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September 21, 2008

「過去と争い、急進な未来と争う」という姿勢

■ 「大久保が斃れたのは、過去と争い、急進な未来と争い―久光・西郷と争い、板垣と争った結果であることは、一点の疑もない」。
 清沢冽が著した『外政家としての大久保利通』は、このフランス人歴史家の大久保利通への評を引用して締め括られる。この清沢の大久保への評価は、政治家の責任を考える上で興味深い。

 大久保が争った「過去」とは、何か。それは、近代国家・日本の建設にとって邪魔な事柄であった。藩制度に拠った島津久光が体現したような「旧来の制度」、「士族の魂」によった西郷隆盛が体現したような「旧来の価値観」は、そうした事例である。それでは、「急進な未来」と何か。それは、国力の現実を無視した「観念」論である。板垣退助が体現したような「自由民権」の動きは、それを実際の政治日程に乗せるにはまだ早いというのが、大久保の認識であったのである。大久保は、岩倉使節団の一員として随行して日本と西欧の「彼我の差」を実感し、とにかく日本を近代国家として離陸させることを急いだのである。
 吉田茂も、日本軍国主義という「過去」と争い、再軍備論や共産主義体制という二つの「急進な未来」と争ったのである。吉田にとっては、「講和と復興」こそが、最優先の課題であった。
 因みに、清沢が憧れを抱いた知識人は、吉野作造であった。清沢は、死の床にあった吉野を見舞い、吉野逝去後には追悼原稿を発表したりしているのである。清沢は自らを「昭和における吉野の後継者」であると自負していたのである。雪斎も、知識人として思い入れを寄せているのは、吉野であり清沢である。「過去と争い、急進な未来と争う」という姿勢によって大久保を評価した清沢の着眼点は、雪斎にとっても政治認識の一つの基軸である。
 自民党総裁選挙における麻生太郎優勢の流れは変わらないようである。麻生太郎さんが大久保の五世の孫ならば、「過去と争い、急進な未来と争う」ということを政治家の存在証明とした大久保の流儀には、充分に倣ってもらいたいものだと思う。
 そして、清沢に拠れば、大久保を含む「維新の功臣」には、第二次世界戦時の日本の戦時指導層とは異なり、「考え方に屈伸性があった」のである。日本を取り巻く政治環境は、刻々、変わる。「屈伸性」、即ち雪斎が幾度も強調した「柔軟性」を損ねる一切の振る舞いは、適切な統治の「敵」である。

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Comments

過去と争い、急進な未来と争う。と言うのはその時代の移り変わりに敏感で無ければなかなか行動に移せない大変なものだと思います。 過去と争う、未来と争う、どちらかに偏ってしまうと思います。
人間の体もそうですが急に柔軟性が出るものでもないと思います。なるべく普段から柔軟性を維持していくのが良いと思います。自分も何年か前まではメディアから受けたイメージだけで、嫌韓 嫌中 嫌露 嫌政治家 嫌米 嫌テロ など ただ拒絶しているだけでした。ですが10年先は世の中がどうなっているか予想しづらい状況にあるなかで、偏った情報だけで偏った考えを続ける事に問題があると思い始め、柔軟な思考を少しずつでも持とうと思いました。柔軟性を個人や組織がもつ事で見えなかった、或は見ようとしてなかったものが見える事もあるので大変面白いと思います。政治家の方には知識も経験も必要だと思いますが、もし総選挙がある折りには、立候補者全員に思考柔軟性テストなるものがあれば受けて頂きたいものです。もちろん結果はポスター記載で…

Posted by: へきぽこ | September 21, 2008 at 03:15 AM

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