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March 09, 2008

身体障害を持って生きるということ。

■ 雪斎は、「日本の福祉」批判で言論活動を始めた。今は、表の活字メディアでは「福祉」論を封印している。
 ただし、このブログでは、自分が障害を持つ身であることを隠さないで書いている。
 雪斎に直に会ったことのない人々は、雪斎がどのような障害を持っているのかが判らないであろう。
 脳性小児麻痺という障害には色々とヴァリエーションがある。
 雪斎の持つ障害者手帳には、「両上肢障害」と書かれている。
 要するに、手が使えないということである。
 手を使ってまともにできることというのは、書を開いたり、キーボードを打つことぐらいである。
 世の人々の中には、雪斎における言論活動を褒めてくれた人々がいた。
 しかし、雪斎にとっては、それは、唯一できることだから、やっているのである。

 故に、普段の生活は不便であることこの上ない。
 ① 食事のとき
 ② 服を着るとき
 この二つの局面だけは、どうしても他人の手を借りなければならない。しかし、どちらも、生きていく上では必須なことなのではあるけれども…。
 故に、雪斎が妻を娶ることになれば、間違いなく原稿の生産量は激減するであろう。妻の手を借りながら、あちこちに出歩く生活を始めるのに決まっている。
 ところで、障害者に対しては、収入がなければ、あれやこれやと「保護」をやるのに、まともに働いたらサポートは全く与えないという日本の福祉のシステムは、雪斎には誠に理不尽なものに思える。別段、日本の福祉に多くを期待してはいないけれども、このことには、いつも不条理を感じている。昔、まともに働いて収入を得るようになり、年間百万円足らずの障害年金が打ち切られた時には、雪斎は「我が成功」と思ったものであるけれども、後々になって実際に社会で活躍する上では多くの「必要経費」が掛かることに気付いた。まともに働けば、十時前に帰宅できることは、あまりない。たとえば、自宅前に停まるバスの終着は午後九時半であるから、それを過ぎればタクシーで帰るしかないということは、よくあることである。こうしたことが続けば、月に多いときで五、六万近くが「必要経費」として飛んだこともある。雪斎は、その「必要経費」を昔は政策担当秘書、今は大学准教授としての給料以外の原稿料から捻出しているのである。この国の福祉システムは、「障害者が働くこと」を本気に想定していないシステムである。 「バカの壁」で知られる養老孟司先生が、「東大教授をやったよりも、生活保護を受け、難病認定されたほうが、いい生活ができる」と書いていたのには、唖然としたけれども、養老先生の書いていることは間違っていないのであるから、誠に始末に負えない。
 明日は、税務署に行って確定申告である。雪斎は、四十万円分の特別障害者控除を受けられるけれども、この四十万円という数字の根拠が判らない。財務省が四十万円を「必要経費」分と認定しているのであれば、これは実態から乖離している。雪斎の状態からすれば、障害者であるが故に掛かる社会生活上の「必要経費」は、年間最低六十万円、最高百万円といったところである。「働けば働くほど、経費は増える」のである。この状態で税金を払っているのであるから、後々、財務省推薦で褒章なり勲章なりをもらわないと割に合わない気がする。額賀福志郎財務大臣には、ちゃんと考えてもらいたいものである。

 …と、ここまで書いて妄想する。
 雪斎は、前世では、多分、戦場で何十人もの首を取るような「猛将」タイプの武士だったのであろう。
 首をとられた兵たちの怨嗟の声に祟られて、現世では、「五体不満足」のまま生れ落ちた。
 もっとも、魂の本質は変わらないから、現世でも、「軍師」をやっているということである。
 だから、現世では、徳を積まなければならないということである。
 そして、生まれ変わった来世では、「戦」の論理から離れて、世界を飛び回る指揮者と相成りたいものである。 

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Comments

猛将と軍師はタイプが違うのではありますまいか。

などと無粋なツッコミを(笑)

Posted by: E.a | March 09, 2008 at 12:55 PM

元「うみおくれクラブ」のゆみです。源氏名替えました。
障害者のささやかな人権の主張記事が2チャンネルに晒され、差別者がハエのようにたかってきたので、仕方なく、前ブログを閉鎖し、新ブログで再出発をしました。
上肢障害の重い雪斎さんと、下肢障害の重い私を足して2で割れば健常者になれるかな?(笑)
私は車椅子に乗るのも一苦労なほど障害が進行しました。
私は一人暮らしをしながら福祉関係で働いていたとき、福祉事務所にホームヘルパーの派遣を求めたら「働けるほどの障害者に派遣できない」と断わられました。一人で働き家事をし、体を壊し、ついに働くことを断念しました。
休日にヘルパーに買い物・家事を手伝ってもらえたら、私はその間体を休め、体力を回復し、働き続けられたと思います。
給料と年金の両方の収入があったので、その時、自費でよいから個人的にお手伝いさんを頼めばよかったかなと思います。無理をして働くと、障害者の早老化は避けられません。
雪斎さんだけでなく、障害者控除の引き上げ、働く障害者へのサポート対策は、障害者全体の課題ですね。

Posted by: 史歩 | March 10, 2008 at 11:35 AM

健全になるためのサポートの仕組みが不足していると思います。
働けるためにどのようにするのか?って考え、仕組みを作って行きたいです。
社会コストも減る方向に行くと想定できるし、なによりご本人の笑顔が増えそうな気がしております。

Posted by: 顧客心を捉える!儲かる仕組み請負人 | March 10, 2008 at 03:24 PM

>ところで、障害者に対しては、収入がなければ、
>あれやこれやと「保護」をやるのに、まともに働いたら
>サポートは全く与えないという日本の福祉のシステムは、
>雪斎には誠に理不尽なものに思える。

生活保護に似ているところがありますね。うちの知り合いも、苦労してるもんなぁ。

Posted by: rds | March 10, 2008 at 04:57 PM

結局は「民間は、弱者は、俺たちが守ってやる」という国の姿勢が、
日本の諸悪の根源なんだと思います。

障害者自立支援法も、自立できない給料しか貰っていないという実態がおかしいということを
どのマスコミも見抜いていないようですし。
そういうことが仕事なのに「社会の木鐸」気取りとは笑わせます。
まだ東スポとか欧米のイエロージャーナリズムの方がマシじゃないですか?

Posted by: あかさたな | March 10, 2008 at 07:38 PM

ぐっちーさんとこから来ました。近々小さな飲食店を開こうと思ってます。店舗は出来るだけユニバーサルデザインを心がけようと思っています。そういうことをするのに何か基準とか指導とかあるのかなぁと市役所の人に聞いたら「別にない」と。大きいスーパーとかは基準があるらしいのですが。一体どんな設備を付ければ良いのか、結構難しいです。

Posted by: nitian | March 10, 2008 at 07:55 PM

はやく、はやく、
素敵な女性にめぐり逢うといいですね。。。
楽しみです♪
もしかして、超メンクイ???

Posted by: nao | March 11, 2008 at 02:44 PM

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