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April 19, 2008

中国との「距離感」

■ 長野・善光寺が「聖火リレー」のスタート地点になることを辞退したそうである。
 聖火リレーの段階で、もめている。
 メーン・スタジアムも、まだ完成していないそうである。
 これだけの不安のあるオリンピックも、1980年のモスクワ以来であろう。 

 下掲は、自由民主党機関誌『月刊自由民主』5月号に寄せた最新原稿である。「中国とは半身の構えで付き合え」というのは、どうやら正しいものなのでないかと思うようになってきた。この論稿それ自体は、抑えた調子で書いたけれども…。「わがまま勝手に振るまう人は、自分で懲りて学ぶより他はない」。『リア王』に出てくる台詞である。中国共産党政府の末路もかくやとと思う。
   □ 中国との「距離感」を考える。
 日本にとっては、中国は誠に厄介な隣国である。三月中旬、中国チベット自治区で発生した暴動は、北京オリンピックのような国際催事の開催を控えた中国にとっては、対外印象を損ねるものになった。暴動発生の直前、三月十一日、米国国務省が発表した『二〇〇七年版人権状況報告書(2007 Country Reports on Human Rights Practices)』では、独裁政権下で組織的な人権侵害が行われている国々の一覧から、昨年まで含まれていた中国が外されていた。米国は中国の経済上の隆盛を考慮し、対中宥和姿勢を示したと推測されるけれども、それは誠に時宜を得ない対応になったと評する他はない。
 もっとも、『時事通信』(三月十五日)配信記事によれば、コンドリーザ・ライス(米国国務長官)は、「平和的に始まった抗議行動が、死者を出す騒乱となったことを深く悲しんでいる」とした上で、「ラサとその周辺で軍、警察が大規模に展開されているとの情報を懸念している」と中国政府に自制を求めた。ライスは、中国政府に対してだけではなくデモに参加した僧侶や民衆にも行動の抑制を求めた。
 欧州諸国の反応は、人権重視の姿勢を反映して中国政府に厳しいものになっている、暴動発生直後の欧州諸国政治指導層の反応は、報道を総合すれば次のようになる。ベルナール・クシュネル(フランス外務・欧州問題担当相)は「全加盟国が中国を強く批判した。中国は人権を尊重すべきだ」と指摘するとともに、中国は北京五輪開催と同時にチベット人の意思も尊重すべきだと語り、事態悪化の場合には北京五輪への参加にも悪しき影響が及ぶであろうことを示唆した。マッシモ・ダレーマ(イタリア副首相兼外相)は、「中国は抑圧を終わらせる必要がある」と語り、僧侶や民衆の抗議行動に同情的な姿勢を示した。デーヴィッド・ミリバンド(英国外相・連邦相)は、「中国政府とデモ当事者の双方に自制を求める」と呼び掛けた。
 本稿を執筆する三月下旬時点では、このチベット騒乱の帰趨は、筆者には判断がつかない。ただし、確実にいえることは、中国共産党による「統治」を前提にする限りは、こうした騒乱の火種は燻り続けるであろうということである。率直にいえば、日本には、欧米諸国に比べれば遼かに微妙な対中関係の切り回しを要請されている。チベット情勢に絡む中国政府の姿勢を「人権」の観点からのみ大上段に批判することは、欧米諸国ならばともかくとして、中国に隣接し、その動向の影響を直接に被らざるを得ない日本にとっては、決して賢明なものではない。特に一九九〇年代以降の隆盛といった要件を脇に置いてもなお、中国の存在それ自体が、細心な対中姿勢を日本に要請しているのである。中国に関しては、その「隆盛」も「混乱」も、日本に対する「脅威」に転じやすいものなのである。もっとも、中国政府は、チベットと台湾の扱いを国家の統一の観点から同種の案件と認識しているかもしれないけれども、日本にとっては、それは完全に別種の案件である。中国政府の姿勢がどれだけ具体的な影響を日本の周辺情勢に及ぼしてくるかによって、日本の対応を変わってくる。このことの意味は、適宜、中国政府に伝えられるべきであろう。
 高坂正堯(国際政治学者)は、「米国とは仲良くせよ、中国とは喧嘩するな」と語ったと伝えられる。この高坂の言葉は、中国との「距離感」を把握する上では誠に示唆深い。折しも,中国産「汚染餃子」の一件は、「グローバリゼーション」の趨勢の中で「何をどこまで依存するか」ということの見極めが、日本の人々に要請されるようになっていることを示唆しているけれども、チベット情勢のように「人権」といった普遍的な価値が問われる案件もまた、「中国との接近には自ずから限界がある」という「距離感」を認識することこそが、対中関係を運営する前提であることを示しているのである。中国の経済発展と対中交流がもたらす「実利」に幻惑されることもなく、チベット騒乱のような事件を前にしても過剰な反応に走らないためにも、こうした「距離感」への認識に裏付けられた対中政策の基軸を確りと保つことが、現下の日本には要請されている。
『月刊自由民主』(2008年5月号)掲載

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Comments

 なんだかんだ言って支那から一番利益を得ているのが日本ですからね、支那の力を最大限引き出すことが"できない"けれども安定はしている今の体制をだらだら続けさせる方が私達の利益になると思います。

 それで留学生を日本に入れて自由を味合わせた上でどしどし送り返せばいいと思います(笑)

 中共に言わせるとチベット人も同じ中国の国民らしいですから、他の省の漢民族同様にもっともっと日本に来てもらって自由に生活してもらえばいいと思います。善良な中国人が日本で何やってるかなんて我々は関知しません(笑)

Posted by: べっちゃん | April 19, 2008 at 05:55 PM

お久しぶりです。happy01
 大陸では、力が支配する状況になりやすいのでしょうね。 
 実は・・・
 中国出身のおねーちゃんたちが、日本の農家と結婚して、田舎の伝統と米作りを支えたり、大田区の小さな工場の嫁となって、日本の製造業を支えたり・・・頑張っている彼女たちもたくさんいます。今の日本の若いおねーちゃんたちで、そこまで泥まみれになって働こうなんて思っていないでしょう。なんで頑張れるのかというと・・日本の男は優しいから・・と言うんですね。祖国とも微妙に距離を置き始めるのです。
 大陸時代の話を聞くと、僕らが知っている中国なんてほんの一部に過ぎないと思います。わが国のような、秩序というか、団粒構造的な腰の強さが、あまりないんです。一方で、個人の自由(補償されいない)はわが国以上?にありながら人権はカネと武力?に比例するような?状態に感じます。あちらでは買い物から両替まで、大きな声で怒鳴りまくらないと進まない・・。距離を保つというより、異質な世界だと思います。
 (おねーちゃん)からの視点は鋭いものでして、「中国との距離」だけでなく、様々な「国々」「組織」との「距離感」を考えるにあたって、大いに参考になると思います。 

 PS 旧満州地区の開発は南部沿岸地域に比較して遅れ気味ですよね。
 気候が厳しいのか、漢人にとって異民族なのか??
 色白の美人が多いのに・・・heart
 
 

Posted by: SAKAKI | April 20, 2008 at 08:42 AM

良き軍師は良き商人のように機を見るに敏でえげつないです。親中派のふりをして味方を欺くとは。夷(中共)は夷(欧米)をもって制すべし。しかも、自ら手を下さずにということですね。

Posted by: しまだ | April 20, 2008 at 08:25 PM

聖火リレーを直接妨害するような行動ではなく、
チベット僧の法衣の色の服、あるいは、
たすきとか鉢巻とかをつけたランナーが
青い服を着た聖火警備隊に囲まれて黙々と走る

・・・と面白いなーと夢想してます。。

Posted by: 小出 | April 21, 2008 at 11:01 PM

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