタイルで知られた吉田茂もまた、家内では自分の衣服には余り構わない人物であり、生前の夫人に「きちんとしてもらわないと…」とたしなめられたという話が伝わっている。
 麻生総理の高祖父、大久保利通が死去したとき、借財だけが残った。曽祖父・牧野伸顕のときも、そうであった。吉田茂も、若くして養父・吉田健三から継いだ莫大な財産を一代で使い切った。父・麻生太賀吉は、岳父・吉田茂の政治活動に協力し、ひとつや二つの蔵を潰した。麻生総理は、案外、家中では豪奢な生活をしてはいないのではないかと想像する。下らぬ「庶民感覚の欠如」批判ぐらい、度し難いものはない。

 政治家は、「天皇陛下の臣下」であって、衆庶ではない。
 この気概で国政に臨んでもらわなければ困る。

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「学者生活」カテゴリの記事

Comments

まさにあれほど下らない報道も久しぶりな気がします。 ただあれはマスコミが 叩きたいから叩いただけであって 国民のほとんどが 今回のバーの件に関しては関心を持っていないと思います。庶民の生活にある程度理解があればよく 庶民感覚までは必要ないのでは無いかと思います。
政治家にもやる事はいろいろあるように 報道に携わる方にもやる事はいろいろあるはずです。あんなものを記事にしている暇があったらもっと勉強して貰いたいと思います。
報道の質と言うものももう少し考え直しても良いかもしれません。
もしあの記事に共感する方が多数いるとしたら悲しい気持ちになります。

Posted by: へきぽこ | October 31, 2008 at 10:08 AM

政治家は、「天皇陛下の臣下」であって、衆庶ではない・・・この気概で、って?具体的にどういう意味ですか?

Posted by: 衆庶 | November 16, 2008 at 07:57 PM

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