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September 26, 2008

「構造改革」は未だ成らず。

■ 小泉純一元郎総理が引退を表明した。
 雪斎は、今でも、小泉「構造改革」路線の熱烈な支持者である。小泉「構造改革」路線の核は、「国家に依存し、寄生する精神」を退場させることにあった。そうしたことを説明するのに、「市場経済原理主義」云々という話は、意味はない。福沢諭吉が説いた「一身独立して一国独立す」の大義に忠実であったのが、小泉「構造改革」路線の性格である。雪斎は、「他人に依存する(させる)福祉」批判を言論の出発点にしていたので、その点では「独立自尊」教徒とはいえるかもしれない。小泉純一郎という政治家は、そうした雪斎の信条には適合していたのである。

 ところで、民主党の政治標語は、「国民の生活が第一」である。だが、雪斎は、「国民の『生活』が第一」というのは、本来は誤りであると思っている。語られるべきは、「国民の多様な『活動』が第一」なのではないか。人々は、自分の「活動」の機会を生かせればこそ、「生活」を成り立たせることができる。「一身独立jする」ということの条件を整えるのが、政治の役割なのである。
 故に、若い世代に過重な負担を与えて、比較的に高齢な世代の生活を支えるという「福祉」の議論は、娘を遊郭に送って糊口をしのいでいた往時の東北の農民とは、構図としては何ら変らない。医療体制や介護体制の万全な構築ならばともかく、何故、年金を国に頼ろうとするのかは、判らない。引退するまでに、一定の資産を築かなかったのであろうか。それを運用することを、何故、考えないのか。加えて、高齢の世代の人々に対する施策で最も大事なのは、そうした人々を孤立させないということである。雪斎は、常々、老人施設と小中学校は隣接させるべきだと考えてきた。高齢の人々は、孫の世代の子供たちに「人生」に絡み様々な事柄を教え、十代前半くらいの子供たちは、祖父・祖母くらいの人々の身の周りの世話をする。そうした関係を紡ぐことができればいいのだがと思う。こうしたことを考えないで、「構造改革」を批判しても、無意味なのである。
 「構造改革」は未だ成らず。
 孫文の言葉「革命は未だ成らず」に倣って、このように語ってみよう。
 小泉さんには、今後は、日本の芸術と世界の芸術をつなげる「活動」で、尽力していただきたいと思う。政治などというのは、所詮は、「二流の仕事」である。雪斎も、クラシック音楽鑑賞という趣味があるので、機会があればコンサート・ホールで小泉さんと言葉を交わしたいと思う。

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Comments

そういう小泉さんの考えこそが日本の弱体化を引き起こし、今日の惨事に至ったわけです。国家に依存し、寄生するものを悪と考える事自体、国民の否定でしかなく、引退できるまでに財産を築ける才覚のある人間など社会のごく少数です。

人間の大半は凡人であり、凡人を無視するものは必ず敗れる。毛沢東の大躍進やヒトラーやムッソリーニの敗北などそれを証明した例は数知れません。福祉を削れば医療も介護も崩壊するだけで、民間活力の導入など警察を廃止して自警団にしろという暴論でしかない。一個人の独立と言えば聞こえは良いが、単に個人という名の獣を野放しにする事でしかなく、若手経営者とやらは若者の賃金を引き下げて利益をあげる事しか出来ない。相手に土下座ばかりの外交の「柔」の姿勢はかえって「屈辱」を国民に与えて「剛」を望む空気をかもし出しただけ。そもそも大国に従属する事でやってきた日本が「独立」を唱える事自体に大きな矛盾がある事を無視してきたのが構造改革派ではないでしょうか。

革命や冒険も結構でしょう。しかし国民は生活者なのであり、革命家でも冒険家でもないのです。他者とのつながりを壊しての独立など、己が切り捨てられる事を忘れた愚か者の戯言でしかありません。

Posted by: ペルゼウス | September 26, 2008 at 08:52 AM

人身売買で親が年頃の娘を売り飛ばして飯を喰らう。10人家族の長女とかですと兄弟の為という事情もあるかもしれませんが決してそのような形ばかりではないと思います。親が子供を売り飛ばす光景は何か違うような気がします。日本は自らが大なり小なりリスクを取って財をなすのはあまり良いイメージで伝えられてなかったように思います。だからこその今の税制であったりするのですが、年金にしろ制度にしろ、皆政府を過信してるのではないかと思う出来事が多く見受けられます。
雪斎殿が仰るように老人施設と学校の隣接は大変良いと思います。ごく一部ですが実践されている地域もあるようです。ですがなかなかそうした話は議会には上がってないような印象があります。そうなりますともう地域ごとに考えて実践して行かなくてはならないのかもしれません。やはり国はあてにしすぎるものではないと思います。

Posted by: へきぽこ | September 26, 2008 at 10:21 AM

こんばんは。
いつも産経新聞の正論にてご活躍を拝見しております。
他の論者とは違った独特の視点に読んでいて
ハッとする事が多くあり、掲載をいつも楽しみにしています。
特に日本語の文章は比喩や語呂に学ぶことも多く
とても勉強になります。
ご自身の努力によって培われた知識があるからこそ、素晴らしい文章が書けるだろうと思います。
私は、20歳で自身の日本語力、文章力を
磨くため試行錯誤しながら古典などの読書や漢字
の練習等に励んでいます。

雪斎先生は若い頃、どのような読書生活を
送られていましたか?
ご多忙とは思いますが、お勧めの本等、いつかブログに載せてもらえると嬉しいです。


これからもご活躍を期待しています。

Posted by: 秋桜 | September 26, 2008 at 10:19 PM

やっとコイズミが去りました。彼はいい仕事をしたと思うのですが、首相を辞めた後の影響が大きすぎました。

それは特に自民党以外の政治家とマスコミでひどくて、猫も杓子も「コイズミが悪い」の大合唱でありました。もう過去の人なんだから未来の政策を話してくれよ、といつも思っていたのですが、これで言い訳は出来なくなったと思います。

ま、昔ながらの「自民党が悪い」に戻るだけかもしれませんが。

Posted by: stratosphere | September 28, 2008 at 06:46 PM

はじめまして、いつも更新を楽しみにしております。
私は貧乏母子家庭育ち故に小泉竹中構造改革を熱烈に支持しておりました。本当のところもう少し引っ掻き回してからリタイヤして欲しかったのですが、それぞれ預かってる人生は一つなので無理を押し付ける訳にはいきませんよね。
しかし構造改革に反対してる人を見て思ったのですが、右翼も左翼も御題目が違うだけで結局のところ単なるクレクレ厨(2ちゃん風表現)なんですね。心底うんざりしました。

Posted by: 一庶民 | October 01, 2008 at 07:43 PM

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