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October 07, 2008

「パール論争」の下らなさ

■ 今年春より、隔月で『読売新聞』で論壇ショート・コメントを担当しているので、色々な雑誌を手広く読んでいる。ところで、最近、頻繁に目にするのは、「パール判事」という文字である。
 ラダ・ビノード・パール判事は、東京裁判でA級戦犯とされた人々を無罪とする判断を示した人物として有名であるけれども、その判断の意図をどのように解釈するかで、論争が起こっているわけである。
 ただし、雪斎にとっては、あまり面白くない論争である。

 国際刑事裁判所((International Criminal Court、:Cour Pénale Internationale)という枠組がある。それは、「集団殺害犯罪」、「人道に対する犯罪」、「戦争犯罪」に関する個人の責任を追及する枠組である。冷戦終結後、民族紛争に伴う大量虐殺など「人道に対する罪」を裁く国際犯罪法廷が安全保障理事会決議によって臨時に設置された。旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷、ルワンダ国際戦犯法廷は、その事例である。その流れの中で、、常設の国際法廷を設置する議論が再起動し、、1998年7月、ローマで国際刑事裁判所設立に向けた会議が開かれ、国際刑事裁判所規程(ローマ規程)が採択されたわけである。「ニュルンベルク」や「東京」で行われたことを出発点にした試みが、不完全ながらも発展しているのである。
 現在、国際刑事裁判所の国際法担当8名、刑事法担当9名の判事の中には、ドイツ人一名、日本人一名が名を連ねている。「ニュルンベルク」や「東京」で「裁かれる側」であった日本もドイツも、今では「裁く側」に回っているのである。因みに、この枠組には、米国、ロシア、中国は加わっていない。国際刑事裁判所で扱われる犯罪は、これらの国にとっても無縁ではないからである。
 故に、日本の保守主義者は、次のように語るべきではないか。
 「東京裁判、あるいは他のBC級戦争裁判で処刑された戦犯は、現在の国際刑事裁判所が象徴する国際法規の進化のための人柱になったのである。然るに、なぜ、米国、ロシア、中国は、この枠組に加わろうとしないのか。東京裁判で「文明」を振りかざして『裁く側』に回った米国、中国、ロシアの自己矛盾こそ、批判されるべきではないか」。
 少なくとも、雪斎は、そのように語る。
 ところが、現在の保守論壇は、いまだに、パール判事の思考を解釈して、「あの時、われわは間違ったことをしていなかったのだ」と確認する擬似マスターベーションに忙しいようである。国際刑事裁判所は、スーダンでの案件を取り上げるようであるけれども、現在進行形の「集団殺害犯罪」、「人道に対する犯罪」、「戦争犯罪」に対してどのように向き合うかということに関して、保守論壇から傾聴すべき知見が示されたという話を、雪斎は寡聞にして知らない。まことに気色悪い光景としかいいようがない。だから、保守論壇には、もはや多くを期待できない。

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Comments

東京裁判についてネガティブに語る保守系の人は多いけれども、戦争処理全体として見れば、あの程度で済んだ日本は真に幸運だったと思う。確かに個々の裁判にはおかしな点もあったかもしれぬし、外国人に日本の指導者が裁かれるというのは、悲しく悔しく汚辱にまみれている。が、周辺国・交戦国へ非常に大きな損害を与えたことを考えれば、あの程度の負担で済んだのは、まことに寛大かつ幸運で、日本が戦後、世界の経済大国に駆け上がれた要因であろう。あのとき、もしソ連が日本を占領していたと思うと、想像するだけで絶望的になる。

Posted by: スズキミチオ | October 07, 2008 at 02:59 AM

確かに保守陣営の体たらくは無残ですが、人道・人権を主張する側はどうなのかと申し上げたい。

なるほど、人権だの戦争犯罪だのといえば聞こえはよいが、その実はそれこそ先進諸国が「自分たちこそが文明国であり、ああいう途上国の未開人より高尚なのだ」「自分たちの植民地主義は正しかったのだ」というマスターベーションの役割も果たしているからこそ裁きが成立している。

自分たちの覇権こそ正しいとアメリカ・ヨーロッパ・中国・ロシアが確認する場こそ国際裁判なのであり、世界秩序なるものは旧・連合国の独裁体制以外にはありえず、リベラル派が主張する人権・人道なるものも、所詮は彼らが批判する大国の軍事力に頼るもので、狂信的な環境保護運動や人権運動のような過激派の温床でしかない。

世界の多様性に対応出来ず、人道的な兵器・秩序ある国際法を遵守した戦争などというありえもしない空想・妄想に安住している点では保守も革新もグローバリストたちも同じなのです。

Posted by: ペルゼウス | October 07, 2008 at 10:28 AM

雪斎殿がよく使われる保守論壇、僕自身はあまりよく知らないのですが、そのくだらなさに少し興味を持ってしまいました。良くも悪くも保守論壇という物を知った上で判断してみたいと思います。

Posted by: へきぽこ | October 07, 2008 at 11:24 AM

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