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September 30, 2008

「波乗り」としての政治

■ 昨日、麻生太郎総理の所信表明演説をリアル・タイムで視聴した。
 「驚いた」の一言である。
 ここまで、野党・民主党に対して、挑発的な色合いを持った演説というのも、あまり例はないのではなかろうか。
 案の定、民主党は、怒り心頭のようである。小沢一郎さんの憮然とした表情が印象に残った。
 雪斎は、10月解散という話には、段々、リアリティを感じなくなってきた。
 ニュースを見たら、公的資金投下法案が米国連邦議会下院で否決され、ニューヨーク市場は、ダウ平均が778ドル暴落し、過去最大の下げ幅だそうである。下院で否決票を投じた議員は、肌に粟を生じさせているかもしれない。おそらく、次の協議では、まともに対応しなければという雰囲気になるのではなかろうか。
 こうして考えると、麻生内閣が、のんびり選挙に打って出るかは、かなり疑問がある。民主党も、もし政権を担えば、この経済混乱への対応が最優先の課題になる。マニフェスト云々よりも、とりあえず「そこにある危機」に対応しなければならないということである。
 政治は、「波乗り」に似ている。好むと好まざるとにかかわらず。とにかく来た波に上手く乗らなければならないのである。それが出来なければ海中に持っていかれるだけである。此度の「波」は、とてつもない大きなものである。麻生総理が、上手く乗り切れば、その功績は後世まで語り継がれるのであろう。

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September 29, 2008

ネチェシタの意味

■ これで本当に10月解散による総選挙に踏みきるのであろうか。
 □ 新たに200万人保険料負担 後期高齢者医療制度 共同通信 9月25日
 4月の後期高齢者医療制度導入で、これまで医療保険料を免除されていた人からも新たな保険料の徴収が始まるなど、社会保険料負担が10月から一部で重くなる。
 同制度に加入する75歳以上のうち、サラリーマンの子どもらに扶養されていた約200万人も10月から保険料を納付しなければならなくなった。これにより、75歳以上で保険料をこれまで払ってきた人も加え、年金からの天引き対象者は、最大で約325万人増え約1150万人に上る。
 さらに65-74歳で国民健康保険に加入している人のうち、新たに約300万人が天引きの対象となると見込まれている。この結果、75歳以上と合わせ、15日の年金受給日に保険料を天引きされる高齢者は、最大約625万人増え約1500万人になる見通し。
 また2004年の年金改革に伴い、厚生年金の保険料率は、労使折半でこれまで14・996%だったのが主に10月分の給与から15・350%にアップ。今後も17年度に18・3%で固定されるまで、毎年0・354%ずつ引き上げられる。

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September 26, 2008

「構造改革」は未だ成らず。

■ 小泉純一元郎総理が引退を表明した。
 雪斎は、今でも、小泉「構造改革」路線の熱烈な支持者である。小泉「構造改革」路線の核は、「国家に依存し、寄生する精神」を退場させることにあった。そうしたことを説明するのに、「市場経済原理主義」云々という話は、意味はない。福沢諭吉が説いた「一身独立して一国独立す」の大義に忠実であったのが、小泉「構造改革」路線の性格である。雪斎は、「他人に依存する(させる)福祉」批判を言論の出発点にしていたので、その点では「独立自尊」教徒とはいえるかもしれない。小泉純一郎という政治家は、そうした雪斎の信条には適合していたのである。

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September 25, 2008

麻生内閣始動

■ 麻生太郎内閣発足である。明日金曜、産経「正論」欄に「麻生内閣発足」に関する原稿を載せる。今月は、三編書いたことになる。
 色々な見方があるとおもうけれども、雪斎が注目しているのは、次の三つである。
 1 中曽根 外務
 2 石破   農水
 3 小渕   少子化担当
 1980年代、「ナカソネ」の国際的な知名度は、たいそうなものであった。大勲位の子息が外相になるわけであるから、「ナカソネ」の名前は、ぜひ、活用してもらいたいものである。特に外交の世界では、貴族主義的な色彩が多分にあるのであれば、そうしたことは、かなり大事である。
 中曽根さんの外相起用には、「小泉的なるもの」の棚上げという意味合いもあるのかもしれない。中曽根さんは、あの郵政解散のトリガーを引いた「参議院の造反」の中心人物であった。そうした人物の重職復帰である。自民党の中でも、ギア・チェンジが図られているということおであろう。

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September 24, 2008

人間万事、塞翁が馬。

■ 麻生太郎新総裁が登場である。
 しかし、麻生さんは、本来は、「小泉後継」の一番手といわれた人物である。
 「小泉後継」が語られた頃、安倍晋三さんは、「まだ若い」と思われた。福田康夫さんにいたっては、「総理になるとは思われていなかった」。
 麻生さんにとって、安倍、福田の二代を挟んだということの意味は、どう出てくるであろうか。
 

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September 21, 2008

「過去と争い、急進な未来と争う」という姿勢

■ 「大久保が斃れたのは、過去と争い、急進な未来と争い―久光・西郷と争い、板垣と争った結果であることは、一点の疑もない」。
 清沢冽が著した『外政家としての大久保利通』は、このフランス人歴史家の大久保利通への評を引用して締め括られる。この清沢の大久保への評価は、政治家の責任を考える上で興味深い。

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September 18, 2008

「主流」と「傍流」

■ リーマン・ブラザーズとメリル・リンチという二つの米国証券会社が同時に吹っ飛ぶというのは、誠に戦慄すべき光景である。しかし、この二つの会社は、米国の金融の世界では、「傍流」のようなものであるらしい。主流は、あくまでも、「ゴールドマン・サックス」、「モルガン・スタンレー」なので、この二つさえ護れれば、他の「雑魚」は消えてもらっても、米国の「エスタブリッシュメント」にとっては、余り困らない。雪斎は、そのような話を聞いたことがある。
 このように、何処の国でも、「主流」、「傍流」の浮き沈みがある。

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September 17, 2008

政治と漫画

■ 劇画『』ムダヅモ無き改革』を紹介したけれども、政治を扱った「漫画}の研究というのをはじめたたら、どういうことになるのであろうかと考えて、少し準備を始めたところである。
 メジャーなところから、とりあえず、こういうものは、どうであろうか。
 1 『サンクチュアリ』
 2 『加治雄介の儀』
 3 『小説・吉田学校』
 4 『票田のトラクター』
 5 『イーグル』、『沈黙の艦隊』、『ジパング』、『メドゥーサ』、『太陽の黙示録』といったかわぐちかいじ作品
 6 『やぶれかぶれ』、『国が燃える』といった本宮ひろ志作品
 7 『クニミツの政』
 雪斎が個人的に好きなのは、『サンクチュアリ』である。ただし、これは、「教科書」としては使えない。実際にやれば、「セクハラ」になりかねない。かわぐちかいじさんの作品は、話が広がり過ぎるような気がする、雪斎は、ファンなのではあるけれども…。どうも、学生に「教科書」として読ませるに相応しいものは、見つけにくいようである。
 いっそのこと、雪斎が原作を書いて、漫画にしてもらおうかと夢想する。「流血の日曜日」の後の、「100年に一度」の金融危機の最中に書くエントリーにしては、浮世離れしたものである。

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September 15, 2008

それぞれの「破釜沈舟」

■ 小沢一郎さんも、「破釜沈舟」の構えを示したということであろうか。
 □ 小沢代表の「国替え」明言=次期衆院選で民主・鳩山幹事長
                 9月14日11時54分配信 時事通信
 民主党の鳩山由紀夫幹事長は14日午前のテレビ朝日の番組で、小沢一郎代表(岩手4区選出)が次期衆院選で出馬する選挙区について「岩手からは出ない」と明言した。鳩山氏はこの後、記者団に「小沢氏はかねてから自分も背水の陣を敷く。別の選挙区から出ると何度か言っていた」と語った。
 太田昭宏公明党代表の地盤である東京12区に転出する可能性に関しては「これからの公明党との距離感にもよるが、一つの有力な選択肢」と語った。

 何処から出るのか。小沢さんが自ら「刺客」になるということであるから、その倒すべき相手は、少なくとも総理経験者、党代表ということになるのであろう。
 だとすれば、「森の石川、「小泉の神奈川」、「安倍の山口」、「福田の群馬」、そして今後の展開しだいであるけれども、「麻生の福岡」という具合になるのであろう。

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September 12, 2008

新著刊行報告

■ 昨日、通勤途中で派手に転倒し、頭部と手に傷を作って、大学に辿り着く。大学に着くなり、医務室に駆け込んで手当てをしてもらった。転倒したのが、車道の「ど真ん中」であったので、流石に慌てた。
 同僚のT准教授に、「9・11テロですな…」と寒いジョークを言ってしまった。本当に寒いジョークであった。T准教授には悪いことをしたなと思う。反省する。

■ 本日十二日付けで雪斎の新著が刊行される。
 ● 『漢書に学ぶ「正しい戦争」』(朝日新書)
 拙ブログの「雪斎の著書」欄でも紹介した。
 雪斎は、このエントリーをヨハネス・ブラームス作曲、交響曲第一番を聴きながら書いている。ベルナルト・ハイティンクの指揮、シュターツカペレ・ドレスデンの演奏のものである。ブラームスは、二十年がかりで交響曲第一番を
完成させた。宮崎駿監督は、紆余曲折の末に、その名声を高からしめた『風の谷のナウシカ』を送り出した。どちらも、「芸術家43歳の作品」である。
 本書もまた、雪斎の「43歳の作品」である。無論、ブラームスや宮崎監督の傑作に本書を並べるなどは、おこがましいことには違いないけれども、それでも、雪斎にとっては、本書がひとつの「区切り」であることには違いない。
 雪斎にとっての「最大の幸運」は、良き師匠・先達に恵まれたことである。
 北海道大学では、木村汎、長谷川毅、外川継男、中村睦男、中村研一、長谷川晃、山口二郎、川崎修、酒井哲哉の各先生にお世話になった。
 東京大学では、佐々木毅、五十嵐武士、故・鴨武彦、高橋進、猪口孝、田中明彦の各先生の謦咳に接した。
 そして、北岡伸一先生、中谷巌先生、松本健一先生には、言論家としての「烏帽子親」になって頂いたようなものである。
 本書は、愛知和男代議士に奉げた。
 次は、「新たな地平」を目指さなければならない。

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September 11, 2008

 「今度もまた負け戦だったな…」。

■  「今度もまた負け戦さだったな」。
   「 はっ?」。
   「いや、勝ったのはあの百姓たちじゃ、儂たちではない」。

 いわずと知られた『七人の侍』の最終版の台詞である。
 日本人は、群像劇だといえば、何人のものが身近なのか。
 『七人の侍』の「7」か。はたまた「戦隊モノ」の「5」か。それとも、『隠し砦の三悪人』の「3」か。
 自民党総裁選挙も、「候補乱立」という言葉が踊っているけれども、別段、「乱立」というほどのものでもない。
 最大、「7」で行ってくれれば、ちょうどよいと思っていた。。 
 当初、名前が挙がっている人々を数えれば、麻生、与謝野、小池、石原、石破、山本、棚橋で、確かに「7」であった。結局、「5」に収まった。
 ところで、人間の人生で「勝ち戦」ばかりという人々は、どれだけいるのであろうか。
 今、名前が挙がっている人々の顔ぶれを見れば、少なくとも、政治家として「楽な生活」を送った人物は、あまりいない。
 麻生さんは、総裁選挙で二度、負けている。
 与謝野さんは、議席を失っている。
 石原さんは、父親の地盤を継いだわけではない。
 小池さんは、「国替え」で議席を守っている。
 石破さんは、退潮の派閥で、「下克上」的に出馬に踏み切った。
 こうして考えると、安倍、福田の前任総裁は、「余りにも簡単に総裁になってしまった」というのが、正直なところあろう。安倍、福田の両総裁は、たんなる「二世代議士」というよりは、「派閥領袖の二世」である。要するに、「清和会」という派閥のなかでは、「大事に扱われてきた」のである。
 果たして、それでよかったのであろうか。
 政治家とは、民衆のために、「今度も負け戦だったな…」と絶えず口走ることになるかもしれない人生を選んだ奇特な人々のことである。だとすれば、「敗北体験」ないというのは、不味いことなのであろう。
 因みに、雪斎も、人生における「勝ち」と「負け」の比率を数えたら、間違いなく 1対9 である。
 ただし、「重要な勝負」には負けなかったから、それで何とか首がつながっている。
 山中鹿之助に倣って、いってみよう。
 「願はくは、我に七難八苦を与え給へ」 。
 こういうことを書いている雪斎は、政治を観察しても、自ら政治家にはなれない。

 

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September 09, 2008

日米関係の構図

■ 派閥単位で事前に誰を推すかが表明され、投票は「儀式」以上の意味を持たなかったというのが、安倍、福田両総裁誕生の経緯である。小泉総裁誕生時には、下馬評は「橋本龍太郎優勢」であった。この下馬評が覆されたことが、一種の「サプライズ」となり、それが「小泉人気」の出発点になった。
 ところで、10月解散、11月投票という線で政局が動けば、来年以降の日米関係は、次の4つの組み合わせのいずれかで動くことになる。

Ⅰ  自民党主軸内閣 × マケイン共和党政権
Ⅱ  自民党主軸内閣 × オバマ民主党政権
Ⅲ  民主党主軸内閣 × マケイン共和党政権
Ⅳ  民主党主軸内閣 × オバマ民主党政権 

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September 08, 2008

好況の「徒花」

■ 二つの報道を比べてみる。

 □ <ジュリアナ東京>ボディコン、扇子、お立ち台…バブルそのままに一夜限り復活 師匠vsバブル青田のバトルも
9月7日8時2分配信 毎日新聞
 バブル末期に一世をふうびした伝説のディスコ「ジュリアナ東京」が9月6日、一夜限りで復活した。音楽会社「エイベックス」の創立20周年記念イベントの一環。会場となった東京都江東区有明のイベントホール「ディファ有明」は、当時そのままの「ミニスカ」「ボディコン」で身を固めた女性らで埋め尽くされ、30、40代の青春時代を再現した熱い一夜となった。
 ジュリアナ東京は91年5月、東京・芝浦に開業。過激な服装に身を包んだ女性が扇子を片手に、お立ち台と呼ばれるステージ上で踊る姿は時代を象徴する現象となった。しかし、93年12月にお立ち台を撤去してからは客数が激減し、94年8月に閉店した。以下、略。

 □ 月例経済報告:景気後退入り認める 戦後最長の拡大終了
                             毎日、8月7日
 与謝野馨経済財政担当相は7日、8月の月例経済報告を関係閣僚会議に提出した。基調判断を前月までの「景気回復は足踏み状態」から「景気は、このところ弱含んでいる」に下方修正。世界経済の減速などによる輸出の減少基調で生産の落ち込みが鮮明になり、04年1月から使ってきた「回復」の文字を4年8カ月ぶりに外し、景気の後退局面入りを事実上認めた。与謝野経財相は会議後の記者会見で「長い間続いた(日本経済の)順調な歩みが、ここで曲がり角に来た」と指摘。原油高などに対応した総合経済対策の策定、実行を急ぐ考えを示した。以下、略。

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September 07, 2008

予備選挙の効用

■ 結構なことである。もっと大々的にやればよろしい。
 □ 全都道府県で予備選=任期途中では初-自民総裁選
                9月6日19時45分配信 時事通信
 自民党総裁選で、全国の47都道府県連が党員・党友投票による予備選を実施することが6日、時事通信社の調べで分かった。同党によると、総裁が任期中に欠けた場合の総裁選で、全都道府県連が予備選を行うのは初めて。党員・党友参加のオープンな形で総裁選を盛り上げ、次期衆院選にもつなげようとの思惑がうかがえる。
 昨年の総裁選では、福島、茨城、群馬、山口、福岡の5県が幹部らの話し合いで支持候補を決めたが、今回は党員・党友参加の予備選に転じた。
 今回の総裁選は、党所属国会議員各1票の387票と、各3票が割り当てられる都道府県連の141票を合わせた計528票で争われる。
 予備選の投票方式に関しては、東京都連や福岡県連など11都県で、1位の候補が3票すべてを獲得する「総取り方式」を採用する方向。得票割合に応じて各候補に3票の持ち票を配分する「ドント方式」は25道府県で行う。「未定」は11県だった。
 党総裁選挙管理委員会は、予備選の結果を22日午後2時からの国会議員の投票前に明らかにしないよう、各都道府県連に指示する。 

 この予備選挙というシステムを、今後は自民党総裁選挙の「基本」型にすることが大事である。全都道府県で予備選挙をやるのは、初めてとのことであるけれども、これを以後の前例にしなければならない。きちんとと党員・党友が総裁選挙で投票できることになれば、これは擬似的な「首相公選」という趣も出てくる。「自分の意見を反映できる」という信頼感が出れば、政治に対する意識も高まってくる。自民党の党勢云々よりも、こうした意識の高まりを促すという効用が、大きいであろう。

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September 06, 2008

「一時の屈は萬世の伸なり」。

■ 自民党総裁選挙は、「志ある人々は総て出る」という雰囲気になってきた、結構なことである、
 昨日の段階で、石破茂、山本一太、棚橋泰文の各氏も出馬の意向を示した。
 これに加えて雪斎は、谷垣偵一さんや中川昭一さんにも出てもらえないかなと思う。
 候補が八人も九人も並んでくれれば、「麻生の次」は困るまい。「スペアは幾らでもいる」ということを示すのは、政党の強さなのである。
 振り返れば、安倍晋三、福田康夫の両氏は、「負けた経験」を持たない政治家であった。「負けた経験」をも持たない故に、その終りは似たようなものであった。
 此度の選挙の結果、確実に五,六人は、「負けた経験」を積むことができる。このことの意味は、小さくない。
 吉田松蔭が野山獄に送られた折、父親が次のように語ったとされる。
 「一時の屈は萬世の伸なり、繋獄何ぞ傷まんや」.。
 ところで、昨日夜、NHKニュースで、石破茂さんが、「経済」に関する持論を語っていた。石破さんは、「軍事」通として以外の別の顔を披露できだ。こうしたことも、出馬することの「効用」であろう。雪斎も、石破さんの出馬は、少し嬉しい、
 話は替わる。「それならば、雪斎は誰を支持するのか」と問われれば、どう答えようか。
 その答えは、「今は、見る阿呆なので…」というものである。
 そもそも、雪斎は、自民党員ではないのである。
 こうしてみると、民主党代表選挙が「小沢氏の無風再選」となるのは、惜しかったというほかはない。
 たとえば野田佳彦さんや枝野幸男さんが出て、「小沢の次は俺だ」とアピールして欲しかったとおおもう。
 民主党は、小沢で負けた場合のことを考えているであろうか。


 

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September 04, 2008

「宰相」への階段

■ 原稿締め切り直前なので、若干の所見である。
□ 4人で争う様相=伊吹派は麻生氏支持-自民総裁選
                9月4日20時9分配信 時事通信
 自民党総裁選は4日、伊吹派が役員会で麻生太郎幹事長の支持を決定。出馬の意向を表明した与謝野馨経済財政担当相は準備を本格化させた。出馬に意欲を示す小池百合子元防衛相と石原伸晃元政調会長も20人の推薦人集めを進めており、4人による争いの様相となってきた。
 第5派閥の伊吹派は4日午後、会長の伊吹文明財務相や中川昭一元政調会長ら幹部による役員会を開き、派としての候補擁立を見送るとともに「麻生氏支持を総意とする」ことを決めた。ただ、各議員の選挙区事情を考慮し、メンバーの投票行動は縛らないことも確認した。党内8派のうち、麻生氏が所属する麻生派以外で同氏の支持を決めたのは、伊吹派が初めて。
 
四人が揃ったけれども、まだ数が足りないような気がする、谷垣偵一さんや中川昭一さん辺りは、手を上げるべきである。
 というのも、此度の選挙では、麻生太郎さんを総裁にする流れが強いけれども、その一方では、「麻生が総裁になるならば、麻生の次は俺だ」と世にアピールする機会としての意味合いがあるからである。気が早いようであるけれども、麻生内閣が頓挫したときに、此度の選挙に出なかった人々が、麻生後継に名乗りをあげる説得力は、乏しいとみるべきであろう。
 小泉純一郎さんは三度、出馬している。麻生さんも、四度目である。「出ては負け」を繰り返しながら、「宰相」への階段を上っていく。総裁選挙には、そうした意味がある、、

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雑記 080904

■ 一昨日、産経新聞「正論」欄に寄稿した。まったく反響を呼ばなかった。それは仕方がない。一昨日の各紙紙面は、「福田ショック」を伝える記事で埋め尽くされていたのだから…。
   ● 「飽和点」としての北京五輪
 ということで、「福田辞任」を受けた「正論」欄原稿を執筆中であるl。脱稿は、本日未明予定である。二週連続登場ということになりそうである。実は、もう一編を書く予定があるので、今月は三編を乗せることになりそうである。

■ 昨日夜、NHK歴史番組「その時、歴史が動いた」に、長谷川毅先生が登場していた。
 これは、現代史を扱ったプログラムのときには、五百旗頭真先生や中西寛先生が登場したりしているから、「歴史バラエティ」としては侮れないところがある。
 驚いたのが、インタビューを受けている長谷川先生の後ろにある本棚に雪斎の著書が並んでいて、しかもそれが矢鱈にはっきりと映し出されていたことである。
 何かの前触れかいなと思う。

■ 続く音楽番組「SONGS」で薬師丸ひろ子さんの現況を知った。
 既に四十歳を過ぎた彼女の声で、「セーラー服と機関銃」を聴けたのは、貴重であった。

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September 03, 2008

「養成」の衰退

■ ベルナルト・ハイティンクという指揮者がいる。長らくオランダのロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団の常任指揮者を務め、ボストン交響楽団やシュターツカペレ・ドレスデンのような名門オーケストラを振って、今はシカゴ交響楽団のシェフである。その中庸、堅実を旨とする指揮において、雪斎が最も好きな指揮者の一人である。
 昨日も下の一枚を聴いた。
 ● 「マーラー 交響曲第4番」 
 ところで、このハイティンクという指揮者は、前任のエドゥアルト・ファン・ベイヌムが若くして世を去ったために、三十歳の「若造」の立場でコンセルトへボウの常任指揮者を任された。そして、ハイティンクは、長い間、「凡庸」、「退屈」と評された。しかし、今は、現代最高の名匠の一人として数えられている。「若者には、機会を与え、長い目で見守る」。そうしたヨーロッパ流の人材養成の流儀がうまくいった事例である。
 政治家の養成という営みも、似たようなところがある。選挙で当選すれば誰でも、「政治家」になれるわけではない。ひとつの政策を練り上げるにも、数々の人々の「協力」が要る。その「協力」を取り付けるためには、「彼のためには骨を折ってやろう」と思わせる魅力や技量が要る。そうした魅力や技量を身に付けるためには、かなりの長い時間が要るものなのである。メディアの世界には、「『政治家の養成』には時間が要る」という理解は、どれだけ浸透しているであろうか。特にブログの世界では、記述の後に「(苦笑)」などという言辞を付けて、論ずる対象の政治家を嘲っているものがある。こうした種類の言論は、煎じ詰めれば、「俺は偉いんだよ」というカタルシスを得たいだけの代物である。罵倒と嘲笑で人材が育った事例を雪斎は知らない。罵倒と嘲笑の色合いを持った政治評論は、政治評論としては最も低級の部類に属する。
 因みに、「ワーキング・プア」の問題は、「格差」云々というよりは、「人材を使い捨てるだけで育てない」ということである。この件は後日、別に書こう。雪斎も、「永田町」での最初の数年は、二十万円に満たない給料で暮らした。全然、不満を感じなかった。「育ててもらっている」と感じられたからである。「永田町」に居る頃から、「メディア」や「霞ヶ関」をに出入りさせてもらって、物を書く機会を与えてもらった。だから、今の立場がある。
 そういえば、明治財界の大立者であった渋沢栄一も、一橋慶喜の家臣に取り立てられた当初は、「家の鼠を捕られて食べる」暮らしをしていたのである。しかし、慶喜の弟、徳川昭武に随行して、フランスに渡る機会を得たことが、その後の「日本資本主義の父」たる原体験となった。
 「若者には、機会を与え、長い目で見守る」。それが養成ということの流儀である。こうしたことが忘れられていないか。

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September 02, 2008

福田辞任直後の所見

■ ちょっと驚いたニュースである。
 □ 福田首相が辞意を表明=在任1年、政権運営行き詰まり-麻生氏が後継の軸に
9月1日21時26分配信 時事通信
 福田康夫首相は1日夜、退陣する意向を固めた。同日午後9時半から首相官邸で緊急記者会見し、表明する。求心力低下が指摘される中、12日召集予定の臨時国会を乗り切るのは困難と見て、自らの退陣により、事態の打開を図る必要があると判断したとみられる。

 昨日、一部のメディアが流した世論調査の結果は、内閣支持率の低下を示していた。先刻の内閣改造は、政権浮揚につながらなかったわけであるし、それが福田総理の辞任という判断に影響を及ぼしたであろううということは、容易に推測できる。
 ジョン・マケインのサラ・ペイリン指名がバラク・オバマの話題を消したように、福田辞任/後継総理選出/新内閣発足という流れの中では、民主党の話題は消える。
 こうなれば、福田後継が誰になるかという問題が、急遽、浮上する。それは、小沢一郎氏に対抗する自民党の「顔」が誰かという問題である。麻生太郎氏が本命であろうけれども、それ程、すんなりいくであろうか。もし、無風で麻生後継が決まるようならば、自民党の政党としての将来は、かなり暗いと見るべきであろう。
 それにしても、この国は、政治家を「浪費」し過ぎる。この国の人々は、政治家も「育てる」ものであると判っているであろうか。「変えろ、変えろ、変えろ…。そして、誰もいなくなった…」。民主党も、二十年前と同じ「顔」であるし、自民党も「顔」になりそうな人物が次々に減っていく。そのことの影響を直接にこうむるのは、国民自身なのであるけれども…。
 最後に、雪斎は、福田康夫という政治家には好い感情を持っていた。特に対外政策の点では、そうである。「内治/小泉、対外政策/福田」という路線が、雪斎にとっては最も好ましいと思われる政策志向である。現実の政策志向は、雪斎が好ましいと思っているものからは、かなり離れていっている印象がある。

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September 01, 2008

共産主義体制と「文化」

■ 暫く前に、チャン・ツィイー主演の映画『ジャスミンの花開く』を観た。
 祖母、母、娘の三代をチャン・ツィイーが演じ分ける趣向の映画である。
 祖母jは1930年代の上海で女優だった。
 芸能会社の社長に手を付けられ、妊娠し、そして捨てられた。
 母は、1960年前後のの文化大革命直前の時代に生きた。
 労働者階級・共産主義者の男と結婚した。嫁ぎ先との生活環境の違いに苦労した。
 娘は、1980年代の「改革開放」の時代に生きた。
 結婚した男は、富を求めて日本に行き、そして帰ってこなかった。
 この映画で、どのチャン・ツィイーが魅力的かと問われれば、大概の人々は、1930年代の「女優」を演じたチャン・・ツィイーだと答えるのではないか。「緑のチャイナ・ドレス」に身を包んだチャン・ツィイーは、本当に美しい。

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