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April 25, 2008

告別の辞

■ 一昨日のブログ運営停止宣言は余りにも唐突であったので、あらためて「告別の辞」を記す。 

 ① ブログは「床屋政談」である。
 雪斎は何故、ブログを始めたのかといえば、「床屋政談」に政治学者の立場で関わってみようと思ったからである。金融、医療、科学技術という分野ならば、専門外の人々が口を差し挟むのは、考えられないけれども、政治に関しては、そうした制約はない。それならば、「誰でも語りうる政治」の研究をを生活の糧としている政治学者が、世に関わる意味は何なのか。
 昔、アーサー・フィードラーという名指揮者がいた。ボストン交響楽団を母体するボストン・ポップス・オーケストラの常任指揮者だった。ボストン・シンフォニーの演奏が、「正装」であるとすれば、ボストン・ポップスの演奏は、「着流し」のようなものである。要するに、クラシック音楽を敬遠しがちの普通の人々を相手にするには、「燕尾服」ではなく「普段着」で演奏しなければならないというのが、ボストン・ポップスの趣旨であり、フィードラーは、その趣旨で演奏したのである。因みに、若き日の小澤征爾さんに「君は頂上を目指せ。俺は底辺を広げる」と語った山本直純さんは、「日本のフィードラー」と呼ばれたのである。山本さんも、日本のクラシック音楽の世界では理解されなかった。小澤さんを含めて、「底辺を広げる」という意図を理解できた人々を除けば…。
 政治学者にとっては、「学術論文」が「正装」、「新聞・雑誌論文」が「平服」、「ブログ」が「着流し」ということになる。雪際がブロウでやろうとしたのは、「着流し姿」の」アーサー・フィードラーの演奏である、
 政治学者は、「民主主義体制の成熟」に何ほどかの責任を担っている。そうした責任を果たしていくのには、ブログは、かなり有効なツールである。ただし、それは、あくまでも、「着流し」でやるという姿勢が必要である。
 雪斎の議論を批判する人々の中には、「学者の議論らしくない」というものがあった、だが、そうした人々は、燕尾服姿で縁台将棋を指せ「」とか「床屋政談の場で学会発表をせよ」と要求しているようなものである。こうした要求それ自体は、「時間、場所、状況をわきまえない」振る舞いいなのではないか。
 「誰を相手にするか」を考えない言論などは無意味である。

 ② 「どのポイントから富士を眺めているか」という視点
 霊峰・富士は、どのポイントから眺めるかということで、その様子が変わってくる。しかし、どのポイントから見ても、富士は富士である。
 故に、政治を論ずる際、「どのポイントから眺めているか」を明示することは、大事なことである。雪斎は、「為政者に献言する」という姿勢で、できるだけ徹底させようとした。雪斎のことを「御用学者」と呼ぶ向きはあるけれども、「軍師」が「君主」に近い立場に立たないで何ができるというのであろうか。「権力は「賢明に使う」ためのものであって、「批判する」ためのものではない。主権者として「他の何にも制限されない権力」を有している国民は、その「権力」の意味をどこまで理解しているのか。
 加えて、世の中には、「静岡側から眺めるのが本当の富士だ。山梨側から眺めるのは怪しからぬ」とでも言いたげな御仁がいるのには、辟易した。やる気が萎えた所以である。

 以上、ブロガーとしての雪斎の「告別の辞」である。先日エントリーでも書いたように、「永久に運営を停止する」と表明したわけではないので、時機が巡れば再開することもあろう。
 ということで、皆さん、こきげんよう。
                                  雪斎

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「学者生活」カテゴリの記事

Comments

長い間、大変お疲れ様でした。
私は「政治」より「政局」好きなので、床屋政談が大好きでした。
ちなみに私が雪斎さんからレス頂いたのは、島村佳江さんのついての話にコメした時だけでした(笑)
機会があったら、またのんびりお話したいですネ。
ではでは。

Posted by: who | April 25, 2008 at 03:14 AM

雪斎殿

このブログがなくなるのは残念ですが、学問の世界で一層活躍されることになるでしょうから、今後のご活躍を楽しみにしております。私が、国際政治や歴史に興味を持つきっかけ(私は法学部ではなかったが1年間聴講を認めていただいた)は高坂正尭先生との出会いでした。高坂先生は、学問としての政治学と、政治学者の論壇やジャーナリズムにおける政治学者の役割のバランスを、天才的といってもいいほどわきまえられていたと思います。雪斎殿も、そうであると思います。

Posted by: M.N.生 | April 25, 2008 at 09:32 AM

永らく愛読してきたのですが、大変残念です。
中道をゆく言論家が、時代に幻滅して口を閉ざしていくというのは、決してよい兆候ではないと痛感します。
賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶと言いますが、世の賢者が常に少数派であることを思うと、歴史が繰り返すことは避けられないのでしょうか。

Posted by: Akrsakai | April 25, 2008 at 10:02 AM

雪斎様
政治を語る多くのサイトの中、貴殿の清廉とも感じる文章に惹かれ、いつのまにか政治のすばらしさを教えていただきました。ありがとうございます。
貴殿の「陰謀の絡む話に実はなし、先のことなど誰にもわからぬ」が印象に残っています。「最後に笑えればそれでよい」というお話も記憶に新しいところです。
このブログが無くなることは大変残念です。大切な帰り道をまたひとつ失ったような寂しさがあります。
が、娘がこのブログで政治に興味を持ちW大の政治学科に本年からお世話になるので、政治についてまた違ったことを教えてもらえそうです。これも縁なのでしょうね。

Posted by: エンタングルめんと | April 25, 2008 at 10:39 AM

体調が悪いとおっしゃっていたので仕方ないのかな・・・
と思ってましたが、
「時機が巡れば再開することもあろう。」
に「とりあえず」
安心しました。

Posted by: nao | April 25, 2008 at 11:47 AM

以前、「権利」という言葉の起源についての話で書き込ませていただいた者です。
ブログ終了の話、最初に目にしたときは驚きと衝撃で非常に残念に思いましたが、よく考えてみれば先生が表の活動までお止めになるわけではなし、むしろ貴重なお時間を割いて我々と「床屋談義」をして下さっていたのですから、ここでは「至福の時間を本当にありがとうございます」とまず感謝する方が相応しい、と思い直しました。

ここ数ヶ月、以前はあまり見かけなかった体調の話や、お体の話が多くなり、相当大変なのかな、と思っておりました。
最初に先生の事を知ったのは、コンビニで立ち読みした週刊誌の、障害を抱えながらも議員秘書をなさっているという記事ででした。その時はただ凄い人がいるものだ、という感想しか抱けませんでしたが、それから数年後、政治思想家としての活躍を知り、更にブログで我々に直接語りかけてくれるのに接することができて、改めて先生の凄さとインターネットの可能性を再認識いたしました。

幸福な時間にもいつか終わりが必ず来ます。
これからは、活字媒体での先生のご活躍を楽しみにし、そしてもし、またブログが再開された暁には、この大きな「床屋の待合室」の隅で、先生のお話に耳を傾けさせていただこうと思います。
「今孫子」に幸多からんことを願ってやみません。

Posted by: ののまる | April 25, 2008 at 04:08 PM

雪斎先生お疲れ様でした。いろいろ勉強させていただいてありがとうございます。
これから政界も激動すると思いますので、いつかまたブログ復活を期待しています。

Posted by: akira | April 25, 2008 at 05:21 PM

お疲れ様でした。
小生も、ここでのコメントは「床屋談義」であると思っておりました・・・何の責任も無く気楽に話していると。
雪斎先生の視点と発言に全面的同意はありませんでしたが、市井の職業人にして、一オタクにとっては色々得ることが多く、内面の豊潤を増やす糧となっています。
”情熱”が放電してしまったようですが、将来、”充電完了”されましたら、どうかネットの世界に戻ってきて欲しいと願っています。
Blogでは無く、個人的なサロンもアリかなとか思いますが。
と、言っても小生には「限定された」(笑)現代日本文化を
紹介するくらいしかできませんが。

お疲れ様でした。
次回は、著作でお会いしましょう。


                             TOR 拝

Posted by: TOR | April 26, 2008 at 03:48 AM

雪斎さん

お疲れ様でした。そして、ありがとうございます。私も現在、仕事と勉強で、ブログまで手が回らない状況です。

私もブログ停止中です。情けない話ですが、雪斎さんのくださるコメントがあって、ブログも続いたのだと思います。本当にありがとうございます。お疲れ様でした。

Posted by: forrestal | April 26, 2008 at 07:25 AM

残念ですね。今の政治状況を観ていると、正直雪斎さんの意見をお聞きしたいのはこれからだったのですが。

グローバリズム=八紘一宇がますます猛威を振るう中、保守も革新もただ「従来の運動をどうもたせるか」にのめりこみ、世界の大日本帝国化を前にただ罵りあいをやっているに過ぎません。
世界が狂気に陥った時、自らも狂人になるか、孤塁を守るかの選択を迫られる時が来る。長野で旗を振りまくり、関東大震災時の自警団のように騒ぎ立てる中国の人々をみるにつけ、狂気から自由である事は難しい事を改めて痛感します。

必ずしも雪斎さんの意見に賛成するものではありませんでしたが、「狂気からの自由を大切にした」雪斎さんの方針には共感していました。毎日アクセスできる信頼に耐えるサイトがまた一つ減ってしまったなあという思いがします。

Posted by: ペルゼウス | April 26, 2008 at 10:21 AM

 はじめてコメントします。
かんべえさんとぐっちーさんと雪斎のサイトをいつも見ていました。一番読みごたえがあったのは、かんべえさんが2月12日に日本の特質(明確な戦略に沿って動くより、外部からの衝撃に反応する形で行動する)という指摘を三者がそれぞれの立場で発言していたことでした。これぞブログの醍醐味?と思えて非常に感動しました。
 あと私が沖縄の者なので「沖縄への共感」というブログも嬉しかったです。 また再開されることを願っています。
 

Posted by: 12 | April 26, 2008 at 03:04 PM

 医療のような専門分野ですらシロウトさんが生半可な
知識でいちゃもんつけてくる状態ですから、政治分野では
なおさらでしょう。知識・知性・民度が低い方からの
ピントはずれの暴言は、専門家のモチベーションを
著しく下げるものなのです。人間は平等とは言いますが、
カネの所有量が平等でないように、「知」の所有量も平等
ではありません。「知」の所有量が離れている人物同士が
出会うことは、ネット社会以前にはほとんどありません
でしたが、今はこうして容易に出会えるわけです。
ですがそこで発生する議論は必然的に不毛のものと
なりがちです。
 個人的には「知」への出会いの一つが遮断されるという
今回の事態は残念ではありますが、モチベーションあって
のことですので、仕方がないですよね。お疲れ様でした。

Posted by: Kemono Masaru | April 26, 2008 at 03:07 PM

またな!!

Posted by: 3は学割野郎 | April 26, 2008 at 10:42 PM

ありがとうございました

ほんとうに勉強になりました

Posted by: 感謝しかない | April 26, 2008 at 11:30 PM

>「御用学者」と呼ぶ向きはあるけれども、「軍師」が「君主」に近い立場に立たないで

君主に諫言しないと思われてるから御用学者と言われるんですよ。

Posted by: yoshi | April 27, 2008 at 08:41 AM

パソ通、掲示板、チャット・・・・そしてブログ。時代の流れと共に派手にはなりましたが、すべからくネット上に掲載されるものは、実生活における「歩いてると道端にあるもの」と同じ意味のもの。
それは、公衆トイレやシャッターの落書きだったり、昔の電話ボックスにあったチラシ類だったり、ド派手な電飾がついた看板だったり、配られてるティッシュ・号外・フリーペーパーだったり、落し物の財布だったり、違法駐車や放置自転車、煙草の吸殻・・・・・。

また、道端に何か置く気になるまで、お待ちしてます。当然、これまでも、そして新たに創められる際にも、雪斎師の書いた事に異論・反論・憤慨を起こす事があったとしても、それは師の問題ではなく、置いたものに触った当方の問題、ですね。

Posted by: 桜新町長五郎 | April 27, 2008 at 03:35 PM

いつも楽しみにしておりました。どうもありがとうございました。

政治家の大事な特徴に、昨日言ったことを今日翻す、といった厚かましさがあると思います。

先生は政治家ではないわけですけれど、また気分が変わりましたら、研究対象を見習って(明日からでもOKです)舞い戻ってくださると嬉しいです。

とりあえず先生のご活躍を祈念しまして最後といたします。

Posted by: zwark | April 27, 2008 at 04:07 PM

雪斎さま
お疲れ様でした。私はいろいろとばたばたしており、ブログもいい加減なものになっておりますが、雪斎さんがしっかりと投稿されており、さすがと感心しておりました。
今後とも、お体に気をつけて、本業に励んでください。
ありがとうございました。

Posted by: 金時(旧ファガスの森) | April 27, 2008 at 08:29 PM

雪斎殿の文章力にはいつも感心させられます。 もうみれないかもしれないと思うと残念で仕方有りません。 今まで雪斎殿の文章に触れる事が出来て自分の考えにとても参考になりました。ありがとうございました。ご健勝をお祈りいたします。

Posted by: へきぽこ | April 28, 2008 at 01:10 AM

弔辞。
私は、疑問を持ったときここにくることでその答えを得ておりました。
おそらくは現実主義という立ち位置の近いことによるのだと思いますが、
先生の論理は私にとって、自分が腑に落ちないことの解消になっておりました。
今までありがとうございました。
お別れに際し、一言お礼を申し上げたく、初めて書き込みいたすしだいです。

それがどんなに理不尽な道理であろうとも、雷に撃たれれば人は死にます。
たとえ生物として生き残ったとしても、それは決して同じ人間では有り得ないのです。

いつかまた、同じ名を名乗る、より優れた人物の言説を聞くことが出来れば
幸いであると願うしだいであります。

Posted by: 鳳天 | April 28, 2008 at 01:27 AM

お疲れさまでした。

再開を楽しみにしています。

Posted by: 西田 | April 29, 2008 at 12:04 AM

最近、陛下が「核兵器は放射能を持っているので、通常の兵器と比べて影響が長い。 核兵器の問題は長く記憶されていく必要があると思います」(朝日)お言葉を述べられた。
http://websearch.asahi.com/.cgi/websearch/websearch.pl?Keywords=%CA%C5%B2%BC%A1%A1%B3%CB%CA%BC%B4%EF
まさに御巣鷹のことであろう。我々は天皇陛下のお言葉を真摯に受け止め、日航ジャンボ123便を見直していくべきである。


http://gray.ap.teacup.com/123ja8119/
http://ja8119.iza.ne.jp/blog/

Posted by: 123 | April 29, 2008 at 01:36 PM

 東奥日報のコラムから雪斎殿を知り、このブログを読むようになった者です。
 充電期間を終え、再開される日を待っております。

Posted by: 村長 | April 30, 2008 at 03:33 PM

晩年のマキャベリのように気難しく。

Posted by: しまだ | May 01, 2008 at 12:07 AM

雪斎様

いつも、楽しく読ませていただいておるものです。
ブログ停止は残念です。今まで、現実を見据えた貴重な視点をありがとうございました。

雪斎様の近頃の文章では、フランス訪問とパプスブルグ家を踏まえた中道のコメントは膝を打って、納得したのを覚えております。

少なくとも体は健常な私からそうでない方へ、言葉の感触や体感が違うために使い方が違うかもしれませんが、お体の平常状態への推移を願っております。

司馬遷もマキャヴェッリも孫ピンも体や境遇に不遇があったがために後世に大きな足跡を残せた側面もあります。

財政的な独立ち達成、体調と精神の安定を願っております。

Posted by: まきの | May 01, 2008 at 02:30 AM

お疲れさまでした ボランティアというか無償奉仕でのブログの運営には感服してはおりましたが 先生の諸条件においては本務の時間を割いてらっしゃることの心配をしておりました 政治学者は多いのですが この変局を目前にした政治情勢のなかで 現実政治が求める建言能力や理論的補佐を政府中枢に出来るのかということになると 米国ならともかく我が国では稀有の方なのですから むしろお仕事は収斂なさった方が 私は助かります

英霊にこたえる会中央本部 運営委員・広報委員
                     笠哲哉

Posted by: Ld.Ryu | May 01, 2008 at 10:49 PM

雪斎様

遅くなりました。

本当に御苦労様でした。(ととりあえず謝辞を述べておきます。再開を期待してますので!!)

例え、そのブログが着流しであっても言葉の持つ重みはこのブログで教えられました。
本当にありがとうございました。

Posted by: Alglory | May 08, 2008 at 12:34 AM

お疲れさまでした。

時が来て、またお会いできる日が来ることを、ココで願っています。

Posted by: 戀。 | May 08, 2008 at 05:52 PM

やりたいときにやったらいいです。
でも、ブログの休止宣言?

Posted by: chiharu | May 20, 2008 at 03:47 AM

内閣改造のニュースに、雪斎先生のコメントを聞きたくて思わず見に来てしまいました。

また、ときどきはお願いいたします。

Posted by: める子 | August 01, 2008 at 07:09 PM

上にコメントできませんが、再開をうれしく思っております。
暑い日が続きますが、期待しております

・・・・北国出身に東京に夏は堪えますな
仕事で関東に転居して一ヶ月ですが、休日はクーラーを
全開にして引きこもるだけの生活です
冬が待ち遠しい

Posted by: TOR | August 10, 2008 at 12:34 PM

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Tracked on May 01, 2008 at 10:36 PM

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