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February 12, 2008

傷だらけの人生

■ 今までにj経験したことのない「絶不調」状態が続く。身体障害に伴う条件の悪さも、今までは気力と体力でカヴァーできていたけれども、これからは、そうもいかないと悟った。生活のスタイルを根本的に見直す必要がありそうである。
 それでも、「朝日新書」草稿脱稿以後の作業は、粛々と続く。校正に伴う補筆やら註、参考文献一覧作成やらという作業である。これは、これで難儀な作業である。
 担当の編集者H氏からは、「エキサイティングな原稿だ」というコメントをもらった。少しは、意を強くした。
 「右を向いても左を見ても、馬鹿と阿呆の絡み合い。どこに男の夢がある…」。
 確かに、そうした風情の原稿である。
 結局、雪斎の人生は、」何時も、「傷だらけ」だった。
 子どものときは、転んでばかりで生傷が絶えなかった。
 大人になってからは、「右」にも「左」にも喧嘩を売って、両方から叩かれていた。
 これからも、そうなのであろう。

■ 「紀元節だ。朝日さやけし。ああ、天よ、日本に幸いせよ。日本を偉大ならしめよ。皇室を無窮ならしめよ。この国にのみ生まれ、育ち、死ぬ運命に結ばれるのだ」。(一九四三年二月十一日)
       ―清沢洌著『暗黒日記』―
 つくづく清沢冽という言論家の「熱」を感じさせてくれる記述である。雪斎も、この清沢の六十五年前の想いを受け止めたい。「愛国」を声高に唱える御仁に、真の愛国者などはいない。黙って、「国の利益」を考えていればいい。それが総てである。シェフであれエンジニアであれ、あるいは他の職業であれ、普段の仕事の中で日々、日本の「品質」を落とさぬように眼を配っている職人肌の人々こそ、真の愛国者である。
 ところで、「大正からの吉野作造博士を継ぐのは昭和の僕だ」と語った清沢は、吉野作造と同じ五十五歳で世を去った。だとすれば、雪斎も、十二年後が一つの「関門」になりそうな気がする。齢五十五を無事に通過できれば、少しは長生きできるであろう。
 
 

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Comments

鶴田浩二も人生劇場もいいですね 傷だらけの天使にでていた水谷豊が相棒で好評を博しているので長く活躍されることを期待します

Posted by: 星の王子様 | February 13, 2008 at 08:14 PM

雪斉さん、お久しぶりです。時々書物でお名前を目にしておりましたが、こちらで現在のご様子を目にし、懐かしい気持ちです。あ、私は永井ゼミ門下生、FRUでもご一緒したことのある、今は郵政民営化関連会社の派遣社員です。できちゃった息子も早、中学一年生、二番目にできちゃった息子も4年生で、すっかり手を離れ、これからどう生きるか迷っているところです。この10年は私にとって夢中で子供たちを育て上げる日々でした。いいこともあればつらいこともありましたが、いつも自分の考え方の中に永井先生から教わった人生哲学があったことで、選ぶべき道が見えていたのはありがたかった。最近、またよく永井先生から学んだことを思い出し、考えます。永井先生に恥じないように、生きて生きたい、と思いながら、年を重ねていくごとに自分を鍛え、高め、深めていくことの難しさをひしひしと感じます。

Posted by: 天使か悪魔か | February 18, 2008 at 12:23 AM

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